【インタビュー】「そのセリフは本当にそれでいいの?」ーー「人形劇団クラルテ」のベテラン劇団員に聞く「大人向け人形劇のつくりかた」
「人形劇」と聞くと「子ども向けの娯楽」と思うかもしれないが、大人向けの演目もあることを知っているだろうか。
大阪に拠点をおく「人形劇団クラルテ」は創立73年を迎え、国内の芸術祭で数々の受賞歴をもつ。子ども向け公演だけでなく、毎年秋になると大人向け公演もする人形劇団だ。
2019年には、近松門左衛門の人形浄瑠璃をベースとした「女殺油地獄」で、文化庁芸術祭 演劇部門で大賞を受賞した。児童劇団が大賞に輝いたのは、クラルテが初めてだという。
受賞作品「女殺油地獄」で主人公「与兵衛」の人形を操ったのが「人形遣い」の藤田光平さん。入団して約30年のベテランだ。
大人向けの人形劇はどのように作られるのか?劇団員の仕事とは?を中心に、藤田さんの人形劇への思いを伺った。
木彫りの人形を使うのがクラルテの伝統
――― クラルテは創立73年と歴史が長く、他の人形劇団が目標にしているような劇団ですよね。クラルテで大切にしていることはなんですか。
人形ですね。木の素材にこだわっています。子ども向けの演目はウレタンなど他の素材を使うこともありますが、大人向けの演目では「木彫り」へのこだわりのような思いがあります。桐の木で作った人形です。
――― 桐の木なんですね。創立65周年のとき「火の鳥~黎明期~」の全国縦断公演をされましたよね。あの演目も木彫りの人形でしたね。
はい。木の人形はあたたかみがあって立体的だし、布の人形とは動かしかたが違うので、人形遣いとしてやりがいがあります。
木彫りの人形を使うのは、人形浄瑠璃「文楽」を意識しているからなんです。クラルテにとって「文楽」はとても大きな存在。「文楽」は人形芝居の大先輩でもあるし、「文楽」もクラルテも、大阪で生まれて大阪を本拠地としているので。
――― 「女殺油地獄」でも木彫りの人形が使われ、藤田さんは主人公「与兵衛」の人形を動かしました。
はい、あの演目と「与兵衛」には深い思い入れがあります。
――― 2019年の文化庁芸術祭の演劇部門で大賞を受賞された作品ですね。私も拝見したのですが、人形劇のイメージが一変するようなとても味わい深い作品でした。
ありがとうございます。受賞後、劇団に、文楽人形遣いの「三世桐竹勘十郎」さんから直筆の手紙が届きました。そのとき、本当に大きな賞をいただいたんだなと実感しました。
登場人物のセリフの1つ1つを劇団員がみんなで考えていく
――― 大人向けの人形劇をどのように作っていくのか、とても興味があります。お客さんからは見えない作品作りについてお聞きしたいです。1つの演目が上演されるまで、どのようなプロセスがあるのですか。
まずは企画からスタートします。多くの人に見てもらえるような「いま、求められる」演目を考えます。
私が入団した30年前と比べて上演回数は減り、いまはコロナの影響で思うように活動できません。たくさんの人に見てもらうために、企画はものすごく大事ですね。
――― 企画は、企画部などに所属する劇団員さんが考えるのですか。
いいえ、企画は劇団員全員で決めます。ミーティングを重ねて、最終的には多数決。
企画が決まると台本書きです。劇団の中に作家志望の人や原稿を書くことに長けている人がいるので、そういったメンバーが台本を書きます。その台本を全員で読んでみて意見を出し合い、手直ししながら稽古台本を作り上げます。
――― なるほど、そういった流れなんですね。台本作成以外のスタッフはどのように決めるのですか。
最初に演出家を決めます。その演出家を中心に、演目のスタッフやキャストを決めます。演者(人形遣い)、人形を作る人、舞台美術、音楽担当、特殊効果を考える人、舞台監督、宣材編集担当、などですね。
――― 1つの演目にたくさんのスタッフが関わるんですね。スタッフを決めてから稽古がスタートするのですか?
