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ゴスロリ重兵と無慈悲なる硝煙

「これで掃除は終わり、かな。お茶の前には帰れそう」
こなごなになったレジスタンス部隊の死体が暗い影を落とすビルの隙間、大通りに至るまで埋め尽くしている。立っているのは無慈悲な黒色のゴスロリを着た重武装の破壊者だった。
「——政治とか僕にはわからないけれど、大層大変なことで」
改造89式自動小銃に当然の如く付けられたグレネードランチャーが景気よくポンポンと榴弾を発射し、マンホールを吹き飛ばし、内側も爆破する。敵対者たちはバラバラになるしかないが、破壊者は念のため覗き込む。
「A、AGHHHHHH……」
一人の青年が怯えていた。彼は震える手でピストルを向ける。ゴスロリは気にも留めない。
「あれ、まだ生きてたの」「あ、あの……」「業務上の質問だけなら会話するよ。『ボスはどこだ?』」「言えば殺さないんですか?」
「うーん、古い友達みたいに言うなら……『逆質問。君の価格は一体いくら?』ってところ」
哀れ、レジスタンス青年の眉間に突き付けられたのは大口径のライフル銃口であった。「……えっ」

ゴスロリは血まみれの地図を取り出す。中には数枚の写真、そして『身分証明 安和市市民』と書かれたカードが挟まっていた。暗号パンチカードに加工されている。「これ、これ。これが欲しかったんだよね」粉砕された青年の顔面と、市民証の証明写真を見比べた。「……ボクの趣味じゃあないかな」
ゴスロリは二丁のライフルを黒と白、二色の傘へとカモフラージュすると、銃身の長い方は日傘に、もう一つはステッキ代わりにして、散歩するような足取りで陰鬱なビルの谷間を歩き出した。行先は確信している。安和シティ三丁目、ドルイド通りのラーメン極獄。

ビルに張り付いた何枚もの電光掲示板が昼のニュースを伝えている。
「安和市で反市政勢力との交戦——当局はこれを鎮圧」「笠岡市長はコメントを——『愚かなネズミです。この平和な都市で何が武力革命ですか。ベーグルでも食べればいい』——」電波ジャック。「我々はただの一つだけ要求する。どんな革命でもそうだ。自由が欲しい。だから我らに協力を。そしてこの者を見かけたら、慌てず、騒がず我らに伝えてほしい!」
男の宣言ののち、ノイズと本来の放送が交じり合っていたが、一つの似顔絵を映し出すことに成功していた。どの画面にも同じ顔と同じ三面図が映る。
エキゾチックな顔立ちと、ボブ・カットした天然パーマを桃・青・銀で荒れ狂う海の様に着色し、対照的に色味の少ないロリータ風味のゴシック衣装を身に包んでいるその姿は、今まさに通りで虐殺を終え、優雅に歩いている者に他ならない。大きなスカートが一歩ごとに揺れる。

そいつの名前は弁天。かつて強盗で、今は雇いのテロリストだ。

「——だからさ、ボク、義賊なんだってば」
時間は前後し、虐殺が起きる数日前。城のように大きく、堅牢さを誇示するためにあちこちが武装され、シティガードと呼ばれる警備兵、監視設備が隙間を作らない役所に弁天は呼び出されていた。そう、市政を左右する秘密の会議である。13階の秘密会議室は厳かな緊張感に包まれている。
「社会正義のためだ。ぜひ君に頼みたい」
「そういう事ならボクの友達を紹介するけど? まあおじさんみたいな人間だと、八つ裂きよりひどい肉片にされて商談終了になる可能性が高いかな」
「名前だけ、聞かせてもらおうか」
「『無頼の剣姫』とか聞いたことない? えーっと名前がややこしいし今はどうにもなんないけど……」
「……もういい。私はこの市を代表して、君に頼んでいるのだ」

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そして現在。先ほど入手したパンチカードの効果はてきめんだった。次から次へとドアを開け、地下に存在するレジスタンス本部を死体安置所に変えてゆく。最高セキュリティもなんのその。赤子の手をひねるものだ。

「敵襲! 敵襲です!」

血だるまになったレジスタンス兵が最深部の指令室へと駆け込むが、時すでに遅かった。頭が乱暴に吹き飛ばされる! ドアや壁の破片の埃、それと硝煙の臭いを吸い込んで、弁天はここにくるまでの道のりを再び回想し始めた。脳裏に秘密会議と、中年の顔が浮かぶ。

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「で。いくら? ボクにいくら払う? なあ? 選挙勝ったんだろ?」
「カネか。大事な公共事業だ、好きな額を言えばやる」
「……勝手に決めてくれ。ボクはね、何でも、それこそ命もダイヤも世界を揺るがす超物質も盗むし銃を撃つのは大好きだ。勿論、他人から手渡しで札束を貰うのも。だけどやっぱり、ちょーっと権力ある人間からお願いされるのは困るなぁ」
「何を言っているのだね。私に力はない。むしろ強力なのは奴らの方だ。私はね、この街を守り、そしてあちこち点在するネオシティ以上に危険だったここを微力ながらも平和で住みよい場所にしている。力ない人間が頼れるのは、結局コネだけなのだよ。金も武器も足りん。気になるなら連中の資本とこの街の資本を比べるがいい」
「興味無ェ。……真剣なのは伝わった。暇だったしボクも調べたよ。奴らはクソ傭兵とかクソ企業から金を山ほど貰ってるってね。彼女の為なら、こういうことも許されるさ」
「彼女?」
「忘れてくれ。今どうしようもない立場の人がいるだけだ」

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再び意識はじめじめとした豚骨臭い地下へと戻る。
「死にたくないなら地べたに伏せろ! イットザダート! ……親玉は誰だ?」粉々になったドアを踏みつけ、二丁のライフルを構えたまま部屋へと押し入った。デスクワークをしていた参謀たちは驚きのあまり、失禁していた。
そんな中で、冷静を保つ男がいた。弁天の向かいに神妙な顔で座る黒人の男だ。彼は丁寧に言った。
「……俺だ。あんたに話を付けたい。だからその銃を下ろしてくれ」「価値のある話、できるなら」「もしそうでないなら?」「いつも通り、撃ち殺す」「怖いな」

