誕生日と豆まき
恵方巻き、焼きイワシ、ケーキ。
息子に物心がついたころから、息子が社会人になって家を出ていくまで、これが毎年2月3日の夕飯メニューだった。
2月3日は息子の誕生日、そして節分。
子どもの誕生日と節分。実のところ、どっちが大事なのかずっと決め兼ねていた節がある。息子は第一子なので、もちろん彼の誕生日が特別なのは言うまでもない。
でも、節分だって大事じゃね?だって豆まきの日だよ。
「季節の変わり目は邪気が入りやすい」と考えられていたため、邪気を払い、無病息災を願うためにする豆まき。家族みんなが健康でいるためにも、豆まきを邪険にするわけにはいかん!ということで、これまで欠かさず豆まきをしてきた。
そんなこんなで、どちらにも振り切れない2月3日の夕飯は、毎年奇妙な組み合わせとなった。
恵方巻き、焼きイワシ、ケーキ。
「で、なんなん?この組み合わせ?」
何度そう言われたことだろう。息子のブーイングをよそに、2月3日になると家族5人でその年の恵方を向き、ただ黙々と巻きずしにかぶりつき、苦みたっぷりの焼きイワシの小骨と格闘。誕生日の夕餉だというのに、華やかさがまったくない。
ようやく誕生日ムードになるのが、ケーキを食べるとき。
部屋を真っ暗にし、年齢分のろうそくに火をつける。ハッピーバースデーをみんなが歌い終えると、息子がろうそくの火を「フーーッ」と消す。プレゼントを受け取った息子は上機嫌になる。この流れも定番。
でも、ケーキを食べ終わった瞬間に、誕生日ムードは終わりを告げる。
「よっしゃ、やるで」
わたしは子どもたちに豆まき用の豆を配り、オットは鬼のお面をつけてスックと立ち上がる。
お父さんの顔が急に鬼に変わり「ウォーッ」と雄たけびをあげるものだから、子どもたちが小さかった頃は、怯えて大変だった。抱っこしたり、なだめすかしたりしながら、子どもの小さな手に豆を握らせて「ほら、鬼に向かって投げてごらん」と言う。
「おにはーそと!」「おにはーそと!」
子どもたちは、豆を鬼に投げる。
「おにはーそと!」「おにはーそと!」
普段は落ち着いてシュッとしたタイプのオットだが、なぜか鬼の役をするときにはオーバーアクション。ジャンプしたり、両手を高くあげたり、低い声で唸ったり、なかなかの演技派となる。
リビングをウロウロしていた鬼オットは、子どもたちに豆をぶつけられると「痛いぞぉー」と叫びながら、ベランダから庭のほうへ出て行く。木の陰に隠れたかと思うとヒョコっと顔を出したり、横にジャンプしてみたりと、鬼役に専念している模様。
「おにはーそと!」「おにはーそと!」
子どもたちがベランダから豆を鬼に投げる。
「おにはーそと!」「おにはーそと!」
投げた豆があたると、鬼オットは「いててて」「いてててて」とナイスリアクションをかまし、子どもたちの笑いを誘う。
「ふくはーうち!」「ふくはーうち!」
「ふくはーうち!」「ふくはーうち!」
子どもたちの声が家のなかに大きくこだまする。部屋のあちこちに豆をまくと、豆まきは終了となる。
鬼のお面をとったオットは普段の落ち着きを取り戻し、スッとした動作で散らばった豆を集めている。毎度のことながら、このギャップが面白い。
家族5人、それぞれ年の数だけ豆を食べていると、息子が「そうや、今日はオレの誕生日や。豆の数、まちがえんようにせな」と言う。
これが、息子に物心がついたころから、息子が社会人になって家を出ていくまでの、2月3日の定番のできごとだった。
♢
息子の自立後、我が家の2月3日の食卓からはケーキが消え、恵方巻きと焼きイワシになった。
家族4人でその年の恵方を向き、ただ黙々と巻きずしにかぶりつき、苦みたっぷりの焼きイワシの小骨と格闘する。
豆まきも、変わらずに続いた。
昨年は、受験生だった娘たちが勉強のストレスを豆に乗せて、鬼にぶつけていた。かなりの本気モードで投げていたように思う。鬼役はもちろんオット。子どもたちが幼かったころのようなオーバーリアクションはなかったけれど、それでも鬼役を買って出てくれた。本気の豆は痛かっただろうに。感謝。
さぁ、今年の豆まきは明日だ。
娘は2人ともバイトだったり、友達とご飯を食べに行くとかで、家にはいないらしい。長期出張のため、オットも不在。さてどうしよう。
「家に帰ってきたあとで、豆まきしよっか」と娘たちを誘ってみたけど、2人ともまるでノッてこない。
なんだよ、節分なのに1人かよ…
「だれも豆まきしないんなら、お母さんが1人で鬼役と投げる役、両方やってみようかな〜」と、自分でもよくわからないコミカルな踊りをしながら娘に聞いてみると。
「いいんちゃう。やればー?」
と、わたしの踊りには目もくれず、スマホをいじりながら素気ない返事。
寂しっっ!!
でも、これも子どもの成長だな。。。
明日は1人ぽっちで、心はしょんぼりと、それでも背筋はスッと伸ばして、東北東を向いて恵方巻きにかぶりつくとするか。そして、豆まきはひっそりとシンプルバージョンにしよう。
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