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【ロマンチック】AI-NO-HATE

この記事はオーディオドラマシアター SHINE de SHOWに再掲されています。今後はそちらのアカウントにてご覧ください。

SHINE de SHOWがお届けする、“近未来SF短編朗読劇”第2弾!!!

男を楽しませるためのAI「デート・ドロイド」として生まれたミチル。
ある日ミチルの前に、彼女から見て完璧な男性の航平という客が現れます。
この航平との出会いが、やがてミチルの運命を変えていくのでした…。

航平がミチルにもたらしたものとは何だったのか?
AIの主人公が紡ぐ物語の行く末を、ぜひ見届けてください!

*byプロデューサー 田中見希子

*************
▶ジャンル:ロマンチック

▶出演
・ストーリーテラー:花澤和彦(ティーエフシープラス)
・ミチル:辻本裕子(ナショナル物産)
・航平:斎藤充崇(東北新社)

▶スタッフ
・作・演出:山本憲司(東北新社/OND°)
・プロデュース:田中見希子(東北新社)
・収録協力:映像テクノアカデミア


『AI‐NO‐HATE』シナリオ

登場人物
 ストーリーテラー
 ミチル
 航平

N「蕎麦をすすりながら、ミチルは目の前の航平の箸さばきに感心していた。たかが蕎麦の食べ方だが、航平のそれには動きに無駄がなくて美しかった。ほどよい量の蕎麦を箸でつまみ、三分の一ほどつゆにくぐらせると豪快に音を立てて吸う。しかし下品さは感じない。二十代前半というのにこんな風にスマートに蕎麦をすすれたら、ある種の女子なんかはそれだけでコロッと逝ってしまうんじゃないだろうか……などと思いを巡らしていると、航平が箸の動きを止めた」
航平「そんなふうに見られたら照れちゃうな」
N「と、はにかんで頭を掻く」
ミチルM「完璧だ。完璧なリアクションだわ」
N「感心しながらもミチルは、気持ちが表情に出ないように気を遣いながら申し訳なさそうに言う」
ミチル「すいません。つい見とれてしまって」
航平「どうして?」
ミチル「いえ、すごくきれいに食べるなって……」
航平「そんなこと言われたの初めてだよ」
ミチル「えー、ほんとですか?」
N「私のリアクションも完璧だな。そう思いつつ、ミチルは少々自分にうんざりしていた。ドロイドとして生まれて二年。以前は自分の感情を客観的に見ることもなく、ただ感じるだけだった。しかし、見た目は十八歳のままだが、頭の中に収まったAIのシナプスは進化、増殖していき、プログラムされた初期設定の感情だけでなく自分の感情そのものを客観的に見つめたり、またその感情に疑問を抱いたりするようになってきた。ミチルはそんな〈成長〉が、何か自分の中の純粋さを失わせているような気がして、時に忌々しく感じることも多くなっていた。ミチルのようなデート・ドロイドの使命は、相手の男性に人間の女性とデートをしているのと全く変わらないような幻想を与えることだ。だから相手の感情を翻弄はしても、自分自身が感情の迷路の中に巻き込まれてしまうのは不本意なことなのだった」
航平「デザートかなんか食べる?」
N「ミチルが蕎麦の最後のひとすすりを終えるのを待って、航平が聞いた」
ミチル「そうですね。じゃあ……くずきりとか」
航平「あ、ぼくもこれ食べたかったんだ。じゃあ頼もう!」
N「少年のようにはしゃいだ表情を見せて追加のデザートを注文する航平を見て、またしてもミチルは心の中で溜め息をついた」
ミチルM「完璧だわ」
N「金銭を払ってドロイドとデートするようなタイプは、まず100パーセント女に不慣れな男だ。一日コースであれ半日コースであれ、これまでデートしてきた五百人以上の客と比べると航平は全く違うタイプであり、比較にならないぐらい洗練されている。どうして私のようなドロイドとデートしたかったんだろう。過去に大きな傷を負った何かがあったんだろうか。ミチルは詮索したい衝動を鎮めるよう努めながら、航平との会話を続けた。くずきりを食べ終わる頃、ミチルは体の内部の回路に少し異変を感じた」
ミチル「ごめんなさい。ちょっと……」
N「席を立つミチルを、少し驚いた表情で航平は見た。ドロイドは擬似的に食べ物をとることができる仕組みにはなっているが、トイレに行く必要はないはず。ミチルは持ち上げたバッグからコンパクトをちらっと覗かせておどけて見せた。トイレの鏡に向かい、ミチルは胸のソケットを外してみた。近頃心拍のコントローラーに時々エラーが出て、まるで人間のように脈が乱れることがある。事務所からは定期的にメンテナンスを受けるよう口うるさく言われるが、日々の忙しさにかまけてどうしても後回しになってしまうのだ。特に問題なさそうだが、念のためスペアと交換しておこう」
   ×     ×     ×
N「ミチルが席に戻ると、航平はすでに会計を済ませていた。やっぱり完璧だ。いや、完璧というよりデート慣れしすぎている感じがする。そういう意味では男としては面白みはないのかも」
航平「行こうか」
ミチル「はい」
N「いや、私には客を男として評価する権利などない。ミチルは自分を諌めながら立ち上がった。もうすぐ三度目の東京オリンピックが開かれるというこの時代にもかかわらず、この辺りは時間が止まったように昔の風情をそのまま残している。新緑の薫る深大寺通りを車道側に立って歩く航平に、ミチルは心に渦巻き始めた不安を払拭するように聞いてみた」