黒人はまず、キャロル遼平と名乗った。その次にワインクーラーからエナジードリンクを取り出すと、何本か連続して飲み干した。弁天は椅子にぺたんと座っている。ペットボトルの紅茶を飲んでいた。
「……あんたの力が必要なんだ」
「同じことを君の命が欲しくて仕方のない人間から散々聞かされた」
「分かってる。でも連中の欲しがってた力と、俺たちが求める力は全然違う」
「じゃあこうしよう。納得する説明を寄越せ。もしできないなら直ちにここを血の海にしてあんたをボクの晩飯代にする」
キャロルは考え込んだ。
「…………もし出来たら、旨いラーメンをごちそうさせろ」

キャロルが言う事には、確かに自分たちは世界の企業から金や資材を受け取り、戦いを続けている。実質的にはシティ・ガードと向こうが雇っている兵士との戦力差はあまりないらしい。装甲車の類は無いが、ビルの谷間で小競り合いをする分には十分な量の弾丸を貰っている。
しかし結局のところ、「体のいい商売相手」以上の組織とはみなされて内容だった。その大義に賛成こそすれ、革命計画の細部までは知るような連中は存在しない。

「——あの事件。あの事件を覚えているか。『関西地獄絵図』とそのあとの『破滅の門事件』。アレのせいだ。何もかも、麻痺っちまった。今や……どこぞの誰かも言ってたが、暴力がまず資本だ。しかも最低な事に国なんてまとまりは誰も気にしない時代になって、ローマみたいな世界へと変わっちまった。世界戦国時代だよ。日本だけじゃねえ。皆自由を愛してるのにもかかわらず、な」

「でも関係ないだろ。確かにさ、行く先ネオシティだらけで夜も明るいわで目が死にそうだしその他はFallOutもビックリな荒地とマッドでマックスな場所になっちゃったけど、だからと言ってうまく働いてる都市システムをぶっ壊す気は起きないぜ」

「壊すんじゃない。戻すんだ」
「戻す?」

「ああ。今ネオシティに代表されるいろんな街は昔ながらの地方分権だとか、民主主義を取り入れてはいるが、その実ただの独裁さ。俺はな、思うんだよ。影で糸を引いてる黒幕が、セカイをバラバラにして都合よくむしゃぶり尽くすつもりなんじゃあないかと。独裁者共は黒幕連中の駒さ。だから都道府県が存在していた時代まで戻す。この革命はそのための嚆矢だ」

「なるほど」

弁天はゆっくりと椅子から立ち上がる。と思えば、机に脚を乗り出して、左手に構えたピストルでキャロルの顔面に狙いを付けていた。それを見て一斉に参謀たちは銃を抜く! 

一触即発の危険事態だ!

「説明は終わりでいいか? 結局お前はボクの力をただ暴力装置として欲しいんだろ? ダブルブッキングはごめんだね! さあ最後に言う言葉、今のココから考えとくんだな!」

弁天は威圧的にテーブルへと足を投げ出したまま、空いている右手で黒傘(その実、改造89式自動小銃だ)を構え、参謀を殺す順番を考える。

((真ん中からか。手にタコがある))引き金に指を掛ける、コンマ数秒のタイミングだった! キャロルが叫んだ。
「俺はあそこの三億円金庫にアクセスできる! 役所にいたから分かる! 俺はあの役所を裏切ってここで戦ってる! 自由のない世界なんてまっぴらごめんだ! そして……あんたの欲しい物、カネ、俺が居なきゃ手に入らんぞ!」

「うるせェェェェェ!」

弁天は憤りながら、ピストルを机にたたきつけ、椅子に戻った。
深呼吸をする。まだ弁天の頭部には銃口が向いていた。
「……火事場泥棒なら付き合う。糞見たいな大義とか何とかはボクは嫌い。クソオヤジの悪口ですら聞きたくないわ。勿論、その大義で金を貰うあんたらも嫌い。解った?」
「……それで十分だ。俺たちの問題は、俺たちで解決する」
「じゃあ約束通り、タマゴ多めでもらおう」

「計画はこうだ」
地上。普段程よく繁盛しているラーメン極獄だが、こうしてレジスタンス重要会議の際は『臨時閉店』するのであった。
キャロルは脂のしみこんだテーブルを2つ繋げて作ったウォーマップを指さし、とくとくと説明する。部屋全体には、スープの臭いが立ち込めていた。夕食を兼ねた作戦会議であった。
地図は城の見取り図が描かれている。厳密には役場だが。

「まず弁天が正面より侵入。勿論、俺を連れて、だ。もろもろの気を引いている隙に残ったレジスタンスが裏口より潜入してあのクソ野郎を叩き潰す。以上だ」

弁天は麺をすする。「その作戦、完璧なんだけど——」
豪快にスープを飲む。「——なんかこう、ボクの出番がなさそうだよね」
「それについては私が説明するわ」キャロルよりも先に答えたのは順子だ。彼女はここ最近の弁天による虐殺を生き抜いたベテランのレジスタンスである。彫りの深い顔からは、戦いの緊張感が銃も無いのに伝わってくる。

「弁天さんは、私の仲間を山ほど殺してくれた。今でも隙があれば心臓を抉り出し、喉元を引き裂きたいくらい恨んでいる」
「ああ、ごめん」
弁天はチャーシューをつついていた。
「だけどね、皆の恨みがあるからこそ、この作戦は成功するの。それに、私が奴を倒してる間に、弁天さんは欲しい物を持って逃げられる」
「言わかるよ。向こうの案件を満たして、デコイの役目もちゃんと果たす。それでずらかる。懐かしいなァ、デコイ作戦」

一人弁天は回想する。『伝説のヒーロー暗殺事件』と呼ばれる一連の騒動において、化学工場に見せかけた要塞を落とすべく、敵の集中砲火を一身に浴びたことを。橋の上での死闘。思い出せばまた悪臭と爆風が織りなす興奮が体を駆け巡る。
「あの頃は、ボクの命がいくつあっても足りなかった。今は逆だ。ひでえキルスコアを引っ提げて、おしゃべりしに行く」
「……良く分からないけど、とにかくできるって意味ね?」「勿論。三億円を死なすわけにもいかないし」弁天は悪戯っぽくキャロルを見る。「で、ラーメン御馳走様。これからどうするの? ボクは今から乗り込んでもいいんだけど」

