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記事随想−新幹線建設と揉める自治体

最近、鉄道会社に関する報道というのは、ほとんど、緊急事態宣言による旅客流動低下に関する話が主なのですが、そんな中でも、連日というか相変わらず世を賑わせているのが、新幹線建設を進めたい事業者や国交省と、地元自治体の対立が続く2つのエリアです。

1つ目はリニア中央新幹線の建設に伴うトンネル工事によって大井川の流量低下を懸念する静岡県、もう1つは九州新幹線長崎ルートの沿線自治体である佐賀県です。ともに、県知事が先頭に立ってJRや国交省に怒りをぶつけ、冷静な議論ができていないように見受けられます。

1.リニア中央新幹線と静岡県

まずは、JR東海が品川-名古屋間で建設を進め、2027年度の開業を目指しているリニア中央新幹線です。

リニア中央新幹線は、品川から神奈川県相模原市の橋本、山梨県甲府市、長野県飯田市、岐阜県中津川市を経て、まずは名古屋までを建設する超電導リニアモーターカーで、最高時速はおよそ500㎞、名古屋まで40分程度を予定しています。大阪まで延びれば1時間程度で着くことが予想されています。

このリニア中央新幹線はそのほとんどがトンネル区間を通るわけですが、そのルートの一部に静岡県が一部だけ引っ掛かります。その距離はわずかに11㎞で、周囲は人家はほとんどない山間部。トンネルで抜けていくだけで駅などは造られません。

工事については、特に時間がかかる山間部のトンネル工事を先行して行うため、山梨県、長野県ではそれぞれ2015年頃から工事が始まっています。

静岡県部分も同様に工事を始めようとしたわけですが、ここで静岡県がNOを出しました。その理由は、当該区間が大井川の源流域にあたり、トンネル工事によって、湧水が山梨県側に流れる恐れがあるというものです。JR東海は「可能な限り静岡県側に戻すようにする」と言っていますが、静岡県は「一滴たりとも山梨県へ流すのは許さない」とたいそうな剣幕です。もともとJR東海は、開業後はトンネル内で発生した湧水をすべて静岡県に戻すと言っていたわけですが、工事中は微量(毎秒0.3t)の水が流れる可能性があるとのことで、それに対して静岡県は「工事期間中も含めて一滴たりともまかりならぬ」と言ってきているわけです。

そんなこんなで揉めているうちに、JR東海社長は、今年6月中に準備工事を開始しないと2027年の開業に間に合わないと危機感をにじませ、静岡県への説明を行おうとしていますが、自身が有識者会議において静岡県に「あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する扱いなのではないか」と発言したことも悪い影響を与えてしまい、埒が明かない状況となっています。国交省も何とか仲立ちをしようとしていますが、こちらはこちらで有識者会議の完全公開に応じないという理由で国交省に対して手厳しい態度を見せている状況です。

静岡県も静岡新聞も、「大井川の渇水問題」を前面に押し出していますが、世の中の多くの人は「駅も造られず少ししか通過しないリニアのために協力する必要はないとゴネているのだろう」と見られていることは間違いありません。実際、川勝知事は数年前にそのようなことを言っていたようですし、大井川の流量問題についても、既に大井川上流の田代ダムからは山梨県側の発電所へ毎秒約5tもの水が流れて行っているという現実については口をつぐんでいる状況ですから、何かケチをつけて、たとえば東海道新幹線ののぞみ静岡停車などの好条件を引き出したいのではないかと勘繰られるわけです。

静岡を挟む両県側の工事が始まってしまっている以上、今さら静岡県を通らないようにルートを変えるのは困難でしょうし、この事態を打開するためには何とかいい落としどころを探るしかないと思いますが、いくら公共性が高い業種とはいえ、JR東海は民間企業ですから、公共側が自らの利益に固執してイチャモンをつけているようにしか見えない今の状況は早く打開すべきと考えます。

今後、リニア開業後は東海道新幹線の在り方も含め、静岡県とJR東海はタッグを組んでいかなければならないわけですから、双方によい落としどころが見つかるとよいと思います。個人的には「そんなにゴネるなら、東海道新幹線ひかり号の停車駅から静岡と浜松を当分の間外してやる」とか抵抗したくなりますけど、JR東海は粘り強いと思っています。

