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レティシア書房店長日誌

トマス・エスペダル「歩くこと」

本作は、ノルウェイを代表する作家トマス・エスペダルが2006年に出しました。日本語版のサブタイトルに「飼いならされずに詩的な人生を生きる術」とある様に、街中を、山道を、一人であるいは仲間と歩いて、歩いて、感覚を研ぎ澄まして、主人公が思索を深める作品です。翻訳を担当した枇谷玲子は、本作をこう書いています。
「歩くこと、作家として生きること、愛、芸術、詩、自然について、紀行、自伝、エッセイ、手紙、日記といった複数のジャンルの境界線を徒歩旅行するかのように自由かつ軽やかに行き来しながら書かれた、新しく実験的で独創的な小説だ。」


「小説」と明確に書かれていますが、フィクション、自伝みたいなもの、エッセイなどが互いに織り込まれ、いわゆる筋を追いかけるとは違います。

妻子と別れ、恋人にも捨てられ、数日間浴びるように酒を飲み続けた男が、近所の道を歩いていた時に、感じた幸福感。
「心の内に、温かで、無邪気な高ぶりを感じていた。思考は再び蘇り、愚鈍さを失っていた。完全なる身体的体験をし、思考が研ぎ澄まされた私は再び歩き出した。」
様々な場所をひたすら歩き続ける行為の中に、古今東西の作家や思想家たちの言葉が入り込みます。
哲学者キルケゴールのこんな文章を作者は選んでいます。
「歩きたいという欲求だけは失うな。私は毎日、歩くことで、健康になっていき、あらゆる病が縁遠くなっていった。歩くことで私は、最良の思考に行き着いた。重すぎて、立ち去れないような思想とは無縁になった。じっとしていると、心が蝕まれていく........。なので、歩くことをやめさえしなければ、全てが順風満帆なのだ。」

正直いって、読み上げるまでにかなりの時間が必要でした。ちょっと読んでは休み、しばらく日が経ってまた読み始め、また止める。まるでどこか目的地に向かって歩き、休憩するような感じで読みました。作者のロングトレイルを、ちょっとずつ追いかけていくのが面白くて、退屈だからもういいやという気分にはなりませんでした。

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