弁天はスカート裏の武器ホルダーよりナイフを素早く取り出し、手元でくるくると弄ぶ。キャロルは両手で止めるしぐさをする。
「いいや、それはまだだ。この作戦で肝心なのは最初の襲撃なんだよ。まずこの拠点を破壊、次々にビルを爆破し、俺たちを後に引けないようにする」

「ちょっと待ってください!」
弱弱しい声で遮ったのはリョータである。真新しい陸戦服からは、戦闘経験も、参謀としての狡猾な知性も読み取れない。レジスタンスという言葉の響きで参加したのが透けていた。
「こんなこと聞くのも愚かと思うのですが、どうして爆発させるんですか? 大切な人達が居るんですよ!」
答えたのは弁天だ。顔を色っぽくリョータへと近づける。
「あのね。背水の陣だよ。ボクは実戦経験豊かだから分かる。こういう大きい建造物は、壊せば即席のバリケードっていうか、バトルアリーナに使えるんだ。敵を取り囲み、逃亡を無くす為の作戦。増援も呼ばれない。あとは決意表明。これが一番デカいと思うけど。ついでに、スパイをあぶりだすのにも使えるし。そう言う事じゃあ無い? みんな?」
ラーメン店の『客』たちは黙った。キャロルだけが、弁天に対して感想をこぼした。
「……あんた、一体何してきたんだ? 考えてないことまで言いやがって。ただのお雇いテロリストかよ?」
「ただの、危険人物さ。お金だけを信頼してる、どうしようもない危険人物さ」

その後の作戦会議は特に滞りなく進んだ。当初の予定通り、キャロルと弁天が正面から『調停』へと向かい、順子率いる突撃隊が城塞内を進攻、市長を暗殺し、リョータたち特殊作戦班は爆破や情報攪乱工作といった裏方仕事に回ることになったのであった。
「この作戦が成功した暁には、とんでもないモンが手に入るぞ。三億は勿論弁天への報酬。俺たちへの報酬は生きる自由だ。それで十分だろ?」
各々が頷く。
キャロルはそれを見て、「さて、この戦いは猪突猛進作戦と名付けよう。ちょうど明日は大晦日。新年の幕開けにはふさわしい戦いになるだろうさ。戦って勝つ、ただそれだけだができるだろ?」
リーダーらしく締めくくった。

リョータは申し訳なさそうに手を上げる。
「あの……一つだけ気になっていたんですが」
「なんだ? せっかく上手い事言えたのに。台無しにしたいのか?」
「そんなつもりは……質問、したいだけなんです。弁天さんに」
「何ー? また恨み節かい? いくらでも聞くよ。茶番は楽しい」
「え、ええ。それなら……」息を吸った。「弁天さんの性別って……何ですか?」

大晦日。

それも深夜だった。あと数分で西暦の数字に一つ、数字が足される。今は何年だろうか。弁天は摩天楼を突き刺すほどの違和感がある城めいた役場を眺め、ふと考える。『破滅の門事件』が、2015年。そこから足したり、引いたり。答えが頭に浮かびかけたが、やめた。
最早世捨て人同然の生活をしている弁天や、レジスタンスにとってはあまりめでたいものではなかった。数える理由すらないだろう。しかしこれから起こる戦いの渦中に巻き込まれてしまう市民にとっては不憫でならない。

電光掲示板のモニタは依然として東京方面で撮影されているマンネリ化したバラエティー番組を垂れ流し、新年へのムードをあおっている。ネオンに抱かれたスクランブル交差点では多くの人間が行きかって、酒を飲んだり、「シュブニグラス!」「いあ!いあ!」「ネメシス万歳!」「万歳!」——と、胡乱な言葉を叫び散らしていた。

スクランブル交差点の真ん中に立つ。重武装ゴスの姿は、この破廉恥騒ぎの中ではむしろ目立たない。
((確かに彼女の言う通りだ))
弁天は旧友の言葉を思い出す。とあるパブの窓から見た風景と重なる。
次に出てきたのは声だ。今、コールタール然となり、植物人間レベルの行動制限をされている友人の声。

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「ベンテン、あなたって私よりも儚い物を信じてどうするの?」
「アンタよりも儚い物?」
「ええ。お金と、この看板。お金はやっぱり大切で、結局ネオンだって奇麗と感じる。だけどどれも、上辺だけ。ただ私たちは間借りさせてもらってるだけじゃあない? むしろ、私たちが借りられてるのかも」
「まあ、アンタらしい物言いだよな。馬鹿みたいに酔ってるとはいえ。それだけ飲んで……アルコール苦手じゃないのか? 酒はお前の彼女の担当だろ?」
「今日は特別。あの人が、いない分、私があの人の代わりに……いや。何処まで行っても私は結局私だ。……ところで、このエビ、生だから食べてもらっていい?」
「酒飲みに来てそれかよ。そういうところもお前らしいな、バカが」

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((信じられンのは金だったじゃねえか。3億だ。これだけあれば、あんたらをもう一度呼び戻せる。お前も姫も、只では死なさん))
ぎゅっと拳を握りしめた。信号が点滅を始める。

「おい、何ぼさっと立ってんだ。行くぞ」肩を叩き、手を引いたのはキャロルだ。「悩んでんのか?」弁天は首を振る。「悩みなんて捨てたさ。君たちを数え切れないくらい、殺してただろ?」「違うね。俺の持論だと、違う」一気に交差点を駆け抜け、通りを突き進む。
もう少しで厳めしいバロック建築が恐怖を煽る安和市役場だ。
「俺の持論は、正義に反するって事は迷ってる明かしなんだよ。あいにく、俺の手も汚れてる。だけど自分が正しいと思ったことの為に汚してきた。確かに同じ手の汚れさ。でも納得できるかできないかって、全く違うんじゃあないか?」「つまり?」「迷いがなければ、狂ってるなんて言われても何か結果が残るって事さ」

