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5話 鏡の知らせ

日は登り、暮れていく。

黄昏に浮かび始めた月は、昨日より少し満ちていた。

黒い風が唸り宙を蹴る。
光や温もりを見つけると近づきグルリと巻き込むがすぐに離れる。
その様子は、誰かを探しているように見えた。
ゴウゥ、という音に黒い風はピタリと止まる。
耳を澄ましているのだ。
グググ、という音に黒い風は尾を振って空を一直線に横切った。

その風の波が、古くて小さな墓守の小屋の窓にぶつる。

ガタンっと、窓枠が揺れた音にドミノは驚き身を縮めた。

たった今、夕刻の役目である墓への子守唄を歌い終えて戻ってきたドミノは、ローブを脱ぎ残ったegg達を棚の籠にした。
昨日3つあったeggは1つになっていた。

戸口に立てかけてある年季の入った姿見がピッ!と光る。

「おーうい! ドーミーノー!!」

急に名前を呼ばれ、顔を上げる。

「ドミノー? ドミノはーん! 居らへんのかいな」

ドミノは鏡の前へと移動した。
縁は豪華な装飾だったのだろう、しかしそれは昔の話。
塗装は剥がれ、所々ヒビも確認できる。
しかし、鏡面は昔のまま輝きを保っている。
墓守が代々鏡を大切に磨いてきたからだ。
この鏡は、世界の中心へ繋がる連絡手段として使われている。
現代で言うテレビ電話に近い姿鏡だ。

「やぁ、ロット。久しぶり」
「おっ ! おったおった……って久しぶりやあらへんわ!」

ドミノは苦笑いしながら、鏡の前に立った。

そこにいたのは、大きな口ばしが特徴的なオウムの「ロット・F」だ。
第4の王「fan」(ファン)から続く神の目の変わりとなる守り神。
ラルーと同じ世界の「柱」の1匹だ。
ロットはラルーとは違い、世界の中心にある「樹」に住み続け滅多に外に出て来ない。

「ほんまつれないわドミノはん。いっつもドミノはんに連絡してもおらへん。朝も昼も夜も。ウチ、嫌われてるんか思うてセンチメンタルやったわ」

第4の王ファンは、無口な王だったと伝えられているが、ロットはこの通りよく喋る。
その口先が乾いて割れやしないかと、こちらがが心配にななるほど喋り続ける時もある。

ドミノは小さく笑って……目を見開いた。

「なぁに? 久しぶりにウチに会えて感動しとるんか?」

ドミノは言葉を探し、戸惑いながら口にした。
鏡に映ったオウムは……ボールの様にとても……とても丸かった。

「また、大きくなりました?」
「あ、バレた? 最近誰も相手してくれんで、一人で引きこもってたからやわ」

口ばしをカチカチ鳴らし、ロットは大きな翼を広げてみせる。
王の時代から生きているとは思えないほど綺麗な羽の並びを、ドミノはいつも不思議に思っていた。

「次の満月の晩に。オッケーかいな?」
「会議の事ですね」
「そそ。例のあれも忘れんと持って来てや〜」

鏡の向こうのロットが、内緒話をするみたいに少しだけ小声で近づいている。
ドミノは腕を組んで考え込んだ。

「次の満月って、あと2、3日後ですか?」
「ん? あー正確にはあと3日やね」

ドミノはラルーの言っていた会議の招集日が思ったより早く驚いた。

「そんなお目目大きくせんでも。何か都合悪いんかいな? でも予定は変更できへんで。こっちは皆んなに連絡してしもうたし……」
「いえ……」

ドミノは戸口にあるランプに手を伸ばした。

「どないしたん? 墓までの道のりはランプ無くても星見れば行けるやろ?」
「いえ、村に」
「下るんか? こんな時間から? 外見てみ? もう真っ暗やで?」

ドミノは今来ていたローブを羽織るとランプに火を灯した。

「次の会議にはDom(ドム)を連れていきます」
「え? ドム? ドムって弟のドムはんかいな? もうそんな時期? ラルーに何か言われたんか?」
「……何も」

ロットは身振り手振りしていた翼をゆっくりと閉じる。

「……ほうか」

いつもお喋りなロットが口数少なくなる。
頭にあるチャームポイントの羽が垂れ下がった表情から、気を使ってくれているんだとドミノは思った。

「最近風が不機嫌なのは、墓守である私の歌の力が……弱くなってきているのかと」

ドミノは1番気にしていた言葉を自ら口にした。

「ドミノはんは何年そこで歌い続けたんや?」
「……18年ですかね」
「18年か……うん、最近の墓守にしては頑張った方、ドミノはんはよう頑張った。そりゃ、ドウドウはんの頃より時代も風も変ってきよる。30年はキッツい話よ。よく体が保った方や」

ロットの頭上の羽が元気よく立ち上がる。
ロットは体を左右に動かしながら、

「うん、そか……世代交代か。ええんちゃう? 墓守は他の人より墓からの風に当たる時間が長い。せやから期限付いとるんや。次の「カル」がまだ幼いからって、我慢はよくない。 ドミノはんはホンマよう頑張った! とりあえず……」

ロットはドミノの顔をじっと見た。
ドミノは急に会話が途切れ首を傾げる。

「お疲れさん」

ドミノはその言葉に肩の荷が下りた気がした。
ジワリと目元が熱くなる。

「にしても、ほんま今から行くん? まだ3日あるやん。今日は寝て明日にしたら?」
「いえ、じっとしてられませんので」
「ほうか……夜道気をつけてや? んじゃ、会議で会えるん楽しみにしとる」
「はい」

ドミノは笑顔でローブのフードをかぶると、墓守の日記帳が並ぶ棚の扉を閉めた。
しっかりと鍵をかけ、それを首から下げるとランプを手にした指に力が入る。
1つ呼吸を置く。

「ほな、行ってらっしゃい」
「はい、行ってきます」

ドミノは深い夜の世界に足を踏み出した。

つづく

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