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昭和の香りを感じるエッセイ「父の詫び状」

「これは…自分が好きな本だ」

本が売れない時代です。売れない本は処分するしかありません。それは例え古本屋であったとしても。

しかし今日、店主は売れ残った一冊の本を開いてしまいました。100円でも売れない本に未練を感じてしまったのです。その本は45年前に発売された本にも関わらず、手にとって読むとやっぱり面白い。自分が好きなタイプの本でした。

今日店主が読んだ本は「父の詫び状」という向田邦子さんが書いたエッセイです。この本は昭和の香りを漂わせる懐かしい本。癇癪持ちの父親と何処か抜けたお母さん、そして問題を起こす4兄弟。そんな昭和のよくある家族の美しい姿を、向田邦子さんが独特の感性でえがきます。

この本のどこに魅力を感じたかというと、まず最初に難しい漢字や言葉が少し含まれる文章です。難しい表現が多すぎると読みずらいのですが、全く入っていないと逆につまらない。文豪が書くエッセイとは違い、この本の難しさはちょうどいいのです。

そしてドラマの脚本を書かれている向田邦子さんだけあって、人間を表現する文章が素晴らしい。ひとりひとりの登場人物の息遣いを感じます。しかもこの本の素晴らしさはそれだけでなく、昭和の風景が頭の中に浮かびます。セットと役者が頭の中でそろい踏み。この立体感が素晴らしい。

また、林真理子さんのエッセイのように伏線回収を目立たせるような文章ではなく、静かに読者に気づかせないように回収する伏線。このお上品さに惚れました。しかも、最初の表題となるエッセイは伏線回収をタイトルでやってしまうという大胆さも併せ持つ。益々に惚れてしまいます。

そして更にあちこちに話が飛ぶところもあるのですが、星野源さんのエッセイのように話と話の間に「ところで…」という切れ目はなく、自然と当たり前のように場面が変わっていく。それなのに話はつながっている。読者に「これから場面が変わりますよー」という前振りがほとんどないのです。

そしてクスっと笑わせてくれるユーモアも効いている。笑わせるというのは簡単なようで難しい。お笑い芸人の下積みが長いのを見ればわかります。なのに、45年前に書かれた本なのに、どうしても笑みがこぼれてしまう。悔しくて店主は黒柳徹子さんの面白エピソードを何度も見返しました。自分もその技が欲しいのです。

とまあ、個人的に感じた魅力を次々と書いてしまいましたが、最後にふと「若い人がこの本を読んだらどう感じるだろう?」という疑問が頭に浮かびました。50代以上の人であればこの昭和感をリアルにイメージできると思いますが、もしリアルの昭和を全く知らない10代、20代の若者がこの本を読んでも「懐かしい」と思うのでしょうか?亭主関白で、家族に謝ることができなくて、詫び状をしたためてしまうしまうお父さん。その父親像を想像することができるのかな…ぜひ感想を聞いてみたいと思いました。

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