気が付けば目の前に物々しいかの役場の姿が広がっていた。役場へと至る道は東西南北に橋が一本づつ。その奥には中庭だ。他ルートは堀で通れそうにもない。城塞の壁には、いつ使われるのかも定かではない大砲がずらりと並んでいた。弁天は身震いする。夜盗に入った建物は沢山あるが、ここまで物々しい装備は初めてだ。

「これを付けておけ」キャロルがインカムを手渡す。慣れた手つきで装着する。弁天はぼそりとつぶやいた。「——橋、要塞、そして銃。足りないのは友達だけか。二人ともいない」「何か言ったか?」「いいや。君とボク、仲良くなれるか?」「利害の一致で十分だろ」「ああ、そう」「じゃあ、鬼退治と行こうぜ」
弁天は傘をいじくって、銃の安全装置を外す。さることながらキャロルは武装していない。基本は『対話』のつもりである。

丁度その時、無線越しに艶めかしい声が聞こえた。順子からの連絡だ。
「こちら『ミス・エレファント』。花火大会、そして年越しパーティはもうすぐ開催。『ゴミ漁りゾンビ』、応答願いますか?」
「『ゴミ漁りゾンビ』だ。『スリック』、『エレファント隊』、『モンキー隊』、全部大丈夫なんだな? なお『外交官』はもう行けるそうだ」
「ええ。大丈夫よ。いい年越しにしましょう」
「ああ。いいお年を」

弁天とキャロルの二人は北門をくぐって、中庭に入った。外見の恐ろしいバロック建築とキメラ的に連続した、武家屋敷とバッキンガム宮殿の不幸な融合のような正方形の庭がそこにあった。「悪趣味だな、クソが」「キレイだけどね。もうすぐ0時じゃん」
彼ら前方の城壁面にはカウントダウンがプロジェクションマッピングされている。人間が集まるべく作られたが、この大晦日は静かだった。リョータら諜報班が巧みな情報操作により評判を落とすなどして意図的に爆破の起こる作戦エリアからは人を遠ざけたのだ。背後で聞こえる不発弾騒ぎのニュースや立ち入り地域制限の偽厳戒令も、その作戦の根深さを物語っていた。
だからこの中庭にはゴスロリと陸戦服を着た人間のほかは警備兵のみが存在するに過ぎない。それがさらに、異様さを加速していた。

「そろそろやるぞ」「じゃあ、言っちゃっていいかな?」「頼んだ」

弁天はスカートよりメガホンを取り出して、大声で叫んだ。

「市長! あんたがすごく欲しがってた蛋白質の塊を、知性持ったまま今ボクの隣に引っ張って来たぜ! いっぱい殺したし、いっぱい銃弾を使った!『がんばれ!』って言いたいなら、今すぐ降りてきてボクに三億用意しな! あるいはこいつとおしゃべりするんだ! Do you want to proof cook-sucker yourself ?(腰抜けじゃあないって言いたいか?)

しばしの沈黙。役場内に有線連絡が鳴り響いた。

「……ご苦労。ご苦労だ。そこまでやってくれるとは思わなかった」
「くたばり損ないって思ってたでしょ? この人も! ボクも!」
弁天はキャロルを指さす。
「いいや。要求以上に働いてくれたよ。最後の注文だ。私は、この男が死ぬ姿をここで見たい。報酬はその後だ」
弁天はきり、と屋上を睨む。城の最上部、秘密会議室のすぐ隣、市長室から一人の男がマイク片手に見下ろしていた。チラリとだけ見えた。
「エエッ? ちょっとお話して、そのあと処刑が相場じゃないの?」
「私は君の残忍さを買っている。だからいつもやるように、四肢をもぎ、この世の人間がやったとは思えないように殺せ」

弁天はメガホンから口を離し、キャロルへと言った。「……なんか腹立って来た。姿、ちゃんと見えないのが余計にだ。……プランA、お願いしていい?」「任せろ」ぼそぼそと秘密の暗号をキャロルは唱える。タイマーは23:59だ。

「君たちレジスタンスの作戦はとうに読めている。うすら寒い猿芝居だ。この都市システムをちょーっとだけでも麻痺させおって。だがベンテンよ。ここまでこの男を連れてきたのには喜んでいる。さあ、殺せ。いつものようにやるのだ」
背後より聞こえるのは臨時ニュース速報の声。
「——レジスタンスを現行犯逮捕」「新年に大ニュース」「シズオカ地方の特別都市安和市で武力衝突が終結の見込みか——それでは引き続き年末特番をお楽しみください」
銃声もこだましている。お祭り騒ぎの裏で、確実に戦いが巻き起こっていた。
キャロルがメガホンを分捕った。思い切って叫んだ。
「悪いがね、俺たちもバカじゃあないんだ! 時間は刻々と過ぎる!」

……ブーン。ブゥーーーン。除夜の鐘。カウントダウンタイマーがゼロになる。ついで特番。
「ネズミ年! 明けまして、おめでとうございます!」
後ろから聞こえるは、騒ぎの声。
「「「「ハッピーニューイヤー!!!」」」」

KA-DOOOOOOM! ドオオォォォォォォォン!
間髪入れずにドミノ倒しじみた連鎖爆発音!新年花火よりも強烈に耳を切り裂く! 次いで衝撃波! これでビル作業をしていたレジスタンス、襲撃に向かったガードの7割が死んだ! 地響きが足を伝う!

