後悔

 先日、職場の同僚Aさんと話していた時のことだった。

 Aさんは僕よりも5つ年上だが、入社した時期は一緒だった。

 部署は違うが、この会社でのスタート位置はお互いにほぼ同じである。

 そのため、自ずと昼休憩などの暇な時間帯には雑談を交わすことが多くなっていった。

 一般的には同期ということにはなる。

 とはいえ、5つも年齢差があると、それほど気安い関係性ではない。

 お互いに敬語を使ったり、くだらない会話で頭を空っぽにして盛り上がったりなどはなく、微妙な距離感を保ったまま接している。

 その日も喫煙所で話していた。

「Aさん、最近仕事はどうですか?」
 
  僕の場合、まず始めに当たり障りのない話題を振ることが多い。

「いやぁ、なかなかしんどくなってきましたね。早速、もう帰りたいですよ。」
  
  Aさんは苦笑している。

 人数が少ない部署なので一人一人の仕事量が多い。以前、Aさんがそんなことを愚痴っていた。

「大変ですよねぇ、人少ない部署だと。やることも多いでしょうし。」

「そうなんですよ。サボれないですし、先輩が僕に構ってあげられないなんて場面もけっこうありますよ。」

 頭をポリポリと掻いているAさん。なんとなくいつもより目が虚ろになっている気がした。

 僕の部署だと、忙しくても先輩たちが僕に時間を使うことを惜しまない雰囲気を出してくれている。

 おそらく、僕が年齢が若くて、社会人経験が浅いことを考慮してくれてるんだと思う。

 それなりに自分は恵まれている方なのかな。僕はAさんの話を聞いてそう感じた。

「僕の部署の先輩たちは、けっこう構ってくれる人が多いんでねぇ。僕は運が良い方かもしれませんね。まぁ、でもやることが多いってのは、頼られているってことでもあるんじゃないですかね?」

 拙いなりに激励の言葉をAさんに送ってみた。

「そうですねぇ、それなりに実力を見込まれているのかもしれないです。」

 Aさんの表情が少し明るくなった。

「休みの日のために、あと数日頑張りましょうよ。」

  加えて僕がそう励ました。

 すると、Aさんはそっすねと曖昧な返事をした。そして、どこか遠くを見るようにぼんやりと空を見つめ始めた。

 少しの間、二人の間に沈黙が続いた。

 どうしたのだろうか。僕は少し不安に感じた。

 少し沈黙が続いた後、すぐにAさんは僕に目線を向けて話し始めた。

「ちょっと話は変わるんですけど、僕が◯◯さんぐらいの年代の頃に、もっと色々とやっておけばなぁって、最近思うんですよねぇ。」

 その時、Aさんの表情に少し憂いの色が伺えた。

 普段、Aさんはそんな様子を見せることは少ない。
 
 休みの日に友人とサバイバルゲームをしに行ったこと。お気に入りのアニメを友人と一晩中見ていたこと。

 彼の話には、いつも親密な関係の友人が登場する。

 20代後半にもなって、夜通しで一緒にアニメを観てくれるためには、相当な信頼関係を積んでないと出来ない。

 楽しそうに毎日を過ごしているのかな。友人が少ない僕はAさんのことを勝手にそう捉えていた。
 

 しかし、その時のAさんは何か後悔しているように感じられた。

 それだけ素敵な過ごし方をしているのに何を後悔することがあるのだろう?

 僕にはAさんが何に後悔しているのか、理解できなかった。

「まぁ、それは誰もが思うことなんじゃないですかね?」

 当たり障りのない言葉しか掛けれなかった。

「そんなに結婚には興味ない方なんですけど、この歳になると、周りの友人が結婚したりすることが多くなってくるんでね。」

 Aさんは物憂げな表情でそう言った。

 これまで一緒に遊んでくれていた友人が、自分のそばから離れていく想像をしてしまったのだろうか。

 なんとなくAさんの気持ちが理解できた気がした。


 だが、そもそも友人の少ない僕にはあまり共感できないことでもあった。

「まぁ結婚はそのうち何とかなるんじゃないんですかね?」

 結局、漠然と励ますことしか出来なかった。

 その後、Aさんは先に戻ると言いその場を去っていった。

 僕は二本目のタバコを吸いながら考えを巡らせていた。

 現状、僕には友人が少ない。これから友人の数を増やすこともほぼ不可能だと思う。

 そのせいもあって、あまり結婚について考えることは無かった。


 いつかはAさんのように、結婚について真剣に悩む時が来るようになるのだろうか。

 
 頭の中に、不安の靄が広がっていった気がした。

 


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