見出し画像

嘘日記004:手のひらの中の本棚

小説を書くための筋力(概念)をつけるために、
毎日架空の日記を書くことにしています。基本的に架空です。

 今日は日課の散歩中に、未確認の図書館を発見した。
 近所の小学校を左回りに三分の二周くらい歩いたあたりの、高架の陰に入るようにその建物は存在していた。
 大きさは今どきの建売住宅くらいで、「子ども図書館」と看板が掲げてある。入り口を入るとすぐに上階につながる階段があった。
 壁や看板の様子を見るにかなり年季が入っていて、清潔感があるとは言い難いのだけれど、隅々まで掃除の手が行き届いているのは見て取れる。
 ちょうど週末に市営の図書館に行く予定でいたので、これ幸いと散歩を切り上げて蔵書を拝見することにした。

 階段を上がるとすぐに長机があり、このあたりの土地ににまつわるような本が置いてある。郷土史、地図、伝記……。小規模でもこういったコーナーが設置してあることに感心しながら、そのまま右手に進んで、換気のためにか開け放たれている扉を通った。
 「消毒にご協力ください」と注意喚起するポスターに従って、正面に置かれているポンプ式の消毒液を手に取り馴染ませる。
 一息ついて見渡した開架室は、外から見た印象と変わらず広くはないのだが、予想以上に本棚の数が多く、みっちりと蔵書が詰め込まれている。コンパクトながら感じるその迫力に、ほうとため息が出る。
 入って左手にはカウンターがあり、老眼鏡を首から下げた初老の男性司書が本の修復作業を行っていた。
 ステップを踏みたくなるのを抑えて室内を一周見回った後は、自分以外に利用者がいないのをいいことに、口元をほころばせてしまった。これはこれは、思ったよりも素敵で穴場な図書館だ。
 新しい本はそんなに多くはない様子だが、先ほど見た「子ども図書館」の看板に違わず子ども向けの本が多い。壁が四面あるうちの一面を贅沢に絵本コーナーで埋めているのはもちろん、一般文芸も世界的な児童文学からヤングアダルトまで幅広く揃っていて、何より子ども向けの図鑑が多い。
 図鑑といっても本格的なものというよりは、「生きもののふしぎ」や「どうして地球は生まれたの?」のような、子どもの忖度ない好奇心に寄り添うたぐいのものが中心だ。
 子どもの頃、かじりついてこういう本を読んでいたなあと懐かしくなって、興味をひかれるままに五冊ほど棚から抜き取り、カウンターに持っていく。
 「子ども図書館」だからと言って大人が借りてはいけない道理はないはず。それにきちんとは確認しなかったが、この辺には市営の図書館しかないはずなので、市民だったら借りられるだろうと当たり前のように考えていた。
 利用者登録をして本を借りたい旨伝えると、カウンターに座っていた初老の男性司書は特に驚くこともなく返事をして、おもむろに一枚の紙をわたしに差し出した。
「図書館のご利用は初めてですか?」
「いえ、子どものころに、こことは違うところですが通ってました」
「では特に説明は不要ですかね。登録情報の記入をしてください。そこの椅子お使いになってくださいね」
「はあい」
 指をさされた先に置かれていた椅子をカウンター側に引き寄せて、腰かけてそのまま記入を始める。記入用紙に目を落としたまま男性司書の様子を伺うと、わたしが選んだ本に異常がないか一冊一冊確認をしているようだった。
 しばらくわたしが鉛筆を紙に滑らせる音と、男性司書が紙をめくる音だけが室内に響く。
 わたしがあらかた記入を終えたころ、男性司書が今度はプラスチック製のカードを取り出した。どうやら新品の貸し出しカードのようだ。
 男性司書は記入用紙を回収し、念入りに項目のチェックをした後、カードをとサインペンを差し出し、裏面に名前の記入が必要な旨説明してくれた。
 言われた通り名前を記入して、なんとなく表面を確認する。子どものころこのあたりに住んでいたことがあり、いまだにデザインが変わっていないのか気になったのだ。たしか空に木製の本棚が浮いていて、本棚の中には本が並べてあるデザインだったはず。
 しかし確認した表面には、空飛ぶ本棚は描かれているのだが肝心の本が存在しない。
 記憶違いだっただろうかと不思議に思いながら男性司書にカードを渡すと、男性司書は先ほど裏面に記入した指名をこれまた念入りに確認し、ハイ大丈夫ですねとほほ笑んだ。
「では貸し出しの手続きをしますね」
 そう言った男性職員は、カウンターに置かれていたペン立ての中からピンセットを抜き取った。先が折れ曲がっていて、細かい作業に向いている形のものだ。
 何かシールでも貼るのだろうかとみていると、ピンセットはそのまま、机に表向きで置いてあるわたしの新しい貸し出しカードの横に並べられた。
 次に男性司書はわたしが選んだ本を、わたしから見てカウンターの左手の何か書かれた灰色のマットの上に置いた。
 すると、なんということか、そのまま本が縮んで小さくなった!
 ただ眼を見開き、マスクで覆われた口をあんぐりと開けていることしかできないわたしに目もくれず、男性司書は首から下げていた老眼鏡を装着し、大体一センチくらいに縮んだ本を一冊ピンセットでつまみ上げた。それをそのまま貸し出しカードの上に置く、と思いきや、本とピンセットの先はカードに衝突することなく貫通した。いや、正確に言うとカードにはなぜか絵柄に合わせた奥行きが存在しているようで、本とピンセットのはカードの中に侵入したのだ。
 ますます訳が分からず目を白黒させていると、男性司書はピンセットを少し動かしカードの中から引き抜いた。ピンセットの先にはミニチュアサイズの本の姿はなく、代わりにカードに描かれた本棚の中に、本が一冊追加されていた。
「ええ!?」思わず大きい声が出る。
「ほかに人はいませんが、図書館なのでお静かに」
「は、はい」
 男性司書は慣れた様子でわたしをそう窘めると、残りの四冊分も同様に丁寧な手つきで貸し出しカードの中の本棚に収めて、ふうとひとつため息をついた。
「これで手続きは終わりです。もうじき閉館時間なので、またのご利用をお待ちしております」
 にっこりと笑顔でカードを差し出す男性に、わたしは「はあ、どうも」としか返すことができなかった。

 閉館時間だと言われたら仕方がないので、腑に落ちないまま階段を下り、建物前の道路にまで出る。
 さっきの光景は何だったのだろう。渡されたカードをいろいろな角度から眺めてみるが、なんの変哲もないただのカードだ。奥行なんて存在しない。ただ最初に描かれていなかったはずの本が五冊、今は確かに描かれている。
 わたしはしばらくカードをいじくり倒してから、大変なことに気が付いた。借りたこの本、どうやって出すのだろう!
 そういえばこの図書館の利用方法をちゃんと確認していなかった。司書の男性のほうも、わたしが利用経験があると話したばかりに説明を省略してしまっていた。
 閉館後で迷惑になるが、これだけは聞かないといけない。そう慌てて振り返ると、
「あれ?」
 先ほどまで自分がいたはずの建物が、なくなっていた。
 建物のあったはずの場所はただの砂利敷きの空き地になっていて、駐車場として使われているのか端のほうに灰皿と自動販売機が置かれているだけだった。
 わたしはただ、不思議な貸し出しカードを握りしめながら、立ちすくむことしかできなかった。

書き終わるのにかかった時間:100分

同人誌を出す資金にします!