「ああそうさ。俺たちはレジスタンスだ。逃げも隠れもしねえ。今からここに、屍の山を築いてやる。一人足りとて俺は逃がさん。理念の為なら仲間も殺すし、一度始めたら腐り倒すまで戻らねえ。だから俺は『ゴミ漁りゾンビ』だ。おい弁天!」
あどけなく、キャロルの顔を見る。
「何?」

キャロルはどすを利かせて言った。
「こいつら全員、ぶちのめせ」
弁天は無言で、一丁のピストルをキャロルに渡した。

銃のカモフラージュは無意味だった。弁天はアキンボの姿勢を取る。するすると傘の布地が地面に落ちる。白黒、黒白。地面に落ちても色の対比が目立つレース傘は美しい。傘があった場所に残ったのは、妖怪の様に不気味で重厚な金属の塊。改造済み八十九式自動小銃。発射する弾丸は特別製のホローポイント5.56x45mm。グレネードランチャー完備。右手の物は銃身の長い可変スコープカスタム。今は等倍。左手は連射力、破壊力を極限まで高めた三倍フルオート。勿論弾倉は九倍だ。

獣の唸り声めいて、弁天は呟く。

「……Time's up, Let's rampage now……(……もういいだろ……ヤッてヤッて、やり倒してやる)」

弁天の耳元を銃弾がかすめた。一度ならず、三度、五度もだ。そのたびに髪の毛が振り分けられる。

「あのね!」

ブッシュ(茂みのこと)に隠れる。その際に手榴弾。身を乗り出して、数秒射撃。殺害確認をせず、再び隠れる。
「ボクはアンタの為になんかしてあげたい気はないの!」
「だったらなんでガードを撃つ!」

叫びながら丁寧な構えで狙うのはキャロルだ。弁天の右側の茂みで、同じように隠れつつ、敵を撃っている。有効打もいくつかあった。「あうぢッ!」ただし弁天と違うのは、数か所被弾している事だった。

「単純に腹が立った。それに、最初に言ってた通り猪突猛進だ! ここまで来たら選択肢はない! 金庫にいくまでこいつらを殺す!」

流石に訓練を積んでおり、SSを思わせる鉄帽を目深くかぶった最新鋭装備のガード達は弁天でも苦労した。いくらでも湧いて出るようだ。一度に5人、戦場に居るのはダース単位というのが普通である。ちまちま撃ちあう基本戦術ではらちが明かない。それだけ、敵の人数と戦術がかみ合っていたのだ。火線を避けつつ弁天なりの流儀が通用する場所を探す。わらわらとやって来る敵。猟犬が追い込むように、一刻一刻陣形を変える。つまり一瞬の判断が命取りだ。
「キャロル、あんた戦法見習ったらどう?」
「今日で終わるさ! それよりもっといい銃をくれ」
「そいつでも十分だぜ? こいつはデカすぎて無理無理」

弁天は茂みから乗り出して、歯を食いしばって狙いを付ける。勿論武器はずっと抱えるアキンボ・ライフル。

BALM、BALM、BALM!二丁のライフルより連続発射された弾丸は兵のヘルムを弾き飛ばしてミンチとする。ドワオ!間髪入れずにグレネード弾!柱に隠れた敵、茂みの敵を炙り出す!ズワオ、ズワワワワッ! 両手で豪快に連射、連射! 薬莢がボロボロとこぼれ落ち、マズルフラッシュは止まらない。バタバタと敵を肉片、運が悪ければ血染みに変貌させる!

「……その反動、どうやって制御してる?」「制御してるんじゃあない。ボクに合わせて作ったんだ。他人が使えば腕が飛ぶ」「怖いな」「でもそのピストルが使えるなら、一丁くらいはいけるだろうね」

破滅的な銃声は鳴りやまない。それは彼らとは別動隊、順子のエレファント隊も同様だった。

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「貴様ら! 決して日の出を見ずに死ぬな!」
順子は隊員に激を飛ばす。現在、8階部分、ホール。予算を悪用して作られたサロンは戦場と化していた。一気に駆け上がりたかったが、思わぬ足止めだった。流石の城塞である。階段はセキュリティの為南北で別となっている。それを利用して、人員をかき集めたのだろう。あと5階登れば彼らの敵大将たる市長の部屋だが、はたしてそこまで持つかどうか。

「撃て、撃て!」

がつがつ、発砲する。バロック洋館を彷彿とさせる階段と絵画の間はバキバキと粉砕される。しかし警備兵には弾はかすりもしない。
敵が被るヘルメットには戦闘データが蓄積されており、暗視スコープを通じてレジスタンスの持つAKの弾道は予測されてしまっているのだ。一度命中すれば威力は申し分ないとはいえ、何世代も昔の物である為、なかなか攻城戦には通用しにくい。

「ああ、当たりません!」隊員の一人が言った。「そんな事は無い。考えられるだけの戦いをするんだ。殺すことが目的じゃない。自由が目的なのだろう!」「え、ええ!」その瞬間だった。彼は物言わぬ骸へ変貌した。頭には星状の穴が空いている。敵の反撃を受けたのだ!

ツーマンセル体制を崩すわけにはいかない。一人が牽制しつつ彼の開いた隙へ入り、順子をカバーする。「隊長を死なすわけにはいきゃあせん」

敵のうち、階段にいる一人が慎重に狙いをつけ引き金を引く。順子は間一髪、彫刻の陰に隠れる。しかし相方は足にダメージを負ったようだ。
「大丈夫か?」「問題ありませんぜ……!」

彼はカバー先にハイエナじみて回り込む2人の敵に向かってアーミーナイフを取り出し、襲い掛かった。
「弾道予測か? 知らねえが石器時代のやり方なら、俺も何とか出来るだう、エエッ?」
何度も脇腹を突き刺し、装甲をこじ開け肉を捉えた。十秒以内に急所を一突き。引き抜いて片づける。次の一人はライフルを盾代わりに抵抗するも、組みつかれて首元を晒し、気が付いた時にはバケツからあふれるように血を流していた。
「自由のためには負けられません!」「……ああ!」

残りレジスタンス隊は4人。ポジションは別ながら、同じ方向に銃を向ける。やって来る敵は数え切れない。それでも4人に、後退は許されなかった。

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「畜生!」キャロルは弾倉を交換する。しかし焼け石に水だ。「……当たらない!」「ボクも! 何かがおかしい!」背中合わせで庭の真ん中に陣取る。敵は焦らすように詰め寄る。流石に大暴れの甲斐あって、いまここに残っているのは7人の尖鋭たる兵だった。
一人一人なら、ここの二人の敵ではない。だが弾が当たらないのならば話は別だ。
「……オレの背中はアンタのもんだ」「預かった」

