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16の思いも天にのぼる③幸子(1)

相沢幸子にとって広は、初恋にして片想の相手だった。
 幸子は、広の悲報を聞いて呆然とした。
 全校集会から帰ると、ふらっと魂が抜けたかのように、力なく席に座った。
 席に着いた瞬間涙が溢れてきた。次から次へと流れる涙で、机が濡れた。
 小学生の頃から、広に想いを寄せていた。かといって特別話す間柄でもなかった。
緊張のあまり、広と目が合うだけで、緊張して話せなくなってしまうからだった。
 幸子の想いは、広への一方的な想いだった。でもそれは、まっすぐで純粋な気持ちだった。
 毎日広の姿を見ているだけで幸せだった。
 しかし高校一年生の夏に、広に彼女が出来たと聞いた時は、見ているだけで幸せだったはずなのに、ショックを受けた。
 広は男女問わず人気があり、中学では有名人だったので、彼女ができたとほぼ同時に学年中に広がった。
 付き合った相手も、学年一美人と評判だった相手だっただけに、さらにみんなを驚かせた。
そして幸子はそのことに対しても、ショックを受けた。  
(広君も可愛い子がタイプだったんだ。私みたいなこんなちんちくりんじゃ、どんなに頑張っても一生相手にしてもらえないわ)
 その時そんなことを思いながら、ショックに蓋を閉めてふてくされていた。
幸子は今、他のことでショックを隠せることのできないほどの、何十倍ものショックを受けていた。
 視界が涙で滲んで、息苦しくて深い海の底にいるように感じた。
 声を殺して泣いていると、幸子と仲の良い友だちが、泣きながら幸子の肩を抱いて慰めた。
「幸子。苦しいね。」
 友だちが、色々慰めの言葉をくれるがどれも、頭には入ってこなかった。
 とめどなく涙が流れ、広のことで頭がいっぱいになっていた。
 自分の身体が鉛のように重く冷たい感覚がする。
そんな身体を、友だちの温かい温もりがわずかな希望として、優しく包み込んでくれている。
 友だちはずっと抱いて背中をさすってくれている。相変わらず声をかけ続けているようだが、念仏のように聞こえる。
温かさに甘え身を委ねていると、友だちが急にさするのをやめた。
そっと幸子に耳打ちをした。
「美奈子、泣いてない」
 辛うじて入ってきた言葉に、耳を疑った。
 ショックで泣いて、自分のことしか考えられなかったが、その言葉で少し我に返った。
(泣いてない? 広君の彼女なのに。きっと一番泣いてもいいはずなのに。本当かな)
少し頭がクリアになって、そんなことを思いながら、涙で濡れた視界を彼女の方へ向けた。
友だちの言う通り、彼女は顔色一つ変えないで席に座っていた。
 友だちは話を続けた。
「自分の彼氏がもうこの世にいないって言うのに、薄情な人だよね」
 幸子もそう思った。
(美奈子ちゃんは平気なのかな? 本当に好きだったのかな? 私の方が広君のこと想ってたんじゃないかな? )
 平気な顔をしている彼女が憎かった。それより、そんな子に広を取られた自分が許せなかった。
幸子は彼女を責めることで、自分を保とうとしていた。
(好きって言えばよかった)
 怒りの次に、後悔が幸子を襲った。
 ぐるぐると、様々な思いが幸子を取り巻いてくる。まるで渦に巻き込まれるかのような気分だ。
「こ、ちこ、幸子」
「え、あ、何? 」
 幸子は友だちに、渦の中から引っ張り出された。
「広君の死が本当に、悲しんだね。あの彼女より」
 友だちはやや、皮肉を込めながら言った。
「今日、駄菓子屋寄って帰ろう。そこで色々話聞くからさ」
 友だちは、抱いていた力を強めて言った。
「あ、うん、ありがとう」
 まだ流している涙を拭きながら、言った。
 クラス中がどんよりして、悲しみに暮れていると、教室に担任がやってきた。
 どうやら告別式の手紙を読む代表を決めるようだ。
 幸子の友だちが、広の彼女をと推薦し、クラスの人たちも賛同したが、彼女が断ったため、広の友だちが代表になることとなった。
(彼女なのに断るなんて。私だったら、絶対読みたい。むしろ、彼女じゃなくても私が代表になったっていいくらい)
普段怒らない幸子が彼女の態度に、先ほどから少しイライラしている。
怒っている自分が悪役みたいな気持がしてイヤで、無理やり心の外に追いやった。
そして再び広との思い出に浸った。
その日の授業の内容は、ほとんど入ってこなかった。
お弁当も喉を通らず、ぼっとして過ごした。
でも幸子は友だちが、移動の際手を引いてくれたり、お弁当をいつものように一緒に食べでくれたり、幸子の心に寄り添ってくれていたので、心が壊れずにすんだ。

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