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車椅子の君

山手線の車両の端で車椅子の彼女は体の左側の手すりを右手でつかんでいた。

上体を捻って、外を眺める彼女。

目線だけを外に向けているのではない。顔ごと窓の外へ向けている。

何を思い、外を見るのだろうか。

偶然読んでいた本から顔をあげたときに彼女の外を眺める姿に興味が惹かれた。

ただ単に次の駅で降りるためになんとなく外を見ていたのかもしれないし、車椅子が動かないように支えていただけなのかもしれない。

それでもなんとなくみるのであれば左手で支えて目線を外にしたらいい。動かないようにおさえるためならなおさら左手でいい。

時折左手で携帯を操作しているから左手が動かないわけじゃない。

彼女はなぜこんな何の変哲もないビル街の街並みに顔を向けているのだろうか。いったい彼女にはこの街がどのように見えているのだろうか。

僕は気になった。

何を見てるんですか、そう聞いたら彼女は答えてくれただろうか。

いや、この極端に他者を遠ざける東京の地でそんなことしたらおびえさせるに違いない。

それに聞いてしまうというのはいささか風流に欠けるではないか。

そんな彼女は目黒を出発した車内で器用に車体を回転させ、扉の前に移動した。

五反田でおりるらしい。

五反田駅のホームには駅員がスロープを構えているわけではなく、彼女は扉横の手すりを持ちながら勢いよく飛び出していった。迷うことなく改札方向の階段へと向かう彼女にはこの地は慣れた土地なのだろう。

ではいったい何を眺めていたのだろうか。

私は不思議でたまらない。

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