((誰からやるか? 引き金を引いた瞬間にボクは死ぬ。そういう確信がある。不気味だ。でもやるとしたら、一番ヘルムにキルマークが付いてる奴からだろう))
考える時間はあった。敵が一切発砲せず、構えたまま取り囲むだけだったからだ。「……投降勧告のつもりらしいな」「ボクの銃、ハーグ条約違反なんだけど」「そういう問題じゃないだろ」

全員が全員の顔を間接照明に照らされるのみである薄暗い庭でも確認できる距離まで近づいた。各々の持つ武器が最大限の威力を発揮できる。それでも、にらみ合いを続けるのみだ。
冷たい殺気が辺りをじんわりと覆い尽くす。あまりの緊張で失神しそうだ。

Bring'Em On!(かかって来い!)」


弁天は敵に向かって声を投げる。
が、飛んできたのは銃声ではなく、さっきまでやっていたバラエティ番組のような笑いだった。ガードの一人が銃を構えたまま言う。
「ハハハッ、10年前の映画じゃないんだ。馬鹿みたいに死ぬわけないだろ。勿論簡単に撃ち殺さんさ。つまりお前らに勝ち目はないぞ? もう、弾道解析は終わったんだ」
「ああン?」
「お前のバカ銃はいくら撃っても俺たちは食らわん。そういう位置にいるからだ。回避出来るからだ。おとなしく銃を捨てろ」
「……試してみてもいいんだけど?」
「そうすれば確実に、ここでぶっ倒れているゴミみたいにお前の頭はスイカのようにはじけ飛ぶ。だから弁天、お前は契約違反してないでキャロルを渡せ」

キャロルは耳打ちした。「……どうするんだ? 策はあるのか? 大体何人なら勝てる?」「両手で収まるならとっておきが使える。死なない自信はどれくらい?」「あるさ。7割は」弁天はにやりと笑う。

兵隊長が嘲る。
「おい、ネズミども。いまここでハチの巣になるか、あきらめて『良き市民』の礎になるか選べ。俺達に取って、前者の方がスカッとするがな! ハハハハッ! ハハハハハハハッ!」

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「……皆。すまない」

ロビーでの戦闘は既に終わっていた。階段を上り、最上階を目指すレジスタンスは順子のみ。先ほど以外にはもう、固定砲台を除いて戦闘は無い。しかしながら、順子は一人になってしまった。他は皆、捨て身で散った。喜んで散った。兵統率システムを意表を突く作戦だった。最初は一人による手榴弾を全身に括りつけた命令無視の特攻である。

——『オレが行きます! お元気で! よいお年を!』
彼は格好つけだったが、非常に有効な戦術となっていたのは皮肉にも明らかであった。負傷がどうしようもないとわかると、すぐさまバロック階段をひたすらに走り、敵に向かって爆死した。
自由を求めるために死ぬ。それがどれほど愚かな行為か。享受できる人間が居なければ、意味が無いのだ。散々順子は解いてきた。

残る4人も、廊下や階段で陣取る敵を爆破させる。順子は死屍を踏み越え、使える弾を使いつくしてここまで登ってきたのだった。階段は数えるところあと7段。一歩一歩、涙をこらえて登ってゆく。

「13階」鉄のドアに手を掛ける。開け、クリアリングを行う。レッドカーペットの敷かれた通路、一番奥が市長室だ。他の部屋の用途はわからないが、高い美術品がある事から、これもまた、税金の無駄や企業との取引の結果だろう。

慎重に廊下を歩く。気づかれてはならない。深呼吸をする。精神の安定を図る。
しかし敵は現れなかった。どの部屋に行こうが、ただガラスケースに入れられた金のトロフィーやらカエルやら、歴史的遺物たる赤い旗が飾ってあるのみで、防犯装置の類も見えない。

ついに残った部屋はただの一つ。金の毛筆で力強く描かれている。
市長室
ドアに手を掛けた。
止まれ!

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「君たちがその気なら——」弁天は手に銃をひっかける。暴発は不可避だ。「——離す。で、ホントに離していいの?」
隊長は詰め寄る。意地悪く、弁天の顎をさすった。「賢い選択だ。ちょうど鬱憤が溜まっている」「ボクも同じさ」
ここで隊長は気付いていない。真に邪悪なのは弁天だった。
キャロルは表情をみたのだ。弁天の目を。

「——そして……ボクは武器を離す」

地面に二丁の重たい銃が落ちる。ズシリと音を立てる。その瞬間、スカートの中から飛び出したのは5発のスモークグレネードだ。一つは足元で破裂し、残りの4つは庭の角まで転がって順に破裂する!

「何!?」7人は狼狽した。色とりどりの煙が充満している。白を中心にして、時計回りに青、黒、赤、緑。高性能な暗視スコープでも弁天の姿は捉えられない。「探せ! あいつが守ってるクソ野郎はここに居るんだ!」
7人の兵たちはそれぞれ散開を始めた。 完全に弁天を見失ったのだ。

行き来する敵兵がもたらしたのはキャロルへの不安だった。これが先に見た表情がなくば、話は別である。「何考えてやがる……?」煙に巻いて、ただ逃げるのが秘策なのか? だから弁天は生き残れるかと聞いたのだろうか? 

その回答は十秒も経たずにもたらされた。

◆◆◆

さて集中するんだ。今の僕は最高に興奮している。人生とは大聖堂。大好きだったおばあちゃんの言葉だ。建設の過程がどうであれ、いずれ落ち着くべきところに落ち着く。だけどすごく妙じゃないか? くるくる回って、脚から落ちてるなんて。やってる自分が恥ずかしい。可愛いかもしれないけれど僕には退廃の方がお似合いだ。だって汚い白波だもん。

それでも美しさを重視するのは昔やってたバレエのせい。

集中、集中。ここで他のこと考えてたらあっという間に地面だよ。とりあえず借りパクした射出式のワイヤーで先ほど作った濃霧から飛び上がった後からだ。ここから、どういう方向でこの場を切り抜けるか考えないと。僕は閃く。とっておきならやりたいようにできるはず。
雑念。
横から見てたら真っ黒のフリフリ着た奴がロケットみたいに軌道を描いてすっ飛んでる風に見えるかもしれない。それで落っこちてる風に。
雑念終わり。

まだ着陸までには時間がある。良い子の給料飯たちは僕の事をくまなく探してる——「クリア!」「ここにはいない!」「隠れてないで出て来い卑怯者!」「そのひらひらを切り落として、洗面所のタオルに使ってやる!」——予想通りだけど。

着地と同時にやることは決まってる。僕のドレスは滅びのドレスだ。誇張抜きで、鉄と鉛の魔法がかかっている。だから取り出す、良い武器を。ぼんぼんした後ろリボンからはドゥームブレイカー、つまりソードオフの水平二連ショットガン。これは右手。胸の隠しポケット、4番目からはビクターランド。コクトーツインズって呼んでるグロッグの一つ。勿論左手だ。いまからコレをぶっ放す。Say hello to my little girls.

