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函館本線(山線)は生き残れるか?

先日、JR北海道・函館本線の長万部-倶知安-小樽間(通称「山線」)を訪れました。大きな目的は、盛りを迎えた紅葉の撮影だったのですが、もうひとつ目的がありまして、それは、この区間が北海道新幹線札幌開業後にJR北海道から経営分離される「並行在来線」であり、かつ、そもそもそのタイミングでの鉄路廃止が取り沙汰されている線区だからであります。

「並行在来線」とは

並行在来線とは、全国新幹線鉄道整備法に基づき整備計画が定められたいわゆる整備新幹線(東北新幹線の盛岡以北、北海道新幹線、北陸新幹線、九州新幹線鹿児島ルート・西九州ルート)と並行して走る在来線区間を、新幹線開業時にJRから切り離して第三セクターとして運営させる路線です。

1997年の北陸新幹線長野先行開業時に移管されたしなの鉄道を皮切りとして、これまでIGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道、肥薩おれんじ鉄道、えちごトキめき鉄道、あいの風とやま鉄道、IRいしかわ鉄道、そして北海道新幹線新函館北斗先行開業時に切り離された道南いさりび鉄道があります。これらの路線はドル箱の特急列車は新幹線に取られ、ローカル輸送を中心に、一部貨物列車が走る鉄道となっています。国鉄末期からJR発足直後に第三セクターに移管された地方交通線と比べると、かつての本線筋ということもあって冗長で重厚な設備が多く、それが逆に経営に重くのしかかっているという問題点が指摘されています。

北海道新幹線における並行在来線

そして、北海道新幹線が札幌へと伸びる2030年度末のタイミングで、並行在来線として切り離される予定なのが、函館から長万部、倶知安を経由して小樽までの区間です。このうち、函館から長万部の間は、現在は札幌と函館を結ぶ大動脈として特急列車も多く走り、また、本州から札幌を目指す貨物列車が頻繁に行き交う路線ですが、長万部から倶知安を通って小樽までの通称「山線」区間は特急も貨物も走らず、普通列車が細々と走るだけのローカル線となっています。

北海道庁は、切り離される予定の並行在来線について、沿線市町とともに「北海道新幹線並行在来線対策協議会」を組織し、地域交通の確保に関する検討を行っています。その検討も、貨物列車が今後も走る重要感染としての長万部以南と、純然たるローカル線区間である長万部以北ではその役割等が大きく異なることから、南半分を議論する渡島ブロックと、北半分を議論する後志ブロックに分かれて議論を行っています。

その中でも、特に後志ブロックの議論に注目しています。この区間の沿線自治体は、小樽市、余市町、仁木町、共和町、倶知安町、ニセコ町、蘭越町、黒松内町で、終端の小樽市を除けば、余市町で18,000人、倶知安町で15,000人で、後の自治体は人口2,500~5,000人程度の小さな町ばかりです。これらの小さな自治体が、今後、並行在来線を維持していかなければならないということ、そして、この区間が北海道でも有数の豪雪地帯にあること、さらには、開業してから100年以上が経ち、設備が老朽化していること、そして何よりも現状の利用人数があまりにも少なく、将来的に鉄道を運営していくだけの需要や自治体としての財政余力があるのかといった点から、バス転換を有力な選択肢のひとつとして検討が行われています。

各町の考え方にはまだバラつきがあるようです。自治体としての余力がなく財政負担に難色を示している町もあれば、比較的運転本数も利用客も多い余市町などは、バス転換した場合に乗客を裁ききれない恐れがあることから鉄道存続を強く求めている自治体もあります。

その中で、沿線の中核的な自治体といえる倶知安町ですが、こちらは正直、並行在来線に対する考え方がよく見えてきません。そもそも倶知安には北海道新幹線の駅ができますから、札幌にも函館や本州方面にも繋がって便利になり、それに比べて、並行在来線は、あまり倶知安町としては利用価値がないことから、積極的な発言はされていないように見受けられます。

倶知安町が並行在来線の存続にあまり積極的ではないのではないかと考えるには、もうひとつ理由があります。それが、南一線跨線橋の問題です。

倶知安駅南側・南一線跨線橋の問題

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もともと北海道新幹線の倶知安駅は、地上に造られる予定でした。そのためそれを見越して、新幹線と在来線の両方を跨ぐことができるよう、南一線跨線橋は上記の写真のように大変立派で大きな跨線橋でした。しかし、新幹線が地上に造られてしまうと、街の東西の移動の自由が奪われるため、倶知安町と北海道は計画の変更を打診、2016年に新幹線は高架で建設されることが決まりました。

そうなると、支障となるのがこの南一線跨線橋です。やむを得ず、この南一線跨線橋は近年中に取り壊され、在来線を渡る仮踏切が造られることになっています。

そこまでは「せっかく立派なものを造ったのに勿体なかったな」程度の話なのですが、ここで在来線の問題が起きます。すなわち、新幹線が高架で開業したとしても、在来線が地平を走ったままでは、結局は踏切を造らなければならないこと、そして、法律上、極めて厳しい制約があり、踏切の新設は原則認められないことです。

「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」第39条には「鉄道は、道路と平面交差してはならない」と定められています。既にある踏切ならともかく、新たに踏切を造るということは原則として認められていません。

