「神様のひとさじ」第十一話
「アンタ、今日はイベントよ」
キボコがラブの部屋を尋ねてきた。
「イベント?」
「聞いていないの?」
「男女で出かけるイベントよ」
「あー、アゲハが言ってた。お出かけって外だよね? ラブも行く!」
「そう、じゃあエントリーっと。若い男の誰かとマッチングされるわよ。ウチの驢馬だったらいいわね」
「意地悪じゃない人が良い! ラブ、キボコで良いよ」
「お断りよ、馬鹿。そもそも、これは若年層のイベントよ。あたしら中年は勝手にペア組んで出かけるわ」
キボコは、すげなく断った。
「この中から、一つ取りなさい」
キボコが、手にしていた巾着を差し出し、ラブは手を突っ込んだ。
「はい」
出てきたのは、ビー玉だった。赤く色づけされている。
「いただきます」
「ちょっ、馬鹿! 食べ物じゃないわよ!」
「え?飴じゃなの?」
「マッチングの道具よ。この後、男がビー玉を選んでマッチングするのよ。後で回収するから、それまでちゃんと持ってないさいよ」
「はーい、ありがとう、キボコ」
「いい、無くすんじゃないわよ。集合は出入り口よ。あと、自分が引いた色を意中の相手に教えるのも有りよ」
キボコは、ラブに釘をさして出て行った。
(意中の相手……)
ラブは、頭を振った。考えると、余計な事が思い浮かびそうだった。
「うわぁ、人間が、たくさん」
トンネルの先の外には、コロニーの住人が集まっていた。イベントに参加するのは、若い男女のみだ。現在妊娠しているペアは、除外されている。
男達は、フクロウが持つ、透明のボールに集まっている。ボールの中には、色とりどりのビー玉が詰まっている。
女性達は、一歩引いた場所で、男達の様子を眺めている。
「私は、緑だったわ」
アゲハが、ビー玉を摘まんで見せている。
「言わないでくださいよ!」
イルカが、目を剥き、男達が緑だ、と盛り上がっている。
「ラブ、一緒にお出かけしよう」
アダムが現れて、ラブの肩を抱いた。
「アダム、私と出かけようよ」
「私も、アダムが良い!」
女子がビー玉を見せつけて、アダムに迫った。
「あー、ごめんね。ラブが、僕が探してた恋人なんだ」
「えー!でも、その子、ヘビにアプローチしてたよ」
「そうよ、まぁ、相手にされてなかったけどね!」
稲子が、女性達を掻き分けて、腕を組んでラブを睨み付けた。
「ヘビが、ラブの魅力にやられちゃう前に、再会できて本当に良かったよ」
アダムが微笑み、稲子を黙らせた。
「ヘビが、そんな女にひっかかるはずないでしょ!」
稲子が喚いた。
「そう?良かった。僕だけのラブだね。じゃあ、行こうか」
ラブの手が、アダムに握られた。
「アダム?これは良いの?」
ラブは、ポケットから赤いビー玉を取り出した。
「じゃあ、はーい。僕から引くね」
アダムは、ラブと手を繋いだまま、フクロウの前に躍り出た。アダムの手が、赤いビー玉を探り出し、つまみ上げた。
「あー、抽選は前回の競技イベントの順位順だからなぁ」
二ヶ月前には、獲物を狩ってくるイベントが行われた。勝敗は単純明快、獲物の重量だ。一位は、ヘビだった。二位が僅差で、アダムだった。
「どうせ、ヘビは男女のイベント参加しないでしょ」
「んー、どうする、ヘビ?」
フクロウの問いかけに、皆の視線が一斉にヘビに注がれた。周囲の見回りをしてきたヘビは、クイナと地図を広げ情報を共有している。
ラブは、アダムに握られた手を、そっと引き抜こうとしたけれど、ギュッと握られて離れなかった。
ヘビが、此方に歩いてくる。今日も、鋭い目つきで、表情がない。ニコニコ微笑んでいるアダムとは、対照的だ。
「ヘビ、参加するの?」
やってきたヘビに、アダムが首を傾けた。
「どうぞ」
アダムが、ボールの前を譲った。
するとヘビの手は、アダムに向かって伸ばされて、赤いビー玉を取り上げた。
「ヘビ?」
