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時代掌編小説 「木八朗〜男子十五にして元服、ややもあり神懸る〜」

 某、名を木八朗と申すもの。

 この度は元服と相成りました。

 己が身を以て、益々の面白おかしき日々を邁進して参りたい所存にございます。

 ご挨拶はこの辺で良いでしょう。

 とはいえいっぱしの男と成りますれば、夜鳴きそばの一杯も食したいところ。

 たしか茶屋の看板娘のこばちちゃんに団子を頼んだところ、一緒に小便仲間をしたことがある六助の話を聞いたのです。

⭐︎

「きはっつぁん、ろくちゃんと小便を肥料に売りに行ったんですって? 出すものでお金になるならわたしもやろうかしら?」

「よ、よせやいこばち。ここは茶屋だぞ……。それよりも愛想をよくしてくれ。今日はでんでん太鼓もたまがとれたってお人がいたんで、直してやったら呉服屋のお子の太鼓だったそうだ。おれぁまだ直ししかできないが、お客さんが気に入ってくれたし、銭もはずんでくれるってんでツケになんかしやしねぇぜ。」

「愛想なら振り撒かないでもお客はとれるもの。嫁入りまえで新しい娘が入ってくると早く嫁いだほうがいいって、宿屋のまち姐が。」

「百姓の弥平さんとこのお気に入りじゃあないかまち姐は。」

「まち姐、早くから稼業を見つけたはいいけど、おとっつぁんが病にかかったって。昨日、ちょうど薬屋さんが茶屋にいらしたからまち姐のとこにわたしすっとんだのよ?」

「そりゃあ大変だ。そいで、まち姐のおとっつぁんは治ったのかい?」

「まあね…。」

「こばち?」

「きはっつぁん、神隠しの話、知ってるかい?」

「神隠しぃ? はっはっは、山道で山賊に身ぐるみ剥がれて命は助かったけど、すかんぴんになったってんで、神さまにお祈りしたら戻ってきたって六助が言ってたぞ。それとまち姐のおとっつぁんがなんか関係があるってぇのかい?」

「懸りさまがお願い聞いてくれたんでしょう?」 

「懸りさまぁ?」

「神さまが人の身体に入ったりなんだりするのよ。神隠しも懸りさまの仕業だって。」

「神さまの仕業じゃないのかい?懸り様の仕業だって?」

「神さまもいろいろあるのよ。薬屋さんが言ってたの。滅多なことじゃ現れないし目に見えても居なくなる、見えないのも声だけするのもいるって。」

「懸りさまは、みんなの気に当てられた子が……“気が触れた“のよ。」 

「……。」

「きはっつぁん、神さまもね、お家があるのよ。神社とかお寺とか、お社があるわ。懸りさまはお社に居ないときの神さまがほとんどだけど、その…。」

「わかった。懸りさまを探そう。」

「駄目よ、懸りさまはお使いや幽霊のこともあるって。神さまだけじゃないのよ?」

 こばちはとてもつらそうだった。

「たまに心がなくなっちゃうくらい魂が弱ることがあるんですって、そういうとき良くないのが雪崩れ込むことがあるから、神さまが観に来てくれるのよ。良くなりますようにって。」

 感極まったのかこばちは泣いてしまった。

「懸りさまは心のどれかが器になっているのよ。御霊を鎮めなきゃいつものように戻らない。そんな気がするの。」

「神さまは願いをかなえるんだろう?」 

「神さまはみんなを観てるわ。でも懸りさまは人を憑代にしている。身体なんか無理も効くし、ものすごいことだってできてしまう。でも身体は人なの。神さまじゃない。」

「身体が人の身体だから、神さまも物に憑いたり漂うより、いろいろできるってことか。」

「きはっつぁん、そんな学者さまみたいなこと言わなくたって良いじゃない……。」

「……野暮用ができた、今日は帰って寝るとするよ。」

「きはっつぁん……。」

 俺はすぐさま家に帰るとピシャリと戸を閉め、布団を敷いて、横になった。

 夜も長く、もう日が出始める頃になるが何も起きない。すると微かな物音が身体を微睡みから揺れ起こす。

「なんだ?」

 身体が軽いような、重いような、それでいてふらふらとするようで、気がついたら布団の場所で立って神棚の方を見ていた。身体は視界に映らない。窓から月が顔を覗かせるが、陰っていき、途端に眩い光の中にいた。光は暖かくしかし温度は感じない。常に光るかのようで揺らめくひかりだった。

“…………“

 不思議な光景にただ見惚れていたが、時間が過ぎると不安がよぎった。

“俺は何をしていた? 思い出すんだ…。確か神隠しを……“

 いろいろなことが巡っていた気がしたが、不可思議なことに結びつくものが懸りさまくらいしかなかった。

 とたん鳥の鳴き声がして、気がつくと日が登っていた。

「……とりあえずこばちに話さなきゃなぁ。」

 街を歩くとこばちに会った。

「あっ、きはっつぁん。」

「おう、こばち。昨日……いや今日か。神さまにあったぞ。」

「きはっつぁん、顔付きがすこし変わったのかい?」 

「そうなのか?」

「きっと神さまがよくしてくださったのね。心配して損しちゃった。」

「ああ、まだ何かある気がするが、きっとわかることが増えただけだろう。……そうだ、神棚だけでは心許ない。仏壇もお祀りせねば、ご先祖さまに祟られてはかなわん。ちょいとこばちや……」

 某、名を木八朗と申すもの。

 この度、元服と相成りました。


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