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bookwill「小さな読書会」第1回レポート「次世代のために、風景を変えていこう」ゲストキュレーター:浜田敬子さん(ジャーナリスト)


◆「bookwill 小さな読書会」とは?◆
10代の中高生、キャリアを重ねたマネジャーやリーダー、研究者など多様で他世代な女性たちが集まる読書会。7〜10人で一つのテーブルを囲み、肩書きや立場を置いてフラットに対話を楽しむ形式です。参加者は事前にゲストキュレーター指定の「テキスト」を読んだ上で参加し、感想をシェア。本をきっかけに対話を重ねていきます。https://note.com/bookwill_kuramae/n/n07b548ffd1e5



<第1回「bookwill 小さな読書会」開催概要>
2023年3月10日(金)
ゲストキュレーター:浜田敬子さん(ジャーナリスト)
テキスト:『男性中心企業の終焉』(浜田敬子著、文春新書)
 
 
 新旧のカルチャーが交差する街・蔵前を拠点に生まれたブックアトリエ「bookwill」。管理人の小安美和の好きな本や雑貨を集めたささやかな空間では、多世代女性たちが安心して参加できる紹介制の対話型読書会を開催していきます。
 アトリエオープンから2日後の2023年3月10日(金)の夜、第1回「bookwill 小さな読書会」が開催されました。
 
 記念すべき第1回のゲストキュレーターは、女性の労働問題やダイバーシティ関連の取材を続けるジャーナリストの浜田敬子さんです。大学生から上場企業社長まで、クロス世代の女性10人が集まりました。

 事前に読むテキストは浜田さんの最新著『男性中心企業の終焉』(文春新書)。世界から大きく遅れをとっている日本のジェンダー問題を解消するために、本気で動き始めた企業の事例を丹念に取材し、「失われた30年」を取り戻す打開策としてのダイバーシティ経営の実践を示した話題作です。

  著者である浜田さんに直接感想を伝え、質問をして対話をできるという贅沢な機会に、開始前からアトリエの空気はホットに。「日本企業が抱えるジェンダー問題を、すべて『私自身が通ってきた道』として読んだ」「あまりにもリアルで読み進めるのが苦しいほどだったが、ぜひ次世代にも手渡していきたい本」「ここまで書いてくださった浜田さんに感謝したい。実は私も最近こんなことがあって……」など、“自分ごと”として咀嚼し、溢れる思いを打ち明ける人が続出しました。
 読書会で参加者から寄せられた質問・感想と浜田さんの答えの一部を、抜粋してお届けします(※文中の写真と発言者に関連はありません)。

――まず驚いたのが、この本のタイトルでした。『男性中心企業の終焉』という刺激的なコピーをタイトルにした理由は? 

 実はこのタイトルは編集者がつけてくれたもので、私が企画書で提案していた仮題は『本気のダイバーシティ経営』だったんです。
 企業に取材依頼をする上ではこのくらいマイルドでないと受けてもらえないかなと思っていたのですが、原稿を一読した編集者から「浜田さんが言いたいのはこういうことではないですか?」とズバリ。本質を突かれてハッとしたのと同時に、無意識に「男性にも抵抗なく読んでもらえるように」と“わきまえていた”私自身の内面を自覚しました。「ああ、まだ癖は抜けていなかったのか」と愕然としましたね。

 20年ほど前に『AERA』で働く女性の問題を取り上げたいと思ったとき、その時代に「ダイバーシティ」や「ジェンダー」という言葉を使っても記事を書かせてもらえませんでした。
 だから、上司世代の男性にも関心を持ってもらえるように「少子化対策」や「労働問題」としてのパッケージに変えてなんとか書いてきました。それが現実的な手段であり、「針の穴に糸を通すような努力」という自負もあったのですが、結果的に問題は何も解決していません。その間に日本の競争力はどんどん遅れをとってきたんです。
 「これからはもうわきまえている場合じゃない。もっとストレートな言葉で発信しよう」という覚悟を込めたタイトルです。きっかけをくれた編集者も子育て中の女性。彼女にはとても感謝しています。

 ――ひとくちに女性と言っても、いろんな立場や事情がある。女性同士で議論することがそもそも難しいなと感じることがあります。 

 よく分かります。私自身もそうでしたが、1990年代に総合職で入社した世代の女性たちの多くは、「あなたたちは恵まれているんだから、少々の不満があっても我慢しなさい」という空気を感じてきたのではないでしょうか。
 正社員にもなれた、結婚後も仕事を続けられる、その上さらに『子育ても』なんて贅沢を言うな――そんな無言の圧力を感じていました。それは男性からだけでなく、同性の女性たちからも向けられていたように私は思います。

 このように、女性たちはいつも分断しがちです。正社員と非正規社員、既婚とシングル、子どもいる・いないなど、その生き方や働き方の多様性ゆえに分断しがちなのです。でも、女性たちの間で対立する前に、冷静になって考えてみませんか。「私たちはなぜ分断させられたのか」と。女性同士の分断によって得をしてきたのは誰なのか。おそらく男性たちなんです。

 女性がリーダーになるべき理由の一つは、「分断を解消するため」だと私は思います。複雑な雇用形態で働く女性たちの連帯をいかにつくっていくか、もっといえば女性に不利益な状態をどう解消していくかは、『AERA』編集部で初めて管理職になった頃から、私にとっても常に重要な課題でした。ダイバーシティ経営の先進企業のケースから学びたいと思い、取材を重ねています。