二人の目線が、至近距離でぶつかった。アダムの口だけが笑っている。
「最近、赤い丸い物ばかり要求されて、どうも、意識してしまう」
赤いビー玉を太陽に翳し、ヘビが目を細めた。
ラブは、胸が高鳴って、アダムの手を振り払い、俯いた。
「えー、返して欲しいな。元々、僕の物なんだ」
ヘビの手が、彼のコートのポケットを漁り、赤い飴玉をとりだした。それが、ポトリとアダムの掌に落とされた。
二人の様子に、フクロウは笑い、他の男達は自らの体を抱きしめて震えている。
「行こう」
ヘビが、ラブに向き合った。
「ラブ、嫌だったら断れるんだよ」
アダムは、体を倒して、ラブの顔を覗き込んだ。
「私、ヘビと話がしたいから、行ってくる」
「そっか……早く、帰っておいで」
「……うん」
先に歩き出したヘビを、ラブが追って走り出した。
アダムは掌の飴を、口の中に放り込み、砕いた。
「どうする、アダム?参加するか?」
フクロウがアダムに話しかけた。
「興味ないよ。棄権する」
「えー!」
女性達の不満そうな声も相手にせず、アダムが荒野へ向かって歩きだした。
二人は、無言で歩き続けた。二人の間には、一定の距離があり、ラブが、何度視線を送っても、ヘビと目が合うことはなかった。
一見、無視しているように見えるヘビだが、ラブの為に歩きやすい道を選び、背の高い草は、踏みしめ、危険そうな枝は折っては投げ捨てた。
ヘビは、何度も振り返り、ラブの様子を確認した。
(話がしたいはずなのに、何を、どう話せばいいのか分かんない)
正体不明の気まずさに支配され、落ち着かない。ラブは、何度もよろけながら、必死でヘビに付いて行った。
「わあぁ!」
鬱蒼とした木々を抜けた先には、白爪草の群生地だった。小さな白い玉のような花と、鮮やかな緑の絨毯が一面を覆い尽くしている。心地よい風が花を揺らし、春の温かい日差しが二人の気持ちを明るくした。
「綺麗だね!」
「……そうだな」
やっと、ヘビの声が聞けて、ラブはホッとした。二人が微笑んで顔を見合わせた。
「匂いは、あんまりしないね」
ラブは、地面に膝をついて、犬のように、生えている花の匂いを嗅いだ。
「お前の情緒はどうなっている」
ヘビが、額に手を当てた。
「え?」
「いや、何でも無い」
首を振ったヘビは、背負っていたリュックを下ろすと、白爪草を一本引き抜いた。ヘビが持つと、白爪草の花が、とても小さく見えた。ヘビは、それをゆっくり回しながら、観察した。その顔は柔らかく綻んでいた。
「ラブ、今、情緒を理解したよ!ヘビ、綺麗だね」
「はあ?」
「ねぇ、ヘビ、ちょっと待ってて、今、ヘビに花の冠を作ってあげる!」
「いや、花の冠は、お前の方が似合うだろう」
「ううん!ぜーったいに、ヘビの方が似合うよ!待ってて」
ラブは、白爪草をプチプチと抜いた。
「んー」
白爪草と真剣に格闘し始めたラブを見て、ヘビがリュックの中を漁った。
「……おい」
ヘビは、木の折りたたみ椅子をラブの横に置いた。
「ありがとう、一緒に座る?」
「どう考えても、一人用だろう」
「じゃあ、順番で使う?」
「俺は、此処で良い」
椅子の横に、ヘビが腰を下ろした。ラブも椅子に腰掛け、花冠づくりを再開した。
(あれ? 完成した感じはイメージ出来るのに、作り方知らない)
ラブは、白爪草の花を二本持って、茎の部分を結んだり、ねじり合わせたりした。
首を捻り、ふとヘビの方を向くと、ヘビが上手に花冠を作り始めていた。長い指が器用に動いている。
「なるほど」
ラブは、ヘビの手元を覗き込むために、彼の肩に頭を寄せて、編み始めた。時々、ヘビが引き抜いた花を奪いながら、見よう見まねで作る。
蝶が、ヒラヒラと舞い、ラブの髪で羽根を休めている。ヘビが、それを眩しそうに見つめた。
「ヘビ、でっかいミミズだ」
「……ああ」
ラブが、地面を指さすと、ヘビがラブの反対側に移動した。
「ヘビ、ミミズ嫌い?」
