「豆腐がプールで泳いでる!」
そのドイツ人留学生と知り合ったのは、地域のイベント。
ベジタリアンの彼女は、ヘルシーな和食、特に豆腐が大好きだという。日本に来て間もないころから、毎日のようにスーパーで豆腐を買っているらしい。
「お豆腐屋さんに行ってみない?」
わたしはそう誘った。
彼女の寮から歩いて10分のところに、昔ながらの商店街がある。地元の人で賑わう商店街は、彼女にとって新しい発見があるかもしれない、そう思ったからだ。
♢
なだらかに続く坂を2人でおしゃべりしながら歩き、商店街のお豆腐屋さんに着いた。
スーパーとはあまりにも違う店構えに、好奇心を隠せない彼女。
天井からぶら下がった小銭入れのザルや、お店の人がくるりと頭に巻いている手ぬぐいや、段ボールの切れ端にマジックで書かれた値札に、目を見開いている。
キョロキョロと視線を動かし続ける彼女は、まるで幼い子どものよう。そんな彼女の心をとらえたのは、銀色の大きな水槽だった。
「豆腐がプールで泳いでる!」
店先に、彼女の弾んだ声が響いた。
たっぷりと水をたくわえた大きな水槽に、つるりとした真っ白な豆腐が気持ちよさそうに佇んでいる。
スーパーでお行儀よく鎮座するパック豆腐を見慣れた彼女は、のびのびと大きな水槽で寝そべる豆腐に、衝撃をうけたようだ。
「豆腐が泳いでるとは、うまいこと言いますね」
店の奥から、ゴムエプロンに長靴をはいた男性店主が出てきた。
彼女は、ヘルシーな豆腐が大好きだと店主に伝える。
「よかったら、奥でじっくり見てみますか?」
店主の粋な計らいに
「え?いいんですか?ありがとうございます!」
彼女は、店主のあとについて店の奥に入っていった。
自分の知っていた豆腐が、豆腐の世界のすべてではないことを知り、彼女は少なからず衝撃を受けている。
豆腐の世界の住人は他にもいて、油揚げ、厚揚げ、湯葉、おからまでもが豆腐の仲間だと知り、目を丸くしていた。
「外国の方を連れてきてくれてありがとうございました。興味を持ってくれて嬉しいです」
「お嬢さん、また来てね。おまけするから」
♢
その後、彼女はそのお豆腐屋さんに足しげく通い、店主ともすっかり仲良くなった。行くたびに、ミニサイズのがんもどきや油揚げをおまけしてもらったそうだ。
その彼女がドイツに帰国して1年半。すっかり豆腐のとりこになった彼女からのメールには、豆腐が食べたい、懐かしい、日本にまた行きたい、会いたいと書いてある。
わたしだって会いたいよ。
自由に行き来ができるようになったら、必ずまた会おう。あったかい湯豆腐、一緒に食べようね。
それまで。
ちゃんと、ちゃんと元気でいるんだよ。
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