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椅子(ショートショート)

 ギネスブックに挑戦するために、村では長い椅子を作ることを考えた。現在の世界記録は我が日本の富山県南砺市井波の瑞泉寺というところで、木製ベンチ653.02mである。
 富山県でできることが、木材豊富なわが村でできないことはない、と青年団は計画を立てることにした。青年団といっても男4名しかいない。しかも青年団とかいいながら、4人とも40代で独身である。これをキッカケに出会いがあればいいな、というほのかな下心を胸に秘め、話し合いが始まった。
 しかし我が村には653mものまっすぐな場所はない。山道ばかりである。ゴルフ場さえない。まずは平らな道を作ることから始めなければならないが、行政の手続きが難しい、予算が足りない。最初から躓いた。
「平らな道がないんです」
「それではどうしようもないじゃないか」
「いっそ長い椅子は諦めて、でかい椅子を作ったらどうでしょう」
 なるほど。それなら長い場所は要らない。既にある公園に作ってもいいかもしれない。
 ちなみにでかい椅子のギネス記録はスペインにある椅子で面積230㎡、全長26mだそうだ。木は幾らでもあるが、家を建てるよりカネがかかりそうだ。
「人間空気椅子というギネス記録があるようだ」
 人間空気椅子とは、一列に並んだ人が、次々に後ろの人の膝に腰掛けていき、最後尾の1人だけ普通の椅子に座るというものだ。ひとつの椅子に連なって座った最多人数(Most people sitting on one chair)ともいう。これまでの最高記録は2387人だそうだ。
「これならカネはあんまりかからないぞ」
「どうやってこんな田舎まで、それだけの人を呼び集めるんだ」
 そういわれてみんな黙ってしまった。
「とにかくポスターを作り、各自治体にお願いし、インターネットもフル回転して人を集めよう」
「失敗しても村おこしにはなって、我が村も少しは知られるようになるだろうさ」
 青年団の熱意は村議会に伝わったが、カネがかからないとはいっても、送迎バスやら、ポスターの印刷代やらで、もともとカネもない村では実行不能ということで却下された。
「つまんねえオチだな」
 青年団はくさったが、代わりに村議会はヨソの町や市に声を掛けて、予算をつけて集団お見合いを行うことにした。
 みな喜んだことはいうまでもない。もともとは不純な動機から始まった話だったのだから。

 

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