バレエの応用編その2、今度は若干難しい。右手は胸元へ、左手は背中へ。回転軸をぶらさない。地面が見える。煙に突入。目を動かして、敵の頭も目視する。烏みたいに両手を広げる。着陸。膝で衝撃を受ける。銃口をやや上向きにして、引き金を引く。「あぐあ!」「ぐぼァッ!」まずは二人。汚い声と豆腐を投げたみたいな音した方が派手に死んだ奴だ。

——「銃声がしたぞ!」「白だ!探せ!」「野郎、2人殺しやがった!」

そろそろ僕は見つかるだろうから、速攻で忍び込んで始末しないといけない。とりあえず緑からだ。暗視ゴーグルの色と被せる。友達から教えてもらった殺しの流儀。ハッキリ言ってアイツの方がこういう戦いは慣れている。でも今ここに居るのは僕だから、ちょっと傾奇的にやるしかない。クリアリングの都合的にたぶん向こうに居るのは2人。さっき確認したブッシュを連続前転で転がり抜けつつ、フラッシュライトの動きを追う。ちょうど角で鉢合わせる。頭で秒数を唱える。

「レーダーに反応!」5。「そこだ! その曲がり角! 彫刻の後ろだ!」4。「俺たちの手柄にするぞ! 回り込め!」3。飛び出す。「居たぞッ!」2。僕は目の前の野郎にビクターランドの銃底を力任せにぶつける。よろけるけど相手はマフィア連中と違って格闘術をわきまえている。ステップを踏んで突きを避ける。銃口は僕の方には向かせない。隙あり。奴の腕をねじって体をフォークダンスの要領で半回転させる。1。「この野郎!」暴れるのは分かっている。だから僕は迷わない。首筋に一発。体温を一瞬感じる。痙攣。「あ、あばばばばバッ!」0。死体が撃つライフルは、瞬発的にしてはよく練られた賢い作戦を台無しにした。残すところはあと3人か。

ここまでの連続攻撃で連中は僕に気が付いた。プレデター作戦は通用しない。本領発揮だ、やれると思ってやればいい。銃弾を右、左、右と順番にばら撒きながら僕は煙の中を移動する。色がコロコロ変わって眩しい。奴等も銃弾を放っているから全然当たらないのはお互い様だった。

ぐるりと一周。赤の煙までやって来た。「止まりやがれ!」敵の一人が回り込んでいて僕に銃を向ける。だけど僕もそこまで愚かじゃあない。まずバク転。「くらいやがれ!」奴の顎を晒す。「ああっ!」
胴体ががら空きだから、両手を芝生について両足でけり上げる。しゅるしゅると煙を巻き添えにして白の方へと吹っ飛んだ。僕はゆっくりと元いた真っ白スモークのところへ歩く。
「さあ良い子は寝る時間だ。紅白は終わったよ」
二連ショットガンをリロード。中折れ式のリロードが一番楽しい。「や、やめ……」起き上がりざまをズドンと一発。純白の煙を掻き分け大地に……なんて言うんだろう。薔薇を咲かせる?

掃除の姿を見られていた。二人、僕に近接で襲い掛かる。一人はさっきの隊長だ。二人とも、ハンドガンで僕を狙った。「危ないな!」なんとか側転。回避。脛に向かって肘打ちをして時間を作る。不安事項は襲ってきた隊長とその相棒だけじゃない。1メートル先ではキャロルが怯えている。彼を盾にされちゃまずい。十年前の映画じゃないんだ。スマートに、ワイルドに殺らなきゃ屈辱だけじゃ済まない。僕はあえてショットガンを持つ。弾倉はあと2回撃てると言ってる。この2発で仕上げてやるさ。

まずは隊長。柔道の要領で投げる。一瞬だけ盾になるから雑兵は撃つのを躊躇した。そこが狙いだ。「うわッ!」案外情けない声を出す。地面に落ちた瞬間に、僕は迷わずショットガンの引き金を引く。ドワオ——どちゃっ。血の気が引いたように敵は倒れた。脳みそが零れ落ちていた。次で最後だ。

いくら切り落としてあるとはいえ、ショットガンは取り回しが悪い。このままでは殺せない。だからまず腕を踏み潰す。それでも隊長は強引に起き上がる。

「てめえ遊んでんのか?」ナイフが顔面目掛けて飛んでくる。「さあ遊び感覚で殺そうとしたのはどっちかな? ボクではない」手刀で腕ごと払う。銃の底で殴りつける。「小癪なネズミが……ッ!」奴も負けじとハンドガンを取り出し発砲。だけど読めていた。回避体勢。「コウモリとネズミはよく似てる。だけどこそこそ生きるのはごめんさ」ショットガンのバレルを使って弾道を逸らす。どこかで割れていなかったガラスが砕ける。

スモーク内の戦闘は煙を纏っていて、ぎりぎりで動いてるだけなのに格闘家がやる素早いのにゆっくり動く、あの達人技を僕と隊長の手で再現してるようだった。斬撃、ガード。突き、ガード。じりじりと僕は隊長を後ろへ下がらせる。腕同士の交差はじゃれているようだけど真剣だ。一つの判断ミスが僕の喉笛を引っ裂くだろう。

