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ゴスロリ重兵は革命の歌を聴かない:PART ONE 猩々

これまでのあらすじ:弁天はゴスロリを着こんだお雇いテロリストである。傘に偽造した二丁のアサルトライフルとその他無数の火器を持ち、いさかいが存在する場所で、きまぐれに、若干報酬にがめつく破壊活動をするのが仕事だ。だから今度の仕事はレジスタンス狩り。錬度の低い相手で、順調に仕事を終えるときだった。『倒すべき都市自治機構の持つ三億円』の居場所をレジスタンスのリーダー、キャロルが知るという。ある目的の為、どうしても弁天は金が必要だった。三億はでかい。はたして大晦日、正月をまたいだ革命決戦に参戦し、無事金を手に入れられるのか?)

『侵入者探知……侵入者探知……自動警戒システム起動……』

侵入から数秒後だったがここまで荒れに荒れた戦いをしておいてシステムの作動は遅すぎた。しかしながら少々摩耗したキャロルと弁天にとってはプレッシャーである。不穏な空気に悪寒を感じる。

二人が背中合わせで陣取ったのは、要塞化役所の1階部分、十字廊下のど真ん中。弁天はこういう位置が好きだった。勿論正面には、エレベーター。しかしそうやすやすと、市長室のある棟へとつながる8階までにはたどり着けない。機械音。不穏さの正体はこれだ。左右の廊下が歌舞伎舞台のすっぽんの様に下がり、そこからセリ出てきたのは猛獣の檻だ。

GRRRRRR・・・!」            「BURRRR・・・!

檻の扉が開いた。 走り寄るのは2頭のゴリラ! このままでは2人とも奇怪な形の死体を晒す! しかしその場を動かない。
弁天は改造済み89式自動小銃の安全装置を「単発」「連発」「バースト」を飛び越えて、2丁とも「危険」に変えているだけだ。どういうことか?

突進してくる獣を気にせず、弁天は呟く。

今度は景気よく、明るい顔をしていた。

Kill Frenzy! yeah!!!!!(メッタ殺しタイムだ!)」

弁天は目いっぱい二頭のゴリラを引き付ける。あわや衝突!

弁天は大股開きで大きく跳躍した。片腕にはキャロルが捕まっている。
「今年一年跳躍の年になりますように!」「そんだけ重いのによく動けるな!」「だからボクの為にこの服も作ったの!」

ヤジロベエの姿勢になって、2丁の銃口をゴリラの頭に向けた。キャロルは一時、離脱する。後ろに飛びのいた。
「賢いだろうけど、人間の知恵はこう使うんだ!」
引き金を引く。腕に衝撃が走る。

「あああああああああああッ!」
金切り声を上げた。それほどまでに強烈な反動だった。それもそのはず、元々の出力が高いのに、対物ライフル顔負けのパワーと機関銃レベルの連射速度ではいくら銃の扱いに長けているとはいえ危険だ。骨、肩を伝って恐るべき反動が体を駆け巡るのだ。

どんどん、どんどどどどどどんどどどどどおどどどどど。濁流じみて銃弾がゴリラの頭部に流し込まれた。弾倉は2秒で尽きた。

霧のような硝煙の中、弁天は着地した。

「やったか……?」

UGBRAAAAARRAAAAAAA!!!!!!!!!!!!

硝煙が晴れる。

「……死んでない!?」

何という事だ。ダメージはあるものの、致命打には至っていない。そればかりか、うじうじとしたむき出しの肉の塊が蠢いて、毛深い体を重ね合わせ、2頭のゴリラは融合合体した。好戦的に非道改造されたサイボーグ・ゴリラであったのだ。これも日本がめちゃくちゃになり、想像力の欠けた人間によって第三次世界大戦の噂が嫌ほど流れた時期に作られた戯れの産物である。要はアサルトライフルで倒せない。

「ああクソッ!」

5本腕、有機的無機的2つのゴリラ頭を持ち、7本の脚で歩く巨大冒涜的怪物は廊下が狭いといわんばかりに通路を覆って、二人を見下ろした。

「オレ……オマエ……マルシボリ……」「頭いいじゃん! 醜いけど!」
「クウ……オンナ……」「ボクの性別クイズ? 正解は……」
弁天は後ろに引きつつ、迫りくる腕をハンドガンで撃つ。若干、攻撃の軸がずれる。丸太の様に太い腕、対処や避ける事は簡単だが、サイズ比的に狭い廊下では押しつぶされるのも時間の問題だ。ドアを開けて隠れる暇もない。引き撃ちするほか、生き残るすべはなかった。
「……教えねえ! 知りたきゃボクを脱がせよホラ! このゴス死んでも脱がないけど!」BALM!BALM!「どうすりゃいいんだよこのバケモン!」
BANG!BANG!「知らねえ! とりあえず腕撃ってろ!」