ヘビは、キッと鋭い目でラブを睨んだ。
「ヘビが、ミミズの大群に襲われたら、ラブが追い払ってあげるね」
ラブは、架空のミミズを握りしめて、投げ捨てた。
「その手で触るなよ」
「あはは」
「出来た!」
ヘビから遅れること数分、ラブの花冠が完成した。握りしめ過ぎた花が潰れ、茎が幾つも飛び出ている。お世辞にも上手とは言えない。
しかし、ラブは満足していた。花冠を掲げ、立ち上がった。
「はい、王様」
座っているヘビの頭に、そっと冠を載せた。冠は、少し小さく、ヘビの頭にちょこんとのっている。
「可愛いよ、ヘビ」
「……」
ヘビは、冠を押さえながら立ち上がり、自分が作った綺麗な方を、ラブの頭に載せた。
それは、すこし大きくてラブのおでこ辺りに収まった。
「似合う?」
「そうだな」
否定されるか、馬鹿にされると思っていたラブは、真剣な顔で肯定されて、心臓がドキリとした。ヘビの顔が見ていられなくて、前髪を弄りながら後ろを向いた。
「どうもありがとう」
背を向けたまま御礼を言った。
「お前の元いたコロニーは、どんな所だ?」
「元いた、コロニー?」
ヘビの質問に、ラブは振り返った。
「ああ、お前達は、ソコで暮らしていたんだろう? アダムは、そのコロニーは機能不全に陥ったから破棄したと言っていた。その混乱の間に、お前とはぐれたと」
「んー」
ラブは、口を尖らせて唸った。
(ラブ、この前生まれたばっかりだよね?なんで、アダムは嘘をついてるのかな?ヘビたちに分かるように話を合わせているだけ?)
「そもそも、はぐれてからどうしていたんだ?覚えていないのか?」
「覚えていないっていうか、記憶があるわけないっていうか」
ラブが複雑な表情で俯くと、ヘビが心配そうな目を向けた。
「記憶が無いなら、アイツが恋人だというのも、どこまで信用出来るかわからないだろ」
「うーん、それは、間違いないというか、何と言うか。出会ったばかりだけど、アダムは、ラブの男さんなの」
「出会ったばかり?お前の記憶の中では、ということか?」
「うーん、そうかなぁ」
ラブの返答は、ハッキリせず、ヘビの眉間の皺が深くなる。
「じゃあ、何か?アダムは嘘をついている可能性もあるのか?」
「嘘なのかなぁ?でも、ラブは、アダムの女さんだし」
「意味が分からない。お前は出会う男に、次々そんな妄想を押しつけているのか?」
「違うよ!ヘビの時は、間違えちゃっただけで」
「ほう……」
「ご、ごめん」
「まぁ、良い。そうだな、お前達はお似合いだ。出会ったばかりの相手が運命だと言ったり、生き別れた恋人だと言ったり」
ラブは、居心地の悪さに目が泳ぎ始めた。
「だって、決まってることだから」
「何がだ」
「私が生まれて終わるときまで、運命に従って生きるの。相手の男さんも、これからすることも、全部決まってることだもん。アダムにとっての私も、そうだから」
「お前のコロニーでは、自由恋愛は許されなかったということか?」
「自由恋愛?」
「繁殖相手を自分で選んで良いということだ」
「自分で、選ぶ?」
「そうだ、うちのコロニーでは人類の再びの繁栄を目指しているが、繁殖の強要はしない。ましてや、相手を勝手に選んだりなど言語道断だ。お前も、お前が望む相手を選んで良い」
ヘビは、ラブのほつれた髪を、優しく指で直した。
「でも、ラブにはアダムしかいないよ。ラブとアダムが思い描く暮らしが同じなの。アダムは、木を育てて、ラブに実を与えてくれるの。コロニーじゃないの。太陽の下で暮らすんだよ」
「太陽の下で暮らす?正気か?確かに外の環境は安定したが、なぜ安全で快適に暮らせるコロニーがあるのに外で暮らすんだ?」
「じゃあ、なぜ、外で暮らせるようになったのに、いつまでも埋まってるの?そうしたいからじゃ駄目なの?」
