結局、スパイスカレーとは何なのか
ここ数年、スパイスカレーという単語を耳にする機会が格段に増えました。
各地のグルメ情報を発信するInstagramやTikTokのアカウントには、スパイスカレーをはじめとするスパイス料理のお店がかなりの頻度で登場し、スパイスカレー店めぐり、スパイスカレー作りが趣味だと公言する人もたくさんお見かけします。
“スパイスカレー”という趣味をもつ男性を、「婚活市場の中で価値が高い」と紹介するツイートが広く拡散されたり、一方では「付き合ってはいけない令和版3C」として、カメラマン、クリエイターと並んで「カレーをスパイスから作る男」がランクインするなど、趣味的側面の“スパイスカレー”は現代を生きる我々の中に確実に定着しつつあるといえます。
先日私が目にしたとある映像で、初対面の男女が食事に出かけ、会話する場面があったのですが(リールで流れてきたTV番組か何かの切り抜きだったと思うので、出典等明らかでないのが申し訳ないです)そこでの“スパイスカレー”の扱われ方にはちょっとした衝撃を受けました。
会話の内容はざっくりこんな感じです。
趣味というフィールドにおいては、
スパイスカレーを自作すること<スパイスカレーをお店で食べること
という図式が存在するかのようなやりとりです。
どちらも初対面の異性にその話題をぶつけるあたり、“スパイスカレー”を己のセンスの良さを表すアイテムとして身につけている点は変わらないのですが…。
一方で、こんな疑問もあります。
結局、スパイスカレーとは何なのか。
老舗の喫茶店のカレー、巨大なナンとともに供されるカレー…世の中にはさまざまなカレーがありますが、はたしてこの中でどこからどこまでが“スパイスカレー”なのか。これをはっきり説明せよと言われると、難しいと感じる方が多いのではないでしょうか。
今回は、スパイスカレーということばの定義について丁寧に考え、それに付随する価値観について再考していきたいと思います。
皆さんの中には、カレーを食べに行き、お店の方に「おいしかったです。私、スパイスカレーが大好きなんです」と感想を伝えたところ、ぴしゃりと「そうなんですね。うちはスパイスカレーではないんですが…」と言われてしまった経験をお持ちの方もおられるのではないでしょうか。
目の前のカレーがどのジャンルに属するものなのか見極めるには、
という単純な図式ではなく、いくつかの条件に対する結果をもとに判断する必要があります。
いちおう図表を用いた方がわかりやすいだろうということで、拙いフローチャートを作成してみました。
まず、最初に判別すべきは
小麦粉で作られたルゥを使用しているか
です。
これはカレー好きの皆さんには最も簡単に判別しやすいものであると思われます。
洋食屋のカレー、給食のカレー、少し高級なホテルのカレーなど、小麦粉由来のとろみのついたソースが特徴のカレーは〈欧風カレー〉に当てはまります。
欧風カレーについてはこちらも読んでみてください。
続いて、
ナン&カレーのテンプレートに沿った料理を提供しているか
について判別していきます。
インネパとは、「インド・ネパール料理」の略で、おもにネパール人が手がけるインド料理店を指します。
インネパ店には共通してナンとインドカレーを中心としたテンプレートが敷かれ、それに沿ったメニューが必ず存在します。
今回はそのテンプレートを“インネパ・テンプレート”と呼び表すこととします。
日本で飲食店を開業するネパール人のならわしとして、タンドール(=ナンやタンドリーチキンを焼く専用の窯)のある店で、インネパ・テンプレートをある程度踏襲したスタイルが推奨されるようです。
ですので、このインネパ・テンプレートの気配を感じ取った瞬間、そのお店は上記のジャンル分けでいうと〈インネパ系〉だと断定できるわけです。
ネパール人がなぜ日本でインド料理をやるのか知りたい方はこちらも読んでみてください。
さて、ここまでの分類が完了し、残るは最後のプロセスである
日本独自のアレンジを加えたスパイス料理であるか
の判別のみです。
小麦粉のルゥを使用せず、インネパ料理でもないカレーに加えられる日本独自のアレンジには、以下のようなものがあります。
判別の鍵はもちろんこれだけではありませんが、わかりやすいものとしてはこれらが上がってくると思います。
