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16の思いも天にのぼる③幸子(3)

放課後、友だちと一緒に駄菓子屋に寄った。
 いつもは大好きで真剣に選ぶ駄菓子だが、今日は目に入った物をいくつか、ミニ買い物カゴに無造作に入れた。その中には、食べ物以外も入っており、注意され気づき元に戻してもらった。
 お会計を済ませ、駄菓子屋の奥にある畳でできた、談話ルームに行き、友だちと今日のことを話した。
「やっぱり今日のクラスは、静かだったね」
「うん」
 友だちの話に幸子は、小さく頷いた。
こんな時広がいれば、教室に光を灯してくれるんだろうなと思うと、自然とまた涙が溢れてきた。
「もぉ、本当に幸子は広君のことが好きだったんだね」
 友だちは幸子の頭を撫でた。
「それに比べて美奈子は、本当に薄情。涙一つ流さないんだから。やっぱ、あの子、広君の顔だけが好きだったんじゃないの? 」
 駄菓子をほおばりながら友だちが言った。
「うん……」
「まぁ、前からあのすました態度が気に入らなかったんだけどさ」
 友だちは、これみよがしに彼女の悪口を言い始めた。
「うん……」
 幸子は、頷くことしかできなかった。
「うんって、そればっかり。幸子は、どう思っているの? 」
 不意に聞かれて、少し戸惑い気味に答えた。
「うぅん。大切な人が死んだのに泣かないなんて、凄いなって」
「凄いなって、本当に思っているの? 」
 友だちは、やや怒り気味に言った。
「うぅん。分かんない。でも、美奈子ちゃんを見ていると、何かそわそわするって言うか、もどかしいっていうか……」
 幸子の煮え切らない態度に友だちが、業を煮やして言った。
「イライラするってことじゃないの? 広君が死んだのに、顔色一つ変えず淡々と授業をこなす美奈子に」
 確かに多少、イライラしていることに違いはなかった。だけど今一つひっかかりがあった。
「やっぱり、広君への想いは幸子の方が上なんだよ」
 友だちは、一人で頷いた。その言葉で幸子は昔のことを思い出した。
 小学校の休み時間のことだった。
「相沢さん、何で泣いているの? 」
 広が、ジャングルジムの上で泣いている幸子に声をかけた。
「広君には関係ないわ」
 そう言われて、広は少し困った顔をした。それからニッコリ笑いながら言った。
「違うよ相沢さん。関係あるよ。だって友だちだもん。な寿? 」
 無邪気な笑顔が、幸子を無防備にした。
「じゃないの? 関係ないけど」
 広の友だちが無愛想に言った。
「寿はまったく。ごめん相沢さん、こいつ照れ屋なんだよ。で、どうしたの? 」
 必死に呼びかける広に根負けして、幸子はもじもじと答えた。
「……られたの」
「何? 聞こえない。もっと大きな声で。」
「からかわれたの」
 幸子は、大声で答えた。
「だれに? 」
 広も負けじと大きな声で聞いた。
「クラスの子に」
「いじめか? 」
「そう」
「いつも? 」
「そう」
「だれがやった? 」
「男子。あの背の大きい子」
 指さした向こうで、体格のいい男の子を中心に数人の男の子が、校舎に入っていくところだった。
「よし、俺がやっつけてやる」
 そう言うと、広は校舎へ向かって走って行った。
幸子は、助けてくれると聞き驚いて、嬉しさと驚きで涙が止まった。
しばらくして数人の男子を引き連れて、広が幸子の前に再びやってきた。
「相沢さん連れて来たぞ。ほら、ちゃんとみんな言えよ」
 男子たちは幸子に頭を下げて言った。
「ごめん。もうしないよ」
「よし、これでいいだろう」
 広は、幸子に向ってまた笑いかけた。
 その時の広は、幸子にとってヒーローに見えた。
 あれがきっかけで、好きになったんだっけ。
 幸子が昔の思い出にふけっていると、急に友だちが呼びかけてきた。
「幸子! 聞いている? 」
「う、あ、うん」
「元々ぼぉとしているのに、広君のことで余計にぼけちゃったかな」
「ぼ、ぼけてないよ。ただ、少し考え事していただけ」
 幸子が、ゆっくり答えた。
「あぁ、うん、そうですね」
 そう言って、友だちはチョコをほおばった。
「あれ……? あれ」
 チョコをほおばりながら友だちが、外を指さした。指さした先で彼女が歩いていた。
「何あれ。いつもと変わったことなんてなかったかのように、澄まして歩いちゃってさ。あぁ、もうあいつ見ているとイライラしてくる。ちょっと文句言ってやろう。行くよ、幸子。」
「え、あ、ちょっと」
 友だちは、幸子の腕を強く握り引っ張った。
力が強い友だちに抵抗することができず、幸子は大人しく付いて行った。
 二人が彼女に追いつくと、友だちが彼女の腕を強く握って文句を言い始めた。
 決して小さな声ではない。むしろ周りの人が振り向くくらい、友だちは大きな声で、怒鳴っている。
しかし幸子は自分の世界に入り込んでいて、友だちの話す内容を聞いていなかった。
(美奈子ちゃんって、こんな表情する人だったけ? )
 ひたすら文句を言われている彼女の顔を見ながら、思った。
「ね、幸子」
 友だちの、自分を呼ぶ声で幸子は、我に返った。
「えっ? 何? 」
「本当なの、相沢さん」
 彼女が静かに聞いた。
「え? 」
 話を聞いていなかった幸子は、何のことだかさっぱりわからなかった。
「本当に広が好きだったのかって、聞いているの」
 もう一度彼女が静かに尋ねた。
「えっと、うん」
 戸惑いながら答えた。
「そっか、そうだったんだ。でもさ、そんなことで文句言われても困るんだけど」
 どうやら友だちが彼女と広の関係について文句を言ったようだ。
「え、でもやっぱ……」
 もじもじしながら、幸子が言った。
 幸子の煮え切らない態度に、さっきまで穏やかだった彼女の口調が強くなった。
「あのさ、相沢さんは何かした? 」
「何かって……? 」
「私はしたよ。見ていただけじゃない。話しかけたり、遊びに誘ったりしたよ。告白だってした。幸子ちゃんは何かした? 」
 
「わ、私は……」
 何も言い返せなかった。
(そう、私は何もしてない。広君が美奈子ちゃんに告白したんだと思っていた。でも違ったんだ)
「な、何もしてない」
 自分の弱さと愚かさで声が震えた。
「なら、何も言わないで。泣かないのも私の勝手でしょ」
 彼女は、幸子に捨て台詞を吐いて去っていった。
 それと同時に、幸子は我慢していたものが全て溢れ出た。
 友だちがどんなに慰めてくれても、中々泣き止むことはなかった。
 友だちは二人分のカバンを持ち、寄り添いながら幸子の家へ向かった。

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