銃撃は有効とは言えない。しかし防御にはなっていた。しかし防御だけで勝てるのなら、この二人は苦労しないのだろう。つまりワンパターンな叩き潰しがゴリラの攻撃方法ではなかった。唐突に5本目の腕が突きを放つ!
「うぐはばッ!」
拳が弁天に直撃。ぴゅーっと血を吐きながら大きく吹っ飛んだ。ライフルから手を離すほど、強烈な衝撃だった。
「弁天ンンーーッ!」
ゴロゴロと大理石の廊下を転がる。弁天が受け身を取れたのは10メートル吹き飛んだ後だった。げぼげぼと溜まった血を地面へ吐き捨てる。
「…………内臓、ツブしたな」
起き上がる。その瞬間を怪物は逃がさない。びゅん。すぐさま右2本目でビンタ。「ひうっ!」左一本目でアッパー。弁天は呻く。空中に浮いたところをダブルスレッジハンマーで叩き潰す。弁天は絶望的に目を見開く。地面に叩きつけられる。流れるような連続攻撃をまともに食らい、不格好な姿勢でダウンした。幸いにして意識があり、腕と足を動かせたが、弁天は体のあちこちに痛みを感じる。熱い痛みだ。内出血をしたのだろう。立ち上がろうとするとヌルヌルする。床に血をばらまいていたのだ。ふと考える。このまま死ねばどうなるかを。

((間違いなく、三億は手に入らないか))

なにか抵抗するように、もぞもぞと、動く。

起き上がろうとする弁天を、ゴリラの怪物は見下す。ごちそうを見る目だ。
「……シナナイ。ガンジョウ、オンナ、スキ」
「……鍛えて……るんだ……」後ろリボンのドゥームブレイカーを取り出し、杖代わりとした。ゆっくり立つ。「……この程度じゃ、死なない……さ」

ドゥームブレイカー、つまりダブルバレルド・ソードオフショットガンを構える。水平二連の銃口が、化け物を捉える。
誰の目にも、この怪物を殺すには足りない威力と分かるだろう。実際問題、キャロルは弁天がただ圧倒されていることに唖然とするばかりか、次の瞬間にはミキサーにかけられたようにぐちゃぐちゃのミンチとなることは想像ついていたからだ。震える。
「弁天……もう……やめようぜ……?」
返事があった。
「今すぐ3億くれるならやめてもいい! だけどここで……ここで逃げるのはボクじゃあない! 死ぬか生きるかどっちかだ! ボクはね、素敵な棺桶で死にたいの! 分かる!?」
「全然わかんねえよ!」

キャロルはふと地面を見た。弁天が流した血の上に、なにやら黒い液体が撒かれている。
「……まさかッ……?」
ゴリラの怪物は、もう処刑が簡単な弁天をどうやってぶち殺そうか、二つの頭で会議していた。
「ココハシンプルニ、ネジリトバソウ」「オカシテコロス!」「バラバラカ?」「イイヤ、ツラヌイテコロス!」「カワイソウダ!」

ドワオ!

「ヘイヘイヘイヘイ、何喋ってんのさ、とっととやるならやってみろ!」

弁天はショットガンを発射した。無論、ゴリラの太い脚が弾を受け止める。無数の穴が空いたが、傷とは思えない。血も流れない。「……イタイ。デモ、シナナイ」「ああ、そうだな……そうだ」

ゆっくりとゴリラは弁天へにじり寄る。「……キメタ。オマエノ……シイン……ハ、ペタンコ、ダ。フリフリガ……ハラタツ」いまにも掴みかからんとしている。鼻息の荒さは夏に吹く、田んぼを流れる湿って淀んだ風の様。
「ロリータフリルと呼ぶんだよ。すごくカワイイで気に入ってる。それにただのフリフリじゃない」
スカートに手を掛ける。十字架飾りを付けた紐をするすると外す。ぱきり、と、それをスカートより取り外す。その布地の正体は、最終兵器、超硬化ケブラーと鋼で作った十字ブーメラン型投げナイフ。黒曜石の分子構造と程近く、外した瞬間に弁天の指に深い切り傷が付く。
「こういう使い方も出来る!」投擲の姿勢に入る!
「それッ!」投擲! 掴みかかるべく両手を広げる怪物だが、予想もしない行動に不覚を取られた。
「!?」
超鋭利な一閃が、ゴリラの脚を捉える。回転と切れ味、その両方のパワーが組み合わさり、初めて弁天は怪物にダメージを食らわせる! ボウリングめいてブーメランは貫通!
「UGRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!!」
7本あるうち4本の脚の筋肉を切断され、バランスを崩して弁天の方へと倒れ込む。

