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「大陸的な人」とは

忘れられないことばがある。

いまから四半世紀まえに、ある日本人男性と、ある日系ブラジル人女性にいわれたことば。まったく違うシチュエーションで偶然にもおなじことをいわれたので、いまでも鮮明におぼえている。

「カミーノさんは、大陸的な人ですね」

国際空港の近くのホテルで働きはじめて、2年目のころ。

「エアラインクルー担当チーム」に異動になった。外国のエアラインクルーだけをアテンドする部署だ。

旅行者や地元のお客さまのほか、外国のエアラインクルーはホテルの常客だった。

国際空港には、外資系航空会社の飛行機がひんぱんに乗り入れる。空港周辺のホテルは航空会社と年間契約をむすび、機内で勤務するクルー(操縦担当のコックピットクルーと接客担当のキャビンクルー)の宿泊をうけおっていた。

全客室500室のうち、30~35%は常にエアラインクルーで占められていて、クルーの受けいれは、ホテルにとって安定したビジネスだった。

長時間のフライトで日本に到着するクルーは、そのまますぐに折り返して、次の飛行機で働くわけではない。

フライトスケジュールにもよるが、日本に到着した次の日の飛行機で勤務するときもあれば、数日後の飛行機で働くときもある。

クルーが日本を発つまでに滞在する場所が必要なので、ホテルは航空会社と契約をむすび、客室を提供する。

わたしが働いていたホテルだけでなく、国際空港近くのホテルは、どこもおなじような契約を結んでいた(いまもそうだと思う)。

北米、南米、ヨーロッパ、アジア、オセアニアなどの航空会社で働くクルーは国籍もさまざまで、ホテルロビーはいつも異国情緒にあふれていた。

日本に到着したクルーは、自分の勤務するフライトの日までホテルに滞在する。時差に慣れるためにのんびりしたり、ときには観光地まで足をのばし、つかのまの日本を楽しんだりしていた。

わたしが配属された「エアラインクルー担当チーム」は、外資系航空会社のクルーの宿泊をアレンジする部署。

予約、チェックイン、コンシェルジュ、トラブル対応、チェックアウトまで、クルーの滞在中のすべてを引き受けるスタッフだった。

メールもインターネットもない時代。

いつ、なんじに、どこから到着する便に、だれが勤務していて、いつまでホテルに滞在するのか。そういった正確な情報は、飛行機が出発地を離陸したあとでなければわからなかった。勤務するクルーが出発の直前に変更になったり、ときには飛行機の経由地が変わったりするからだ。

最新情報をチェックするため、ときおり、空港にある航空会社の事務所に足をはこんだ。

電話でもいいのだけど、クライアントとスムーズにコミュニケーションしようと思うなら、直接会ったほうが親近感がわくし、のちのち仕事もやりやすい。

航空会社の事務所に顔を出すにつれ、雑談も増えていき、スタッフたちと打ち解けていった。

ある日、その事務所のマネージャーにいわれたのが、冒頭のことばだ。

「カミーノさんは、大陸的な人ですね」 

生まれてはじめて聞いた「大陸的な人」という単語に面食らった。

-- “大陸的”って“人”を修飾することばなの?どういう意味なんだろ。

自分と倍以上も年のはなれた男性に突然そういわれ、20代半ばにもなっていない、人生経験もたいして積んでいないボキャ貧のわたしには、わけがわからなかった。

“大陸的”なんて日常で聞いたこともなく、ニュアンスをつかめない。どう反応するのが正しいのか、それすらもわからなかった。

男性マネージャーはのんびり微笑んでこっちを見ているから、どうやら悪い意味ではなさそう。でも、たったいま聞いたばかりの「大陸的な人」、のイメージがわかない。

茶色くて埃っぽいってこと?田舎臭い、ってことかな。たしかに田舎モノだけど。

それとも、大地のようにドッシリと肝がすわっている、ってことかな。それはあってるな。でもそれは、可愛げがないっていう意味なのかな。

砂漠みたいに乾燥してるってこと?お肌カサカサ?

ウーム・・・わからん。

当時、若気の至りかなんか知らんが「わからないことを人に素直に聞く」というのができない性分で(やっぱり可愛げがない)、「大陸的な人ってどんなイメージですか?」と聞けなかった。

返す言葉もなく、ただヘラヘラと笑い「そうですかぁ」なんていいながら事務所をあとにした。リアクションの薄い女だと思われたにちがいない。

ネットもない時代だからググることもできず、1人暮らしの部屋には国語辞典も置いていなかったので(辞書くらい置いとけよ)、会社にあった辞典で調べてみた。

大陸的・・・自然や風土が大陸に特有の性質であるさま。いかにも大陸らしいさま。

ウーム・・・ますますわからん。

そのあとも人に素直に聞けず「大陸的な人」っていったいなんなんだ?と思っていた。

それから数か月後。

いつものようにクルーのチェックインをすませ、バックオフィスに戻ろうとしたとき。

日系ブラジル人女性のクルーに声をかけられた。これからクルー仲間でテニスをするんだという。

ホテルの一般的なお客さまとは「一期一会」が多いが、クルーはそうではなかった。

月に数回ほど日本に到着する飛行機で勤務するクルーもいたし、少なくとも毎月1回は日本便で働くクルーが多く、しだいに顔なじみとなり、ちょっとしたおしゃべりをするようになった。

「お客さま」というよりはもう少しフランクな間柄で、家族写真を見せてくれたり、ホリデイシーズンになるとプレゼントをくれたり、という具合だ。

その日系ブラジル人女性とロビーで話をしていると、彼女のクルー仲間が「Ola!」と声をかけてきた。「テニス、楽しんでくださいね」とわたしがいうと、彼女はこういったのだ。

「カミーノさんって大陸的ですよね」

まただ。でたよ、大陸的!
このことば、流行ってんの?

数か月前にもおなじことを言われたけど結局わからなかったなぁ、と思いだした。

「あの・・・大陸的な人ってどういう意味ですか?」

わたしは思いきって聞いてみた。

わからないことは人に素直に聞いたほうがいいのかも、と思ったからだ(ちょっとは成長した)。辞書でもわからなかったし。

彼女は太陽のようにニカッと笑い、ウインクした。

「大陸的って、ほら、大地みたいな、大陸みたいな人ってことよ。じゃあね!テニスに行ってくるわ」

大地みたいな、大陸みたいな人って、どういう人よ・・・わからん!

という経緯があり、インターネットが普及しはじめたときに早々と検索したことばが、このことばだったのである。

「大陸的な人」

その意味を読み、あぁなるほど、そういうことか、と。

もともとポジティブ思考なので、これは「100%誉めことばだ」と受けとった(単純)。

航空会社の男性マネージャーさんも、日系ブラジル人女性も、こんなふうに思ってくれていたんだなぁと、ありがたいやら、くすぐったいやら。

わたしにとって、ずっと忘れられない、ずっと覚えておきたいことば。

それが「大陸的な人」なのである。


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