そうですね。「テーブル稽古」と呼んでいる稽古があって、そこにかなりの時間をかけます。その段階でセリフ1つ1つを吟味します。
――― テーブル稽古とは、具体的にはどんな稽古でしょう。
人形は動かさずセリフだけを合わせる稽古です。台本を見ながらセリフを言うんですね。そのとき「この場面でその人物の気持ちはどうなのか?」「このセリフはテンポよく言ったほうがいい」など、演出の視点から意見を出し合います。
「このセリフの言い回しはこのシーンに合わない」とか「このセリフを言いやすく変えるのは簡単だけど、いやちょっと待て、もっとこういう言い方もあるでしょ」というように、みんなで考える。
クラルテはセリフや言葉にすごくこだわるんですよ。
キャラクターの背景を考えてお互いにコメントする。でもそのときに、押しつけは一切しません。ただ「そのセリフは本当にそれでいいの?」ともっと掘り下げて考えるように、お互いにアドバイスします。そうやってすべてのセリフが確定します。
――― セリフ1つにもクラルテの色が出るんですね。人形を使った稽古はそのあとですか。
はい、セリフが決まると、台本を見ながら実際に人形を使って演技します。この時点で舞台セットはまだできていませんが、テーブルやいすなどの舞台セットがあるつもりで動きます。
演者は、舞台のイメージをふくらませながら人形を使って稽古をし、演者側の意見を出します。たとえば、舞台美術スタッフが提案したテーブルは大きすぎて人形を動かしづらいから、小さいテーブルに変えてもらおう、とか。これは実際に演者が人形を動かしてみないと分かりません。
すべてのシーンと舞台空間のすりあわせをし、人形の動きをみんなで決めていきます。
クラルテでは劇団員みんながマルチプレーヤー
――― なるほど、とても興味深いです。裏方スタッフの作業はどんなふうに進むのでしょう。
クラルテでは全員がマルチプレーヤーです。演者は演技だけする、裏方は裏方だけする、という劇団ではありません。
脚本、舞台音楽、大道具、人形デザイン、人形づくり、演技など、もちろん個人の向き不向きがあるのでそれを考慮したうえで、それぞれ自分の得意分野で活躍します。
みんなで協力して1つの作業をする。自分の得意分野はガッツリ関わり、そうでないところはできる範囲で、という感覚です。
たとえば1つの人形を作る場合でも、材料調達する人、大雑把な作業をする人、細かい作業をする人、とみんなで分担します。
――― まさに「みんなで作り上げる」という感じですね。
はい。これができるのは、劇団員がバラエティーに富んでいるからかもしれませんね。保育科や教育科など学生時代に児童文化を学んだ人、人形劇サークル出身の人、音楽学校を卒業した人、作家志望の人など・・・ものづくりの好きなメンバーが集まっています。
――― 企画を立ててから実際に上演するまで、どれくらいの時間をかけますか。
台本の完成は、遅くても公演の1年前です。みんなで考えて意見を言いあう時間をたっぷりとるためです。テーブル稽古を始めるのは、公演の約1ヶ月前です。
そんなに時間をかけて作っているの?と思われるかもしれませんが、1年に複数の演目に取り組むので、いつも慌ただしいですね。大人向けの企画が進んでいても、子ども向けの人形劇も並行して上演しているので。
――― 複数の演目が同時にすすむんですね。では、クラルテの持ち味はどんなところでしょう。
クラルテは、劇の作りかたや登場人物の作りかたに重点をおいています。人形遣いが自分の演じるキャラクターをどこまで掘り下げられるか、そこに強い意思をもっている劇団員が多いですね。それがクラルテの特色です。
――― さきほどお話にでた「台本のセリフの作りかた」にも通じるものがありますね。
そうですね。そのほか、演者の思い入れを表現できる劇団だなと思います。人形の動かしかたにも演者のカラーが出ます。演者の個性を認める劇団なので、舞台では個性が引き立つし、自由な雰囲気がありますね。
コロナ禍でも「表現活動は必要とされる」という体験をもっていた