そのため、もし在来線を存続させるのであれば、踏切の新設が特例として認められない限り、在来線の線路の方を新幹線に合わせて高架化させるか、それとも道路の方をアンダーパスにするか、あるいは新幹線の駅すら跨ぐような大きな跨線橋を造るしかありません。アンダーパスにしろ、大きな跨線橋にしろ、そのアプローチを考えれば街に東西の分断が発生してしまうことになります。

そうまでして利用の少ない在来線を存続させる必要があるか、という考えに至るのも無理はありません。その証左として、倶知安町のホームページに掲載されている北海道新幹線開業に合わせたまちづくり計画では「在来線を存続させた場合」と「在来線を廃止した場合」の両論を併記する形で記載しています。

倶知安町としては、新幹線の駅さえできれば在来線がどうなろうと自身の町にはあまり関係がない。それよりもむしろ、これから延伸される後志自動車道の倶知安IC(町の西側に建設)と街がシームレスに繋がることや、鉄道で分断されてきた街の東西を繋ぐことに重きを置いていると思われます。

考えられる選択肢は?

並行在来線の議論の中で、引き受ける前に廃止の話が取り沙汰されているというのはこの通称「山線」の区間が初めてではないかと思います。しかし、現在の利用状況を見るにつけ、沿線自治体が鉄道存続に及び腰になるのも致し方ない部分もあります。

何しろ、沿線の流動が少ないのです。特に長万部から黒松内を経て蘭越までの間は、一日わずか下り3本、上り4本の列車しか走りません。もはや利用したくても利用できない運転本数ですが、それだけ利用客が減っているということの裏返しでもあります。

蘭越からは札幌へ直通する快速ニセコライナーも走りますが、それでも札幌への旅客流動はそれほど多くありません。何しろ函館本線の山線区間は線形が悪く、倶知安峠や稲穂峠など、多くの峠越えがあって、小樽までで1時間50分を要します。これから後志自動車道が開通すればさらに車での移動が楽になります。

沿線のニセコやヒラフは中国やオーストラリアを始めとする外国人観光客がパウダースノーを求めて大挙して押しかけ、一大リゾート地に発展していますが、新千歳空港からは、スキーシーズンには支笏湖やルスツの方を通って直通バスが運行されますし、わざわざ札幌・小樽・余市と迂回してくる観光客はそれほど多くはありません。また、昨今の状況の中、インバウンド観光客がどれほど戻るかも疑問符が付くでしょう。

それだけに、函館本線(山線)の行く末は、明るいものとは言えそうにありません。考えられる選択肢としては以下の4つが挙げられるでしょうか。

①全線存続
長万部から倶知安を通って小樽まで、全線を存続させるプランです。札幌を結ぶ貨物列車は、長万部からは室蘭本線に入って、苫小牧、千歳へと抜けていきますが、室蘭本線の沿線には有珠山があります。定期的に噴火することで知られる有珠山の噴火災害があった際に迂回路となる函館本線を存続させるべき、という声はたしかにあります。しかし、現状、JR貨物はこの山線区間の免許を持っていないことから、すぐに迂回路として活用することができないこと、重量のある貨物列車を走行させると路盤の傷みが激しくなる恐れがあり、その費用もかかること、そして倶知安駅南側の南一線跨線橋の問題も解決しなければならず、現実問題としては難しい選択肢かも知れません。

②倶知安以南廃止
特に利用の少ない倶知安以南を廃止する案です。南一線跨線橋の問題の問題はこれで解決します。倶知安からは余市、小樽、札幌方面へ、現在でも比較的多くの列車本数や利用客がいますので、可能性はあると思います。ただし険しい倶知安峠や稲穂峠、そして豪雪地帯を走りますので、その整備費用はかかると思います。

③余市以南廃止
比較的列車本数が多く、利用客も多いのが余市-小樽間です。余市町がバス転換した場合に乗客がさばききれなくなるという危惧を持つくらいの利用客があります。余市駅前にはニッカウヰスキーの工場もあり、列車利用での観光客も比較的多く訪れます。経営としても何とか成り立つくらいの需要はあるかも知れません。しかし、余市-小樽間はわずかに19.9㎞、間に2駅しかありません。この程度の短い第三セクター鉄道もないわけではありませんが、やはり、単独の第三セクター鉄道として成り立たせるには厳しいと言わざるを得ません。むしろ、余市までだけを存続させるなら、余市-小樽間は切り離しの対象とせず、JR北海道のまま運営してもらった方がはるかに効率的といえるでしょう。

④全線廃止
そして最も悲しい結論が全線廃止です。しかし、これはあり得る話です。大きな自治体もなく、旅客流動も限られ、設備の老朽化が深刻で、JR貨物からの収入も入る貨物列車すら走らない。しかも、後志自動車道が開通すると、線形の悪い鉄道には分が悪く、ただでさえ少ない乗客がますます車に流れていくという構図が目に見えてわかっているこの状況下、沿線自治体も、同じく財政事情が悪い北海道も、どこまでこの路線を支えられるか、いっそのことバス転換して、きめの細かい新しい交通体系を構築した方がよいのではないかという話になる可能性は十分あります。

並行在来線は、現在、多くの課題を抱えています。ただでさえ人口減少の激しい北海道で、並行在来線を維持していくだけの財政余力はいかほどありましょうか。新幹線の開業と引き換えに、ローカル線の負担を地元自治体に押し付けるだけでよいのか。そもそも鉄路を廃止するという選択肢すら議論されてしまう状況下、並行在来線の在り方がこのままでよいのか、真剣に議論を開始する時が迫っているように思えてなりません。

(掲載写真はすべて筆者撮影)

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