「駄目、ではないが、代替案がある。お前の赤い実を育てに、必要回数訪問し、世話し、採取する。お前が太陽を浴びるために、共に外に出よう。コロニーのほど近くに、家を建てて、宿泊するという手もある」
「どういうこと?」
「全か無かではなくても良いという事だ。お前は、コロニーで生活しながらも、赤い実を手に入れて、外にも出られる。その生活の中で、アダムを選んでも、他の相手を選んでも良い。それが自由恋愛だ」
「でも、それって……アダムに失礼じゃない?」
「何故だ」
「だって、アダムは今まで、ラブの為に木を育ててくれたし、ラブの事を想ってくれている」
「それは、違う。お前がいつも言っているだろう。アダムが、そうしたいから、そうしているだけだ。お前に選ばれる為に。だからといって、お前がアダムを選ばなければならない理由ではない」
「わかるような、わからないような。でも、結局アダムだよ。ラブのためにしたいと思ってくれるのは、アダムだけだよ」
「そう、とは……限らない。それに、お前は、どうしたいんだ?アダムが良いのか?それとも、アダムが提供する生活が良いのか?」
「ラブの相手は、アダムって決まってるの!どうして難しいこと言うの? ラブとアダムが結ばれれば、人類が増えて良い事でしょ? 自由にゼロから見つけないと駄目なの? そもそも、好きじゃないと一緒になったら駄目なの?」
「駄目ではない。確かに、人類の繁栄には正しいかも知れない。俺が繁殖に至らないのは、思考しすぎて何もしないからだ。だが、どうしても考えずには、いられない。好きという気持ちや、恋や愛とは何なのか、分かりやすい定義がなさ過ぎる」
「ラブにも、よく分かんないよ。ヘビとは、一緒に居て楽しかったし、安心した。ヘビのことばっかり考えるし、一緒に居ないと寂しかった。触れあうと嬉しかったし……でも、いつも、お腹空いててひもじいし、土の中は息苦しいよ」
ラブは、悲しそうに溜め息をついた。
「俺は、お前にイライラしっぱなしだったが、お前を見ると何か言わないと気が済まなかった。存在を無視できない。用もないのに誰かに自分から足を向けるのは、初めてだった。この気持ちが何なのかわからない。ただ、お前が遠くに行ってしまうのは……嫌だ」
ヘビは、ラブの目を見ながら、そっと手を取った。
ラブの心が震えた。
「……私達、友達になる?」
「友達?」
「だって、ヘビは、私と繁殖したいとか、コロニーを捨てて、私と生きたいわけじゃないでしょ」
「……そう、だな」
ヘビの手が、ラブから離れた。ヘビが俯くと、花冠が地面に落ち、二人の視線も落ちた。
「この人と最後まで行くって覚悟が愛なんだって。正直、ラブもアダムと、まだ覚悟無いけど、アダムとなら最後が想像できるから、ラブ、アダムと歩き出してみるよ」
ラブは、ヘビの花冠を拾い上げて渡した。
「……」
ヘビは、唇を引き結んで黙った。
「帰ろう」
ラブは、ヘビの大きな背中に手を添えた。
辺りを散歩しながら、コロニーに戻った。ヘビは、いつもより言葉少なく、ラブは明るく振る舞った。
「おかえり、ラブ」
コロニーの入り口では、アダムが待っていた。アダムは、ラブに笑顔で手を振り、ヘビの事は視界に入れていない。
「ただいま、アダム」
「ラブの実、穫ってきたよ。部屋で食べよう」
「……ありがとう」
アダムが差し出した手を、ラブが握った。ヘビは、無言で二人の横を通り、足早にその場から去って行く。ラブは、ヘビに視線を向けたが、アダムに抱き寄せられた。
「どんな話をしたの?」
アダムの手が、ラブの花冠を外した。
「間違えてごめんって話と、私は、アダムと生きていくって話かな」
「そう」
満面の笑みで微笑んだアダムは、花冠をラブに返した。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
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