93話 回復
高熱を出し、苦しんでいたシイナだったがドミノの作ったカユを食べ元気を取り戻した。シイナは、幼い頃母が作ってくれたカユの味にとても良く似ていたな、と思いながら再び夢底に沈んでいった。
※ ※ ※
翌朝、シイナはすっかり元気になっていた。腹の虫も調子を取り戻した様で大きな声で鳴いている。
「お腹の虫も元気になりましたね」
ドミノは机に広げていた資料を片付けながら、部屋から飛び出てきたシイナを見つめ笑顔になった。
「あ、あの。ありがとうござました!」
シイナは深々と頭を下げると、鼻先をかすめる甘い香りにゆっくりと頭を上げた。
「さすがですね。少しお待ち下さい」
ドミノは笑顔で資料の山を机の端に寄せると、壁に備え付けの冷蔵庫を開き山盛りのフルーツタルトを取り出した。このレシピも今朝、露店(ストア)の店主から聞いてきたものだった。
墓守の小屋での生活には、この冷蔵庫という機械は無縁のものだった。村では、どの家庭にもある涼しい地下室が冷蔵庫の代わりをしていた。文明の違いに驚かされっぱなしのドミノだったが、少しずつその環境の変化に慣れて使いこなせる様になっていた。
「果物が沢山ありましたのでシイナに」
「わ、私にですか?」
ドミノは机にフルーツタルトを置くとシイナの方を向いて笑顔になった。
「遅くなりましたが、私からのプレゼントです」
「プ、プレゼント?」
「誕生日のです。私の村では誕生日を迎えた者は村の皆んなから祝福されます。こうやってその人の好物を持ち寄って約1週間かけてお祝いします」
「いっ、一週間も!?」
「えぇ。ですから、私の村ではいつも誰かのお祝いをしていますね」
ドミノは笑った。隔離された島の人々の文化は閉鎖的だ。しかし、こうやっていつも楽しい事に触れている事で少しは気分が違う。昔から暮らす墓守の人々の知恵でもあった。
シイナは、ドミノの作ったフルーツタルトを見つめ泣きそうになった。
誕生日とは本来祝い事だ。しかし、シイナにとっては違っていた。もう消えそうなほど薄い両親との記憶の中にも誕生日を祝った記憶が無い。いつも邪魔者扱いをされ、生まれてきた事に対しての疑問を感じるようになった頃から、誕生日という日が「幸せ」に繋がる要素がどこにも無かった。
しかし、今こうやって目の前に置かれたフルーツタルトが自分の為に用意された事を知り、胸の奥の何かが動き温かくなった。これが、嬉しい、という気持ちなのだろうか。
「わ、私、墓守の村に生まれたかったです」
シイナの急な告白にドミノは驚いた。決して恵まれていない村の何が良いのか、それを言い出したらキリがないがシイナの言葉には嘘がない気がした。
シイナは胸の奥から込み上げる思いを止める事ができず、それは涙となって流れはじめた。
シイナの涙にドミノは驚いた。
2匹の風の子・シロイトとマロンは、ドミノがシイナを泣かしたと言わんばかりな表情でシイナに寄り添い優しくその肩や頭をさすり続けた。
「あれ? こんなはずでは…」
ドミノは困惑しながらも、シイナのその涙は嬉し泣きと理解すると優しく微笑んだ。
しばらく様子を見ていたが、泣き止む気配は無い。それほど、シイナの心にはたまった物があったのだろう。
ドミノは、シイナの小さな体を両手で優しく包み……その背中にトントンとゆっくりリズムを刻みはじめた。それは、泣く子供をあやす親の様な仕草であった。
つづく
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