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遺言書(ショートショート)

 大金持ちで有名なA氏が緊急入院した。A氏は高齢ながら独り暮らしで、広い敷地内にある大邸宅は誰もいないということになる。
「大丈夫かしら、ご主人様」
 冷蔵庫が隣のオーブンレンジに喋った。
「無事であればいいけれど」
 オーブンレンジも心配そうにそういった。
 IoTの最先端をいく究極の家電製品たち、それだけではないテーブルや椅子、タンスにいたるまで喋るように工夫がされてあった。独り暮らしのA氏が淋しさを紛らわすために特注で揃えたモノたちであった。まるでディズニー映画のようであった。
 そこへ一人の男が潜入してきた。広い庭からこの邸宅の玄関を開けて入ってくるとは、余程手慣れた泥棒のようであったが、実のところA氏の甥っ子であった。
 A氏に親戚はこの甥っ子しかおらず、黙っていても膨大な財産は甥っ子ののものになるのが普通であったが、A氏は遺言で全財産を貧しい子供たちのために使ってくれるように寄付することを決めていたことを漏れ聞いていたのであった。
 その遺言書が屋敷の奥の金庫の中にあることまで突き止めた甥っ子は、それを盗もうと企んだわけである。
 いろいろな罠がしかけてある庭も甥っ子なら顔パスで通り抜けることができたので、こうやって屋敷の中へ入ることができたのであった。
 何しろ庭も喋る木や、ロボット犬がうろうろしていて、怪しい人物であれば、すぐ警備会社に連絡がいくようになっていた。
「甥っ子のBさん、久しぶりだね」
 家具たちが歓迎の挨拶をした。
「やあ、君たちも元気で何よりだ」
「ご主人様は入院したからいないよ」
 電話機がそういった。
「わかっているさ。だからこうして頼まれごとをしに屋敷にきたってわけさ」
「それはわざわざ大変だね」
 置時計がいった。
 甥っ子はA氏の書斎にまっすぐに向かい、部屋の壁にある金庫を訳もなく見つけて、開けようとしたが、さすがに開け方はしらない。強引な方法を使えば、警備会社に連絡が入るだろう。
「金庫君、叔父さんに頼まれて、中の遺言書を持ってくるよういわれてるんだけれど、開けてもらっていいかな」
「残念だけど駄目だね。たとえご主人様でも暗証番号とパスワードがなければ、開けられない仕組みになっているんだ」
「そんなこといわずにさ」
「ご主人様に暗証番号とパスワードを聞いておいでよ」
 なるほど、ごもっとな話である。甥っ子は一旦諦めて退散しようとしたその時、急に「ビービービー」とけたたましい音がした。泥棒でも入ったのであろうか。だとしたら意外と好都合かもしれない。この金庫をぶち破り、泥棒がしたようにみせかければいいのだ。
 おそらく泥棒がここに行き着く前に警備会社がくるだろうが、そこはなんとかなるだろう。甥っ子は、小型で強力なバーナーをポケットから取り出し、金庫の回りを焼き切り始めた。
「やめておくれよー、あついよー」
 金庫が叫んだが、止めるわけにはいかない。不快なビービー音は今だ鳴り続けていた。
 瞬間、電気が消えた。ビービー音も消えた。
 金庫も喋らなくなった。金庫だけじゃなく、他の家具も皆。
「何が起こったのだろう」
 甥っ子の手が逸れて、バーナーの火がカーペットに燃え移った。あっという間に火の手は広がり、書斎は火の海と化した。スプリンクラーも作動しない。
 甥っ子は慌ててその場を逃げた。
 
 翌日、屋敷が全焼したことが、新聞に載り、同時にA氏が亡くなったことも書いていた。
「あのビービー音と急に電気が消えたのは叔父さんが亡くなったからだったんだ」
 生前、そういう仕掛けをしていたのだろう。自分が死ねば家具たちも黙って死んだようになるように。
 葬式に参列し、線香をあげたあと、弁護士が甥っ子のもとに現れた。
「この度はご愁傷様でした。早速ですが、遺言状がありまして」
「ああそれなら、知っているよ。恵まれない子供たちに寄付するのでしょう」
「よくご存じで。ただあのお屋敷はあなた様に相続するように取り計らっていたのですが、焼けてしまい、残念でした」
「えっ、そうだったんですか。それは残念なことになりましたね」
 甥っ子は本心から悔しがった。だがあれだけの邸宅である。相続税もあるし、維持することなどできない。土地を売っぱらって、それに対する経費を引いても結構な額になるのではないか。むしろそっちのほうがいいかもしれない。
 そこへ警察がやってきた。
「Bさん、A氏邸放火容疑で逮捕します。一部始終は蘇生した金庫の証言とビデオカメラの画像で、はっきりと確認できました」
 そうか。金庫は耐火金庫だから他の家具と違って生き残ったのか。ビデオカメラは気づかなかった。これも耐火構造になっていたのだろう。
 甥っ子は項垂れ刑事に連れられ警察署へと向かった。


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