スパイスカレーとは、ルゥを使用せずスパイスを使って作られたカレーの中でも、とりわけ自由なアレンジやアイデアの加わったものを指すのです。
また、そのお店が“スパイスカレー”という名称を使用しているかどうかも重要な決め手となってきます。
ここまでくると頓知のようでもありますが、店側が自店の料理をどのようにジャンル分けしているか、これがいちばん重要なファクターなのです。
インド、ネパール、スリランカ料理など、現地の料理技法をしっかりと学び、こだわりをもっている(ここでは〈現地系〉と表現させてもらいます)お店にとっては、アレンジが前提となっているスパイスカレーと混同されることは、当然喜ばしいことではないわけです。
しかしながら、欧風カレー、インネパ系を除いたカレー料理は、素人目にはインド料理なのかスリランカ料理なのか、はたまたスパイスカレーと呼んで良いものなのか判別がつきづらい場合が多くあります。
そのような場合には、そのお店が自店の料理をどのようにジャンル分けしているか、これが判別のいちばんの手助けとなるはずです。
それゆえ、お店が「南インド料理」と称している料理を「おいしいスパイスカレーです」と紹介することは、可能であるなら避けたいところです。
いずれにせよ覚えていていただきたいのは、〈現地系〉と〈スパイスカレー〉、どちらが優れているとかいう優劣があるわけではなく、どちらも違う発想から日本にたどり着いたすばらしい料理であるということです。
以上のことから、スパイスカレーということばを定義するとすれば、
というような具合になるでしょうか。
やや説明的すぎる気がするので、もう少し時間をかけて磨きをかけていきたいところです。
ダラダラと説明してきましたが、本当はこれよりもっとわかりやすいまとまっていて素晴らしい記事があるのでこちらもご覧ください。
ちなみに私の営んでいる店は「ダルバート専門店」と銘打っているのですが、これはネパールの定食スタイルである「ダルバート」を日本で定着させたいという思いからです。
日本人向けにさまざまなアレンジを加えているため、これまで行ってきたジャンル分けによると、〈スパイスカレー〉になると思います。
「ダルバートを定着させたい思い」とありますが、それについてかなりしつこいテンションでお話ししている記事もあります。
たくさん時間のある時に読んでみてください。
さいごに、「趣味としてのスパイスカレー」の捉えられ方について、近年変化が起こりつつあるのでは…という件について少し触れておきたいと思います。
私が“スパイスカレー”ということばを頻繁に耳にするようになったのは、私自身がカレーに関心を持ちはじめた2016年頃だったと思います。
ことば自体は2010年頃には使われはじめており、2016年当時には店名に“スパイスカレー”を冠したお店も大阪を中心に増加しており、カレー好きの間では皆が当然のように使っていましたが、カレーにさほど興味のない人には伝わらないことばでした。
スパイスカレーブームのようなものがひととおりの盛り上がりを見せ、広く周知されるようになったと同時に、巣ごもり需要下におけるインドア系趣味の文脈からも、自宅で再現可能なスパイスカレーが定着したこともあり、趣味としてのスパイスカレーが話題に上がりやすくなったのではないかと思っています。
冒頭の「スパイスからカレーを作る男は…」というような風潮についてですが、これは個人的には“スパイスカレー”自体が定義の定まっていないことばである上に、料理の分類上、アレンジを前提とする=正解が存在しないテーマであるということが言えるので、その不安定さ、夢追い感および、それと相反するこだわり感に対する評価なのかな…という所感です。
有り体に言えば“頭デッカチ感”とも表せるかもしれません。
スパイスカレー店の店主としては、頭デッカチになりがちな部分の補完は各自にお願いするとして、ひとまずは
ワイがビジネスパーソンとしてゴリゴリに功績を残して、スパイスカレーに対する価値観をもっとソリッドなものに変えてやるさかいな……
とでも言っておきます。
夢追いスパイス男子諸君(そんな人、いる?)、是非とも一緒に頑張りましょう。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?