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「国語」の授業で教えること @ 其の弐

 前回の記事では、私たちは国語を通して「言葉」の本質について教えていると述べました。

 それは論理的思考力を養うためだと申しあげましたが、実はもう一つ手前の段階で、子供たちに「言葉」の本質を理解させなければならない理由があります。
 それは「言葉」の本質の理解が、「学習」の基礎になるからです。つまり、具体的な「勉強」の仕方を教えるのが、「国語」という教科の役割だと考えています。

 成績の上がらない子は、そもそも知識の意味を頭の中で描けていないと感じることが多いです。その知識を「形(文字)」や「音(発音)」だけで覚えているに過ぎないという印象です。これについては、別の記事で説明しております。

 そういう覚え方をする子は、実は真面目なことが多いので、出題範囲が決まっている確認テストでは好成績を取ります。しかし、出題範囲のない実力テストでは躓くことが多いです。これは、問題の型と答えをセットで覚えているだけで、知識に対して本質的な理解に辿り着いていないために起こると思われます。そのような子は、少し問題の切り口が違うと、同じ知識でも答えとしてを引き出すことができなくなります。

 このようなケースに陥ってしまっている子は、「学習」を「作業」にしていることが多いです。「勉強」を「作業」としている子供たちは、6年生になり入試が近づくにつれて、どんどん成績を落としていきます。「応用力」と言われるような力のない子に育っていくと想像していただければ、印象が共有できると思います。「作業」については、「速読」の記事の内容と合わせてイメージしてください。

 このような課題を抱える子に対しては、根本的に「言葉」の本質を理解させることが大切になります。つまり、「言葉」は恣意的なものに過ぎず、その意味は絶対的ではないからこそ、「形」や「音」を「覚える」のではなく、その「言葉」を通して自分が頭の中に描くことを形作り、それを社会と共有していくことが大切であるとを理解させていきます。この指導に時間を掛けるのが、国語という教科の務めになります。

 私たちは、「国語」を「受験科目」としてだけでは捉えていません。日本社会で生きていく上で、必要なことを学ぶ学問として捉えています。したがって、解法やテクニックにこだわった指導は行いません。だからこそ、「算数」の指導でも、「言葉」の理解で躓いてるために「算数」に課題を抱えている子のサポートを本質的な部分から行っていきます。その課題を解決するために用意しているのが、以下の取り組みです。

 中学受験の算数については、「計算」という「作業」になれてしまうと、深い理解に辿り着こうとする姿勢が育ちません。その点を変えていかないと、「算数」の「苦手」を克服することはとても難しいです。

 長々と書きましたが、お子様の本質的理解に関する課題で不安を抱えている保護者様は、ぜひ一度ご相談ください。


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