 ――私の会社では女性マネジャーは圧倒的なマイノリティです。私自身も家庭の事情で働き方を変えざるを得ないときに降格を経験し、無力感を抱くことがあります。 

 「妊娠しただけで降格した」といった事例は、残念ですがいまだになくなりません。表に出るのは氷山の一角で、苦しんでいる女性はたくさんいます。 
 ではどうしたら変えていけるのか?と考えたとき、私は「男性がつくった仕組みを改善する」よりも「まったく新しい仕組みをつくる」ほうが早いと感じます。
 女性だけの問題ではなく男性にとっても働きやすくパフォーマンスを出しやすい策として、新しいモデルをつくっていく。コロナ禍で一気に浸透したリモートワークが分かりやすい例ですね。

 柔軟な働き方の導入によって、従来は「働く時間や場所の制限があって成果を出しにくい」と思われていた人たちの生産性が上がり、企業の業績にも貢献できる。事情のある人のための特別な制度では、いつも「事情がある人」は肩身の狭い思いをしなければなりません。
 誰もが働きやすい環境を整えることで、男性に対する採用力も上がる。そんな効果に気づいた企業から少しずつ変わり始めています。
 いろいろな企業や自治体で講演活動をしていると、成長戦略として積極的にダイバーシティ経営に舵を切った企業とまったく手付かずの企業とに、二極化していると感じます。

――投資家の目も厳しくなり、女性役員登用を進める企業も増えてきました。「実力を伴わない女性を登用していいのか」という批判もありますが、議論が始まること自体に意義があると感じます。一方で、「なぜ女性登用のときだけ『ふさわしいのか』と厳しい目にさらされるの?」という疑問も湧きます。 

 おっしゃるとおりですね。経営者が女性登用に関してどれくらい本気かどうかは、30分くらい話すと分かります。
 本気だなと思ったのは、富士通の執行役員常務CHROの平松浩樹さんです。同社はオープン社内公募で管理職登用を進める制度を導入したのですが、その中で入社2年目の女性を課長職に登用したそうです。
 理由を平松さんに聞いたところ、「ポストにふさわしい能力が一番あるのが彼女だったからです」という至極真っ当な答えが返ってきました。聞けば、平松さん自身が新人時代に子会社出向するなどの経験があったとか。当時の経験に基づいて、「多様な視点が組織には必要」という実感をお持ちだったのかもしれません。

 経験がなければ意識は変えられないかといえば、そんなこともないのです。本にも取り上げている愛知県瀬戸市のトラック運輸会社・大橋運輸の鍋島洋行社長の言葉、「人の意識を一気に変えることは難しい。でも知識を高めることで、意識を高めることはできます」を全経営者に贈りたいですね。
 そして、意識を高めるための知識を伝える一助として、私も発信を続けていきたいと思っています。 

――日本の中だけでビジネスを成り立たせているうちには、ダイバーシティやエクイティ(公平性)に対して本気になれないのでは? 日本の経営者はまだ危機感が薄いと感じます。  

 これからの推進力のカギは、外的環境の急激な変化でしょう。気候変動と同じことがジェンダーに起きるだろうと私は感じています。
 EUは2026年までに全上場企業に対して取締役の少ない方の性、これはたいてい女性ですが、その比率を社外取締役40%以上、社内からの取締役登用33%以上の基準に達するように求めています。
 こうした姿勢はEU圏内に留まらず、取引先やプライチェーンの海外企業にも波及するはずです。つまり、世界でビジネスをするためにダイバーシティは必須条件となる流れがある。これは不可逆だと思います。 

 同時に、国内の環境変化も急速に進んでいます。
 東京のホワイトカラー中心企業ではあまり実感しづらいのですが、地方の人手不足は深刻です。特に、労働集約型の建設・介護・農業といった分野では、すでに外国人の方に頼っています。変化の起点になるのは、東京よりも地方ではないかと予測しています。 

 
 対話の熱は冷めることなく、あっという間に夜も更け……。締めくくりとして、最年少参加者の大学3年生に今日の感想をお願いしました。

「同世代の女の子と話していると、ジェンダーギャップに対して結構保守的な反応が少なくないんです。『先輩方のおかげでジェンダーギャップを解消する法律や制度は整備されているし、身近で“明らかな差別”を見聞きすることもない。正直、『これ以上、変えようとしなくてもいいんじゃない?』というムードはある気がします。ただし、優秀で感度の高い学生ほど、日本で就職する道を選ばず、海外で働く選択肢を検討しているのも事実。私もこの夏にアメリカに留学予定ですが、就職のプランは未定です。日本は大好きなので、若い世代も魅力を感じる環境であってほしいなと願っています。私も自分でできるアクションを起こしていきたいです」 

 アトリエの空間を包む温かい拍手。そして、浜田さんから最後に一言。

「今日の読書会で皆さんの体験もシェアしていただき、日本のジェンダー問題の根深さを実感しました。でも同時に、こうして思いを共有することが、次世代の風景を変える一歩につながるという希望も持てました。風景を変えるのは大変です。でも、風景は一度変えてみると、その風景が次の“当たり前”になっていきます。実際、私が『AERA』創刊以来初の女性編集長になって以後、次もその次も、女性の編集長就任が続きました。風景は変わるんです。だから、風景を変えてみる一歩を踏み出していきましょう」  


 ブックキュレーターのバトンは、ポーラ社長の及川美紀さんへと渡されました。第2回の「bookwill 小さな読書会」のレポートもどうぞお楽しみに。

   

次の記事では、浜田敬子さんがセレクトした「次世代に伝えたい5冊」を紹介します。 


まとめ/宮本恵理子