見出し画像

30話 ドミノの夢

当たり前だった日常がすんなり自分の側から離れていく事に、胸の穴が広がっていくのをドミノは感じた。
ドミノは、役目を引き渡し……ただの人へとなってしまったのだ。
意識の隅で、皆に笑顔で迎え入れられるドムの居場所はかつてドミノの居場所だった。

ただ、自分の居場所が欲しかったのかもしれない。
大人になりきれていない感情が、胸の空白を埋めようとしていた。

ドミノは茜色の霧がかかる道を歩いていた。
その先には見慣れた風景……墓守の小屋が見えてくる。

「ただいま」

ドミノは庭に入り足を止めた。
背の低いアプルの木を見つめると、小さな実が実っている。
そろそろ収穫をしなくては、と木に近づき実を1つ手にした。
小さな赤い実は、夕日に照らされさらに色を濃くしている。
2つ3つ手にしてドミノは小屋へと入った。

ドミノは小屋の真ん中で再び足を止めた。

「何かが……おかしい」

その違和感を捜してドミノは部屋を見渡した。
心臓の音や呼吸音ががやけに近い事にドミノは気づいた。
そして気がつく。

「この部屋には……音が無い」

小屋の扉が開き黒い影が部屋に伸びた。
ドミノはその影に気づき顔を向け……固まった。

表情がない者がそこに立っていた。
笑っているのか、泣いているのか……読み取れないその表情は「仮面」だと気づくのに時間はかからなかった。
ドミノはこの者が「面」だとすぐに理解した。

黒いフードに背中に担ぐ大きな鋏は、死を告げに来た死神の様だとドミノは思った。
ドミノの側を生暖かい風が通った。
扉が大きな音を立てて閉まる。
その音に呼ばれた様に、ドムの声が近づいて来た。

「兄さん?」

来てはいけない! 逃げなくては!
全身の毛が逆立つのをドミノは感じた。
ドムを守らなけらば、という使命感がドミノの鉛の様に重い体を動かした。

面は揺れながらドミノに近づき、ローブの下から黒い腕を伸ばして来た。
その腕は骨の様に細くゴムの様な光沢があった。

「ドム! 逃げて!」

振り絞ったドミノの声に視界が飛んだ。

霞む視界のすぐ側に黒い影をドミノは見付けた。
伸ばすその手は血だらけだった。

「……」

ドミノは、全身に痛みが走り、胃の中の物が逆流してくるのを感じた。
そして、吐いた……部屋の中は血の臭いと、さっきまで胃の中にあった物とが混ざり合い最悪だった。

部屋に響く咀嚼音。
誰かが何かを食べている。

面が仮面をずらし、その口元を開くのをドミノはじっと見ていた。
歪な大きさの歯が並び、そこには血に染まった人の内臓がぶら下がっていた。

「え?」

ドミノは顔を上げ腹を見た。
ある……自分の腹もへそも破られる事無く無事にある。
では、誰の?

顔を反らすとその先に、血まみれの人が横たわっていた。
面はその人の血まみれの腹に口をつけ、まるでコップに溢れそうな水をすするか様に腹の内をすすっていた。

顔が揺れドミノの方へ向く。
その顔は色を無くしたドムであった。

_________

ドミノは扉の外、壁の先、世界の入り口で目を覚ました。
心配そうに顔を覗き込むドムとアネモネが、ドミノの目が開いたと同時に飛び上がって喜んだ。

「目覚めたか」

顔を横にずらすとラルーが顔を覗き込んでいた。

起き上がるドミノは今の今まで、アネモネの絨毯の上で、毛布をかけられ眠っていたことを知った。
両手で顔を覆い、ドミノは腹の底から大きな息を吐いた。
それは、安心したのと、恐怖からの解放と。

「目覚めは最悪って感じ?」

アネモネがドミノに水を渡してくる。

「他の兄弟はもう出発したよ。心配してた。どう? 動けそう?」

喋るのはアネモネばかりで、ドムは心配そうに側に座っているだけだった。
ドミノはドムに手を伸ばし、その体を抱きしめた。

「に、兄さん?」

ドミノの久しぶりに見た夢は最悪だった。
流れる涙を止めることができず、ドミノはいつまでもドムの暖かい体にしがみついていた。

「歪んだ風に、当ったんじゃろ」

そう言って、ラルーはドムとアネモネを安心させた。
しかし、ドミノに向けたその表情は世界を全て知っている者の目をしていた。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?