アンコール 9 【シロ】
朝に足を一歩踏み入れた夜、薄暗い静かな商店街の反対側の路地で、横に並んでビーチサンダルを引きずる彼女に問いかける。
「あのさ、君の名前は?」
「名前?何とでもどうぞ。貴方は?」
「何とでも?ないのか?名前」
「教えたくないの。貴方は、そうね、あたしの演奏のファンでしょう?」
「まあ、そうだね。好きになったよ。歌声も、馬頭琴の音も、曲も」
「あたしを今夜助けるし、ハイリブと呼ぶわ」
「何故?…君は、なんと呼べばいいんだ」
「しろ、と呼んで。たまに、また歌を聴きに来て」
猫につけるような名前だな、と笑う。
すると彼女は、蛇よ、と言った。
街灯の少ない道を、僕たちは二人でのんびりと歩いた。
彼女は、シロは、モンゴルの言葉で鼻唄を歌って、時々たどたどしくスキップをした。
脚が、悪いのだろうか。
先ほども、まるで重たい鉛がついているかのようにして、足首から下を力なく垂らして進んでいた。
だけど、ご機嫌に歌いニコニコとしているシロを、落ち込ませるようなことはしたくなかった。
もしも深い事情があるのだとしたら、そんな話を切り出して、笑顔を曇らせてしまうのは可哀想に思えた。
ただ、転んだだけかもしれなかったけれど、どうにも聞き出すことが出来なかった。
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