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モーリス・パンゲ『自死の日本史』

久しぶりに自決の話題いってみようか。

 日仏学院院長も務めたモーリス・パンゲ氏の力作である。出版はジャパン・アズ・ナンバーワンな1980年代である。

本書は須原一秀氏が紹介していたことで知った。

冒頭は、シーザーに抗議して自決した小カトーの話題から始まる。ローマ時代はまだ自死に寛容であったが、キリスト教が支配的になって以降は徹底的に不寛容になっていくのであった。

著者はフランス人なのでデュルケームの『自殺論』ふうに統計を総覧していくが、ここは面白いところではない。

自己犠牲の伝統をヤマトタケルにまで遡る。しかし古墳から大量にみつかる埴輪からもわかるように、古代は殉死は禁じられていた。また仏教の流入も自死を抑制する方向に傾いたと思われる。

また平安期以降は、宮廷では死は忌み嫌われるようになったが、その一方で勃興しつつあった武士階級にあっては、死を厭わないことが勇猛さの証となっていった。そして江戸時代には自死は様式美にまで高められたのである。
まあこのへんは、池上英子氏の『名誉と順応』とだいたい同じだ。

本書に特異的なことは、武士階級の切腹だけでなく江戸期の心中にも触れていることだ。心中がどれくらい頻発したかはわからないが、浄瑠璃などの題材として大人気であったことから、それなりの社会的インパクトがあったのだろう。

また、明治以降については、藤村操、北村透谷、有島武郎、芥川龍之介らポエマーたちの自死についても言及しているのが興味深い。というか、この人、日本に詳しすぎでしょって思った。

政治的領域においては、朝日平吾や来島恒喜のようなテロリストがことを起こした後に自決したのに対して、515事件などの決起軍人らが自決しなかったことに着目している。乃木希典とは異なり、昭和の軍人は武士から政治的な立ち位置に変わっていったのだ。

とはいうものの、この日本に異常に詳しいフランス人は、太平洋戦争後に自決した軍人に触れるのも忘れていないのだ。阿南惟幾、大西瀧治郎、宇垣纏はともかくとして、私は杉山元の妻が後追い自殺したのは知らなかったぞ。
なお鶴田浩二が大西瀧治郎を演じた傑作映画について下記の記事を参照していただきたい。

戦後に関する言及はほとんどが三島由紀夫に占められている。三島は上述のポエマーの系譜にありながらも、武人たろうとした。自身の美学を全うするために楯の会という装置を必要としたのだ。雑にまとめれば、死にたがっているところに、血気にはやる若者がやってきたからそれに便乗したってとこだろう。
小カトーからずいぶん遠くに来たなって感じ。

全体としては、自死にまつわる日本の歴史がきれいにまとめられており、非常に面白かった。また日本人がすぐに自決したがることを嘆くイエズス会の宣教師の手紙とかおもろかったです。

いやはや、自決シリーズもだいぶたまってきたね。みなさん良かったら、以下の記事も見てってくださいな。


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