きた、きた。僕が狙っていたのは他でもないこのタイミング。そう、キャロルの位置まで行くことだ。「そらよ!」僕はキャロルを踏み台にする。隊長の驚く顔を見下ろす。さらに彼の肩を踏む。ツースピン・ハイジャンプだ。脳天が見える。僕はショットガンを真下に向けて構え、引き金を引いた。銃口がヘルメットとぶつかる瞬間だった。

「うわらばっ!」

ハッキリ言って、彼が一番悲惨な死に方をした。多分12ケージの弾丸は彼の体を駆け抜けたのだろう。まるで花火だ。ゴア・花火。

◆◆◆

煙が徐々に、晴れてゆく。キャロルは血と油でベトベトになった顔をぬぐう。顔を上げた。弁天が、うららかに笑っていた。

「……全員、やったのか」

「もちろん。ここで生きてるのは君とボクだけ」

ゆっくりとキャロルは立ち上がる。見渡す限り、死体、死体、血溜まり、死体、死体。時刻は年明けよりわずか5分ほどしか経っていない。湧き立つアドレナリンが時間間隔を鈍化させていたのだ。つまるところ、一つ間違えればこの中庭に転がる死体の一体となっていてもおかしくは無かっただろう。

ベンチを探して腰かけた。肉片が付いていたから、銃口で払いのける。
「汚いな、もっと方法は無いのか?」「苦しんで死ぬ姿が見たいサディストじゃあねえから。ボクは気にしてないけど」

キャロルは「ムーンライト」を取り出した。青いパッケージのタバコで、メントールの効果によりキック感を強めた安物だ。

「落ち着かねえんだよな。戦いってのは」「ボクの居場所はここしかないんだけど。心なしか、生きてるって感じがする」「ああ。あれだけ滅茶苦茶してくれたら分かるさ。戦場で死ねたら本望なんだろ」「ちょっと違う。他に知らないだけって思ってる」「……知らないだけか。では、タバコの味は? こういう一服が最高だ」「タバコはやらない。健康に悪い」「いいもんだぜ。ハッパやクラックよか道徳的だ」「考えておくよ。煙は好きだからね。儚くて」

弁天は撃った銃を一通りリロードし、簡易なメンテを施す。気が狂いそうになるほど冷たい夜に、戦場となっている建物の禍々しさをより引き立たせる細い三日月。銃のもつ熱も、だんだんと無機質に冷える。
「バレル、ストック。曲がっちゃいない。こうしちゃいられないよな」
「何がだ?」
「ココはアリーナ状態だろ? 助けに行かなくちゃ。ケツの青い子とか、その他もろもろ。暗殺班はそろそろ仕事終えているはず。どうせ金庫は逃げないし。せっかくならみんなで札束風呂したいでしょ? ほら、行く、行く」

二人が立ち上がろうとしたその時! 突如目の前に黒い、ソフトボール大の影が上から下へと落ちてくる! 弁天はすぐさま二丁のライフルを構え、距離を取った。きもが

「命は儚く悲劇は不変、我らは地獄を歩く者……クソがッ!」
弁天は動揺のあまり、退廃的バロック英詩の一片を唱える。
「ああ……ッ、順子が死んだ!」

ごろん、ごろんと転がって、目が合った時に二人は確信した。落ちてきた影は順子の生首である。無残に胴体から切り離されているのだ。生理的嫌悪感は最高潮に達する。思わずキャロルは嘔吐。

「大丈夫か?」と弁天。
「我慢の限界だっただけさ」
「新年早々縁起が悪い」
弁天はブーツの紐を締めなおす。
「まだ戦いは終わらない。……仕方ない。関わらないつもりでいたけど——」
肩と首をぼきぼきと鳴らした。準備運動をする。
「——ボクは今から順子の代わりに上まで行ってクソオヤジをぶっ殺してくる。で、どうするの? 生首を立ってた人間からぶった斬れるのは相当な技の持ち主だけだ。多分君は付いてきたら死ぬ。だけど僕一人じゃ、順子を殺したアホをトれるか分からない」
キャロルは乱れた呼吸を整えた。ピストルを再装填。
「……決まってるさ。俺も手伝う」
「なんか君たちが頑張る理由、ちょっと理解した気がするよ」
「自由を理解したのか?」
「また別さ。なんかこう、哲学的話題は苦手でね。帰って友達と話とく。友達は大事だ」

二人は無慈悲にも殺された順子の瞳を閉じた後、手を合わせた。弁天は厳かに十字を切る。庭をゆっくりと抜け、先ほどまでの戦闘で粉々になってしまった正面玄関より堂々と侵入した。

『侵入者探知……侵入者探知……自動警戒システム起動……』

遅すぎる警報装置の作動。これより始めるは、ガンナーとレジスタンスによる壮絶なる復讐劇。だが忘れてはならない。戦いはまだ、始まったばかりだ。初日の出までには時間がある。この戦いも、もう間もなく終わるだろう。

「さあやるぞ……ッ」
再びキャロルの全身に、泥化した時間がまとわりつく。不穏な空気を感じた。二人は合図をせずに背中を合わせた。

陣取ったのは十字路のど真ん中。弁天はこういう位置が好きだった。勿論正面には、エレベーター。しかしそうやすやすと、8階までにはたどり着けない。機械音。不穏さの正体はこれだ。左右の廊下が歌舞伎舞台のすっぽんの様に下がり、そこからセリ出てきたのは猛獣の檻だ。

GRRRRRR・・・!」            「BURRRR・・・!

檻の扉が開いた。 走り寄るのは2頭のゴリラ! このままでは2人とも奇怪な形の死体を晒す! しかしその場を動かない。
銃の安全装置を「単発」「連発」「バースト」を飛び越えて、2丁とも「危険」に変えているだけだ。どういうことか?

突進してくる獣を気にせず、弁天は呟く。

今度は景気よく、明るい顔をしていた。

「Kill Frenzy! yeah!!!!!(メッタ殺しタイムだ!)」


【!!「ゴスロリ重兵は革命の歌を聴かない」へ続く!!】


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本作は逆噴射小説大賞に投稿され、2次選考まで残ったパルプ小説冒頭の前日譚だ。というわけで、その話を紹介する

総合目次はコチラから。

コインいっこいれる