2.九州新幹線長崎ルートと佐賀県

もうひとつ、揉めているのが九州新幹線長崎ルートと佐賀県です。これは、たった11kmしか通過しないリニア中央新幹線と静岡県の話よりも、もう少し複雑そうです。

九州新幹線長崎ルート、今では佐賀県のことをおもんばかって、西九州ルートと言ったりしますが、これは九州新幹線の新鳥栖から長崎を結ぶ整備新幹線です。現在は、もともとスーパー特急方式で新線を作る予定だった武雄温泉-長崎間をフル規格にして建設が進んでいます。

武雄温泉までは、もともとは在来線を使っていくという合意がありました。狭軌の在来線から、標準軌の新幹線へは、近いうちに実用化されると思われていたフリーゲージトレインを使って乗り入れるということが想定されていました。しかし、フリーゲージトレインが技術的な問題で開発が遅延し、運営主体となるJR九州はフリーゲージトレイン導入を断念します。このあたりから事態は一変します。フリーゲージトレインが断念されると、狭軌と標準軌の乗り入れができないので、このままでは、武雄温泉での乗り換えが必要となってしまうのです。そこで、JR九州や長崎県、そして新幹線建設を推進している自民党のプロジェクトチームは、新鳥栖から武雄温泉までもフル規格で整備する案を出しました。

これに怒ったのが佐賀県です。もともと武雄温泉までは在来線を利用するとしてきたのに、この区間がフル規格で整備されるとすると、佐賀県には多額の費用負担が発生します。整備新幹線は建設費のおよそ3分の2を国が、残りの3分の1を地元自治体が負担します。ただし、地元自治体負担分の9割は地方債の起債が認められて、かつ地方交付税措置もつきますので、実質負担は15%程度とされています。

それでも、この区間がフル規格となると、佐賀県部分の方が長くなり、長崎県よりも費用負担が大きくなります。もともと、佐賀駅から九州の中心都市である福岡市へは特急で30分ちょっとで行けるので、新幹線ができたところであまり恩恵はありません。それなのに、多額の費用負担は割に合わないということになります。

また、フル規格での整備となると、新鳥栖-肥前山口間が並行在来線という取扱いとなり、並行在来線の運営主体や費用負担の問題も発生します。佐賀県としては、在来線活用からフル規格への変更となることによって、思いもしなかった負担がのしかかってくることになるわけです。

先日、国交省は、フル規格やミニ新幹線方式を含む5つの案を提示しましたが、佐賀県は「話の前提が違う」として話し合いに応じようとはしません。時を同じくして、JR九州の社長が佐賀駅の整備について、佐賀を軽視するかのような発言を長崎新聞紙上で行ってしまったこともあり、関係はこじれにこじれています。

個人的には、既に末端区間をフル規格で造り始めてしまっている以上、フル規格で全線を通さないと、整備効果が期待できないと思っており、佐賀県に対しては、これまでの紆余曲折を丁寧に説明しながら、費用負担や並行在来線の在り方の部分も含めて大幅に譲歩して何とか理解を得ていくしかないと思っています。佐賀県も佐賀県で、話も聞かないという態度ではなく、自分の県のことばかり考えずに、広い視野を持ってほしいと思いますし、佐賀県内の武雄市などの自治体では新幹線整備を熱望しています。新幹線ができて京阪神方面とつながることで、これまで地味で、かつ乗り換えが必要だった佐賀県へのアクセスが便利になることもありますので、もっと広い視野で新幹線の活用を考えてほしいと願っています。

3.国策と地方自治体

沖縄県の辺野古基地の話もそうですが、国策ともいえる米軍基地の整備問題や、この新幹線整備の問題も含め、都道府県との間で揉めるケースが最近多くあります。地方自治体に許認可を取らなくてはならない場面で、それが取れずに、いたずらに時間や税金を費やすケースが後を絶ちません。自治体の自治権や、そこで住まわれている方の思いは大切にしないといけないとは思いますが、国全体としての利益となる事業については、自治体側も広い視野を持って対応するとか、一時的に自治体の権限を制限するとかできないものかなと思います。まぁ、地方分権の世の中、なかなか難しいんでしょうね。

私自身があまり地方自治体に信用を置いていないこともあって、正直、今揉めている静岡県や佐賀県に対してはいい印象を持ちません。都道府県の中で自分たちの都合だけしか見ずに抵抗できる小さなところで抵抗して引っ掻き回すのは、見ていて気持ちのいいものではありません。国やJRの進め方や説明の仕方も大いに反省すべきでしょうが、ともあれ、これ以上時間をかけてもまさに税金の無駄になりますから、早いところ解決してほしいと切に願っています。

(トップ写真は筆者撮影。並行在来線となる予定の長崎本線・肥前飯田駅付近にて)

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