泉速之
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古草紙昭和百怪21 令和4年極月「深夜 生木に打つ呪いの祈り釘」(「週刊事件実話」 昭和36年) / 令和5年睦月「月からの暗号が解読された」(「週刊読売」 昭和37年)
「深夜 生木に打つ呪いの祈り釘」(「週刊事件実話」 昭和36年)
副題なのか「身の毛もよだつ生きている伝説!」と大書、「憎い相手を呪い祈り殺す! 陰湿なそしてあまりにも異妖奇怪な人間の執念! ひと口に昔のことと片づけてしまえない、鬼気せまるようなこの事実が…」との惹句に食傷しながらも、通り一遍の怪談が飽きられつつあったてふ往時にあっても尚、呪詛ばかりは廃れる気配が無かったとは意外。「深夜! 生
古草紙昭和百怪20 令和4年初霜月「生きている『海竜』」(「知性」 年度不明) / 神楽月「あなたは殺される相がある」(「ヤングレディ」 昭和42年)
「生きている『海竜』」(「知性」 年度不明 10月) 大宅文庫目録「奇生物一般」にも昭和40年代半ば以前は僅か数点ゆゑ、今回また落穗拾ひ、「海の神秘 生きている怪竜」(中山光義 「知性」 年度不明 10月 130~9頁 挿絵2点・柱に1点 知性社 四六判)を。尤も、恐らく「オール讀物」掲載と思はれる黒沼健「古生代の海蛇は生きている!?」が「秘境物語」(新潮社 昭和32年)に収録済なのと同様、本稿も
もっとみる古草紙昭和百怪19 令和4年月見月「背すじがゾーッとするぜ」(「週刊実話読物」昭和36年) / 寝覚月「祟りと呪い この怪異集」(「週刊事件実話」昭和36年)
「背すじがゾーッとするぜ」(「週刊実話読物」昭和36年)
「『今頃怪談なんて……』と、一笑に伏しても結構だし、『なるほど、怪談とも言えるね』と少しばかり背筋をゾクゾクさせてもいいし。とに角、以下、三篇のミステリーは、人口一千万を突破しようと云う、世界第一の大都会"東京"の繁華街に起った実話である。」とは柱の文句。昭和半ば、怪異談には昔ながらの銷夏法とも時代遅れとも、両面の評価があった様です。
古草紙昭和百怪18 令和4年水無月「千里眼の少女が予告した死の四大事件」(「実話特報」昭和32年) / 令和4年文月「再び『ネス湖の恐竜』は生きていた」(「実話特報」昭和35年)
「千里眼の少女が予告した死の四大事件」(「実話特報」昭和32年)
実話雑誌の未掲切抜から、古風ゆかしき標題の記事を。「千里眼の少女が予告した 死の四大事件」(伊原武夫 「実話特報」昭和32年1月 双葉社 92~103頁 写真7点)は十頁にも渡り、同号の目玉の一つではなかったかと。
以下、約2900字 四百字詰約8枚 図版2点
古草紙昭和百怪16 令和4年如月「『12.000年前の国』から来た大使」(「週刊事件実話」昭和36年) / 「神秘の術 霊験あらたか 神通力の種を明かせば」(「週刊事件実話」昭和36年)
「『12.000年前の国』から来た大使」(「週刊事件実話」昭和36年)
如月朔はジョージ・パルの誕生日。ちょいとお化けから離れ、関連の話柄を。「クローズ・アップ 『12.000年前の国』から来た大使 フルシチョフに爆弾をなげつけた『ムー帝国の映画屋』白上さん」(「週刊事件実話」 昭和36年10月23日 日本文芸社 84~87頁 写真4点 地図1点)は、まづ柱で自己紹介。「沈んだ大陸をしらべて何
古草紙昭和百怪15 令和3年師走「わたしの名は霊感女給」(「週刊内外実話」昭和36年) / 令和4年睦月「一度死んでまた生きた奇蹟の記録」(「週刊事件実話」昭和36年)
「わたしの名は霊感女給」(「週刊内外実話」昭和36年) 拝み屋の話柄が続くと、提灯持かと誤解されさうですが、いつもながら大宅文庫目録に未掲ゆゑ。今回も「『予言』をうかがいにくる指名客で、彼女はついにナンバーワン。ネオン街の藤田小女姫と評判の女性の素顏は……。」と柱の文句が躍る「ここにこんな人が… わたしの名は霊感女給 ドンピシャリの予言がつくったNO1ホステス」(「週刊内外実話」昭和36年12月1
もっとみる古草紙昭和百怪14 令和3年神無月「教祖様はもと赤線業者」(「アサヒ芸能」 昭和36年)/ 霜月「瀕死の病人も生き返る不思議な靈波」(「週刊事件実話」 昭和36年)
「教祖様はもと赤線業者」(「アサヒ芸能」 昭和36年) 昭和の御宇にも八卦見や拝み屋の記事は少なくなかったものの、何せ似たり寄ったりなので、わざわざ取り上げる程の内実に乏しいのは確か。今回、超自然と色道との交錯が新味かと。「関西特信 教祖様はもと赤線業者」(「アサヒ芸能」 昭和36年4月16日 徳間書店 78~80頁 写真4点 B5判)は、柱(リード)に曰く「赤線業十年というソノ道のベテラン女性が
もっとみる古草紙昭和百怪12 令和3年水無月「吸血鬼のいる修道院」(能島武文 「笑の泉」昭和32年)/ 文月「太平洋に人魚はいるか」(須藤拳人 「実話雑誌」昭和32年)
「吸血鬼のいる修道院」(能島武文 「笑の泉」昭和32年)
前回言及「世界艶笑怪奇読本 No.6」の目次を確認すると、他に野尻抱影「女装脱獄」や都筑道夫「マルコポーロの預言」も掲載と判明しました。家蔵の生天目星涯の切抜にも、往時には稀少な吸血鬼の話柄が続くので、序に紹介。以前、帝劇の音楽劇に絡め、切抜の綴を通覧しても、家蔵の内には二つしか見付からなかった験があり、その折に触れた通り、大宅文庫目録
古草紙昭和百怪9 令和2年師走「心霊シリーズ 遊魂が受けたショック」(「週刊スリラー」昭和34年)/ 令和3年睦月「人間レーダー 藤田小女姫」(「週刊スリラー」昭和34年)
「心霊シリーズ 遊魂が受けたショック」(「週刊スリラー」昭和34年)
鮮やかな盈月に彩られた万聖節が、年に一度の洋書市に当る巡合せ。悪疫をかそけみ見送る積りも、植草日記を拾ひ読む内に翻心、最終日夕方に覗いてみました。補充がなされたのか、棚に目立つ空きが無いのも幸ひ、最近上梓に気付いたばかりのカッシング写真表紙版レ・ファニュ他、綺譚集を十冊ばかり落掌。何せ、探偵や空想科学小説に限り七十年代迄の小型
古草紙昭和百怪7 令和2年葉月「白骨が深夜すすり泣く怨靈の家」(「事件実話」昭和36年) / 菊月「迷い出た七人の亡霊」(「週刊大衆」昭和34年)
「白骨が深夜すすり泣く怨靈の家」(「事件実話」昭和36年) 昭和半ばまでの犯罪実話集には、幽霊因縁譚が混載された刊本が儘見られます。「幽靈の手引きで完全犯罪が発覚した!」との傍題を添へた「「白骨が深夜すすり泣く怨靈の家」(「事件実話」昭和36年8月2日 日本文芸社)は五件も紹介の大番振舞。内三件は現場の、一件は当事者の写真入りです。
以下、約2200字・四百字詰約6枚 図版2点