「これを待ってた」

弁天は指を鳴らした。血の多く流れた方の手だ。白かった手袋は既にボロボロとなり、新しく紅に染まっている。指の隙間から血のしずくが地面に落ちて、足元に広がる黒いドロドロとまじりあう。壁のような化け物に押しつぶされる、その瞬間の事だった。

「この血よ届いて! ボクが今ここより願う! 流れは澱に沈みけり!」

流した血、黒いタール状ペースト。二つの黒魔術的液体が混じり合い、影のような人型を作る。あたかも砂場で子供がさらさらと山を作るかのよう。
キャロルは理解をしようとした。弁天の文句からしてマジックの類なら、月齢は悪いはずであるから不可だ。さっきも確認したが、そもそも幻覚ではない。なら現実だ。だができない。煙に巻かれているようだったからだ。現れた影人形は一言だけ発する。

「死ィッ……(HUSH……!)」

ふわふわとした人形じみた影は、気が付けば怪物の背中を通り越して跳んでいた。よく見なくても、その影は右手に刀を構えていて、刀からは残像の軌道のように、赤い帯が伸びている。「ぶった斬る……!(Born to KILL……!)」

「エッ」「エ、エエエ、エエエエエ」

タスキを掛けたようだった。怪物の体の斜めに一本、鋭い線が入っている。それより溢れるのは獣の血。豪快に噴き出す。その凄まじき様は、線香花火の最後の煌めき。
ずずずずずずず、と肉の塊は両断され、首から胴にいたる急所の集中した場所は斜め上下真っ二つに分かれていった。まず下半分が倒れると、後を追うように上半分が落ちてくる。百キロ単位のゴリラ肉が、弁天の頭上を通り越す。ずしんと着地。

背中を向けたままの影に、弁天は話しかけた。殺伐としている。キャロルは一瞬で付いた決着のすさまじさに、ただただ愕然とするばかりだった。

「……剣姫」「『ケンヒメ』とかじゃなくてちゃんト『たまき』って呼ブ時は、なにかやましイ事あるんじゃないの、クソオブクソの阿呆ベンテン」

キャロルはようやく現在へと意識を向ける。薄く、未塗装人形のような影と真っ赤に染まった弁天が、なにやら口論をしていた。まだ無意識のストレスで何か吸ったことを疑ったが、生憎現実のようだった。

「……アタシがね、この筋肉オバケをすぱーーーーん、ずばーーーんって切断しなきゃ、ベンテン今頃ぶっ潰れてたのは理解するけド、それでもさそれでもさ、断りもなシに呼び出すって死人に対するデリカシーがなさすぎない?」
「まだ死なせたつもりはない」「じゃあアタシの体はどこ? 食った? 焼いた? それから食った? どんな味? 人殺しの肉ってどんな味? 老人といけ好かない同級生のバンドギャル、その他もろもろの平和な連中しか食ったことないからぜひとも聞かせていただきたいなァ、ねえねえねえねえ早よ早よ早よ早よ」「……死んじゃいない。それがルールだ」「でもアタシがマジックザギャザリングよろしく4マナ赤黒黒の魔法で復活してる訳じゃんか」「聞いてないのか?」「うん何のことか全然わからない。今スグ理由と方法と、アタシいまどういう事なのか説明して…………」

ひゅるり、と影は消えた。黒いシミが地面に残った。

「おい弁天、今のって……」弁天は乱れたリボン、スカートを整える。「あれこそ、ボクが戦う理由の一つだ。大事な人の一人。今は思い出の中に生きている」「魔法か?」「なんだろう、技っぽいから術じゃあないかな。原理はムズイけど、ともかく……ボクの古い友達がアイツをここに呼び出してる。ボクはただ合図しただけ。『ここに来い!』ってね。でもその事とか、いろいろなことを剣姫は知らない。自分がどうなってるかなんて」「……死んだのか、そいつは」「一般的に見たらね。記憶があるから、特殊な条件で言ったら死んでない。それでもボクがトドメを刺したんだ。仕方なかったのさ」

弁天はフリルのどこからか、何錠ものカプセルを取り出し、水も飲まずに飲み込んだ。「聞きたい? どうしようもなくくだらない話だけど」「オレの恐怖が解けるなら、どんなことでも付き合うさ」

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コインいっこいれる