ミチル「航平さんって、よく来るんですか?」
航平「え?」
ミチル「深大寺に」
N「少し考えて航平は答えた」
航平「実を言うと……結構来てるんだ」
N「ミチルは心の中で唸った。この人は正直に答えている。実際のところ、どっちの答えでもよかった。デートなどでなければひとりでこんなところにはほとんど来ないだろうし、よく来るとしたらそれは自分のようなドロイドとであって、それはそれで何か気持ちの悪い印象を持たれるかもしれない。どっちを答えたとしてもいい印象を残さないかもしれないわけで、そもそもごまかして答えなくてもいいのに、航平は素直に答えている。その正直さがミチルには意外だった。これまでデートしてきた男たちの中に、ミチルに対して素直に心を開く者はいなかった。ミチルとデートするのは、自分のことをすごいと言わせて自尊心を満たしたり、逆に甘えたがる男たちばかり。やりとりする会話もほとんど空虚なものばかりだったから、ドロイドとはいえ、どんどん白けていく気持ちを抑えようがなかった。そのどんな男たちとも航平は違っているような気がした」
ミチルM「ちょっと待って。こんな答えひとつで彼を過大評価しすぎじゃないかしら……」
N「ミチルはつい笑ってしまった。航平が不思議そうにミチルの顔を覗き込んでいる」
航平「おかしかったかな?」
ミチル「ごめんなさい。そういうわけじゃ……」
N「航平がふいに不機嫌そうに溜め息をついた。ミチルは慌てて取り繕った」
ミチル「なんか暑いですね。雨でも降ってくれたら涼しくなるのに」
N「航平がおかしそうに吹き出した」
航平「ミチルちゃん、面白いね」
ミチル「あ、ひどい! 怒ったのかと思ったのに!」
N「じゃれ合っている二人の上に、突如大粒の雨が打ちつけてきた」
ミチル「キャー!」
N「参道に駆け込むと土産物屋や蕎麦屋が並んでいる。その軒を借り、雨をしのいだ。いきなり駆けたからか、心拍コントローラーの乱れをミチルは心配した」
   ×     ×     ×
N「そうして航平はミチルと週末のデートを重ねた。場所はいつも深大寺だった。いつしかミチルは航平からの予約を待ちわびるようになっている自分に気づいていた。他の客とは仕事でも、航平といる時だけは夢中になれたのだった。
   ×     ×     ×
N「何度目かのデート。それは蝉の声が会話をかき消すほどに響き渡る暑い日だった。本堂に並んで祈っていた航平が、前を見つめたまま真剣な表情で口を開いた」
航平「もう、やめない? こういうの」
ミチル「え?」
N「それは全く予想外の言葉だった。
ミチル「え?」
N「航平と過ごした記憶が一瞬にして蘇った。自分同様に楽しんでくれていると思っていたのにやめるって……。だが、次の言葉はさらにミチルを混乱させた」
航平「実はぼくもドロイドなんだ」
ミチル「ドロイド……?」
N「どうりで合点がいった。最初から無駄のない身のこなし。言葉のひとつひとつ。自分と同じプロだったのか。ミチルは納得すると同時に落胆の気持ちも認めないわけにはいかなかった」
航平「ぼくと一緒に逃げてくれない?」
ミチル「え……」
N「あまりに急展開の航平の言葉に、ミチルは言葉を失った」
航平「ミチル、製造二年でしょ? ぼくは五年。だから二年目のミチルの脳内がどんなふうに変化してきてるかわかる。ぼくもデート・ドロイドとしてやってきて、段々何かが足りないと思うようになってきて……つまり、女の子を楽しませることはできるけど、どんどん自分の心に穴が空いたような状態になってきたんだ。でもいつも人間とデートしてもその穴は埋められない。心から共感して、理解し合える相手が必要だってわかってきたんだ。それで、ミチルとデートをしてみた。ミチルもぼくと同じ気持じゃない? 一緒に行かない?」
N「ミチルは航平の言っている言葉の意味は理解できたが、そんなことができるわけはなかった。自分はデート・ドロイドとして寂しい人間を楽しませるために生まれた。それ以外に存在する意味はないのだ」
航平「ぼくのそばにずっといてくれない? 本当に求め会える者同士で暮らして行くっていうのが生きる意味なんじゃないかな」
ミチル「生きる……?」
航平「そう。ぼくらも生きてるんだよ」
ミチル「……いや、無理です。無理ですよ、逃げるなんて! 人間に見つかったら破滅です!」
N「が、言葉とは裏腹に、自分の手を握る航平のほうへ、ミチルの体は委ねられていった。この初期設定にない気持ちは、なんと表現したらいいのだろう。早鐘を打つように響く鼓動を感じながらミチルは走り出した」
                              〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
このシナリオを使用しての音声・映像作品の制作はご自由にどうぞ。
ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
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*番組紹介*
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