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29話 墓守の交代

「では、ここでまた無事に出会えた事、そして世界が続く事を願って、乾杯」

美味しそうな料理が並ぶ円卓を囲んで乾杯の音頭を取ったのは、赤の王「ラヴィ」だった。
この乾杯は、赤の王と黒の王が交代で務める事になっている。
乾杯、と皆グラスを掲げる。

ドミノは手前にあったカップにスープをついでドムに手渡した。

「唇が真っ青です。体が冷えてしまったんですね」

かつての自分の経験を生かし、ドミノはドムの世話をした。

ドムは手渡されたカップの温もりに、表情が和らいでいくのが分かった。
温かい黄金色のスープの底にスプーンを沈めると、美味しそうな香りがわき立つ。
ドムはそのスープを口に運んだ。

「何か懐かしい味がする……」

口中に広がる甘さが心地よかった。
何のスープかは分からないが、それはドムの体に感覚を取り戻させた。

食事中、それぞれの役目の報告をしていたがドムの耳には届いていなかった。

ドミノは食事がてら、持参した記録手帳にその事柄を記していく。
墓守はこの会議の書記でもあるのだと、後でドムに教えなくてはならないとドミノは思った。
この文章を初めて読むのはドムだろう……なるべく詳しく、そして分かりやすく記す事に努めた。

報告と食事がある程度終盤に差し掛かった頃ラルーが自分ほどの高さのあるグラスに小さなスプーンを叩きつけ皆の注目を集めた。

「それじゃ、カル交代の儀式を始めようとしようかの」

皆、食事する手を止めドミノとドムに注目した。

急に注目されたドムの口は料理でパンパンの膨らみ、それはまるでラルーそっくりだとラヴィは笑った。

ドミノとドムは2人で立ち上がり神の座席の前まで移動した。
それまで、机上で自由にしていた柱達が神の座席に集まってくる。
レアンは席から立つと狼の姿に戻り、ロットを背に担ぐと神の席まで移動した。

「さて、ドミノ。今までご苦労じゃった。墓守の印は今ドミノからドムに渡される。一同、それで良いか?」

ラルーはドミノ達を見守る他のカル達に言葉をなげかけた。
カル達は言葉を発する事なくその片腕をあげ、賛成の意を表明した。

ドミノは、今まで手放すことのなかった墓守の記録手帳と首から下げる鍵を、神の座席へと置いた。

「ふむ。では、手を神の席に」

ドミノは左手を、ドムはドミノを真似て右手を神の座席に置き重ねた。

「ドムよ。君は君のまま……信じるままに生きなさい。これから沢山の苦悩や困難、悲しい事や辛い事があるかもしれん。しかし。それと同時に楽しい事、嬉しい事、笑顔になる事も必ずある。1人で全て解決しようとせんでくれ」

ドムはラルーの丸い目を見つめた。
その目はとても優しかったが、ドムには悲しそうに見えた。

「もし、誰にも言えん自分でどうすればいい分からん時は、この手帳に思いのまま綴れば良い。そうすれば、きっとこれまでの墓守が答えを教えてくれる。よいか?」

ラルーはドムに念を押しその目をまっすぐに見つめた。
ドムはドミノの顔を見る。
ドミノは優しい表情でゆっくりとうなづいた。

「はい」

ドムの言葉は、風を集めた。

「よし。では皆ここに」

8匹の柱は神の座席に体を預けた。
風がドミノとドムの周りを駆け抜ける。

墓守しか開くことのできない手帳は風に煽られ、パラパラとめくれはじめた。
ラルーは手帳に手を置いた。

手帳の表紙が開き、カチカチと音が響き始める。
ドムはその様子を目を丸くして見つめ続けた。

ドウドウが記した言葉の列が音を立てて移動し、1つの文章を作り上げる。

【愛しい我が子供達。1人ではない、我がいる。常に我々が側にいる】

それは、墓守の手帳がドムに語りかけている様だった。

【夢は眠る時、周りが見えない。その暗闇の側には常に我々がいる事を忘れないでほしい。その暗闇にもかつての夢があった事を】

文字は踊り、最後に綺麗な光の模様となって止まった。

「ドムは手帳に歓迎されとる。よかった」

ラルーの小さな言葉がドミノを安心へと導いた。

「では、この模様の上に手を」

ドムはゆっくりとその手帳に記された印に触れた。
途端、足のつま先から頭のてっぺんへ風が吹き抜けた。
背中に走る電気は、印をドムの体に記し始める。
身体中にその印が映り込むと、強く光を放ってそして消えた。

静まる空気。

ドミノは、自分の体から風が離れていくのを感じていた。
長かった18年の月日からようやく解放されたのだ。

風は止み、儀式は無事に終わりを告げた。
ドミノは体から力が抜けその場に崩れ膝をついた。
ドムは慌てて、倒れたドミノを支え、その顔を見た。
ドミノは神の座席に置いた鍵を、震えた手でドムの首にかけてやった。

「あとは……よろしくお願いします」

そう言ってドミノは目を閉じ倒れた。

「え? 兄さん! ヤダ!」

ドムは懸命にドミノを揺すった。
ドミノは目を開けることなく全身の力が抜けている。

「死んじゃヤダ! 兄さん!!」

慌てるドムの周りに他のカル達が近づいてきた。
しかし、その顔は心配とは程遠い笑いを堪えたものだった。
体の大きな火影がドミノを支え、

「ま、そう思うよな。俺だってびっくりしたもんだ」

そう言ってドミノの体を担ぎ上げ、部屋の隅へと移動するとそこに寝かせた。
ドムは泣き顔で周りの者を見た。

「大丈夫だよ。ちょっと寝てるだけ。やっと、深い眠りを取り戻しただけだよ」

そう言って、赤の王ラヴィがドムに近づき肩を抱く。

「ようこそ、第1の王の後継者。僕たちカルの仲間入りおめでとう」

霞む意識の中、ドミノはドムが皆に笑顔で迎えられた事を見届け、そして完全に意識を手放した。

つづく

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