――― コロナウィルスの流行で活動できない時期が続き、芸術にたずさわる方々は特に辛い思いを抱えていらっしゃると思います。この2年間、藤田さんはどんな思いでしたか。
コロナが流行り始めたとき、自分の仕事を振り返り「こんなことをしている場合か?」と一瞬思いました。でも私は「表現活動は必要とされる」という体験をもっていたので、文化や芸術は不要不急なんかじゃない、という確信がありました。
――― 具体的にどんな体験ですか。
私は阪神大震災のときにもクラルテで働いていました。神戸がめちゃくちゃになってから、わりとすぐにボランティア公演をしたんです。歩いて避難所をまわり、避難所の体育館で人形劇を上演しました。そのときの子どもたちの反応、大人の表情をずっと見てきました。あのときのことは忘れられません。
だから、劇団がやっていることは絶対に必要とされるときが来る、という確信がありました。ただ、それはいつなんだろう?と。それまで自分は耐えられるんだろうか?というせめぎあいでしたね。
でも、劇団の名前に救いがあるじゃないか、と思っていて。私たちの劇団クラルテは、フランス語で「光」という意味なんです。どんな状況でも「光」を見出せる。そんな劇団でありたいし、多くの人を「光」で照らすことができたらいいなと思っています。
コロナ禍だから発見できた新しい試み「一人で演じる人形劇」
――― 藤田さんは、コロナ禍で「光」を見つけたそうですね。コロナだからできた新しい取り組みがあったと聞きました。具体的に教えてください。
大人数のスタッフと大人数のお客さんという設定は難しいな、という時期がありました。そのとき、子ども向けに「一人芝居」を作ってみたんです。小さなテーブルで「サルカニ合戦」をテーマに、一人で人形劇をやってみました。少ない限られた人数ですが、子どもたちのまえで。
それによって新たな発見がありました。ひとことでいうと「面白かった」。人形の動きを工夫すればするほど子どもたちが食いついて見てくれるんです。ダイレクトな手応えを感じました。こういう方法もアリだな、と。
――― 藤田さんが1人で準備したのですか。
はい、当日現場にいるのは私1人なので、負担はとても大きいんです。でも「いま目の前にいるこの子どもたちと関わりたい」と強く思いましたね。
これは、コロナだから発見できたことです。子ども向けでも大人向けでも、自分1人でその場にいるお客さんと劇を作っていく。そういうスタイルもすごくいいな、と思いました。
子ども向け人形劇のYouTube動画をスタート
――― コロナ禍での取り組みは、ほかにもありますか。
クラルテ全体としては、子ども向けに「とらねこチャンネル」というYouTube動画を始めました。コロナ前のように全国の劇場で上演するというスタイルが難しくなってしまったので。
――― クラルテの子ども向け作品といえば、絵本作家:馬場のぼるさんの「11ぴきのねこ」シリーズが有名ですよね。とらねこチャンネルという名前は、そこから?
はい、そのとおりです。「11ぴきのねこ」シリーズは全国の子どもたちに大人気の演目です。いろんな場所で「11ぴきのねこ」を待ってくれている子どもたちにせめて動画だけでも届けたい、という思いから劇団のみんなで作りました。
――― その大人気のシリーズから「11ぴきのねこ ふくろのなか」が来月上演されるそうですね。
はい。関西で5回の公演があります。今年の秋には大人向けの演目「有頂天家族」を大阪で上演したのですが、それ以来のホール公演なので、劇団員もとても楽しみにしています。
たくさんの子どもたちに笑顔になってもらいたいし、大人の方にも楽しんでもらいたい。
人形劇は子どもだけの娯楽ではありません。大人向けの演目には「ドラマ」があるので、ぜひ近くで木彫り人形を見て、人形劇の世界に浸ってほしいですね。
インタビュー&執筆 み・カミーノ
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