酔夢 7 私の、心からの祈り(後編)
そこは人の手で整えられた広い空間だった。階段からまっすぐに石畳が敷かれ、その先に木造の建築物がある。
石畳をしばらく行くと、並び立つ灯籠、それから向かい合った二対の像が私を出迎える。像がかたどるのは狐でも狛犬でもない。狼だ。イラの礼拝堂のステンドグラスに描かれた白狼とよく似た姿の狼たちが、見張るように訪問者を見下ろしている。
彼らはすんなりと通してくれた。
「おかえり」と、いわれた気がした。
私は建物の前で立ち止まる。ほんの数段の階段が導く先、拝殿は扉に閉ざされている。隠れて見えないけれど、拝殿の奥には祭神の坐すべき本殿があるはずだ。
祭神の名は、大口真神。
伊良の民を守護する白き狼。そして、私の――
「里帰りした気分はいかがかしら?」
神社の静謐を、少女の声が打ち払った。私は声のほうを振りかえった。
境内の脇、注連縄の巻かれた大きな岩がある。そのうえに少女が腰掛けて、ぶらぶらと足を揺らしていた。長い髪も、その瞳も、着ているワンピースも、何もかもが漆黒で統一されているなかで、小さな頭にのせられた花冠だけが色鮮やかに映えている。
異様だった。明らかに場違いな姿をしているのに、ごく自然にそこにいる。彼女がそこにいるのは当たり前だと私の魂が告げている。それが異様だ。
「あなた、誰?」
「わたしはわたし。あなたはあなた。名前なんて無意味なことよ。……なんて、胡散臭いセリフで煙に巻くのはなしよね」
少女はぴょんと飛び下りた。ゆっくりと、こっちに歩いてくる。
「私はエル。夢世をとびまわる一羽の鳥。本来はあなたたちを見守ることしかできない、寂しくて弱い存在なの。怖がらないでちょうだいね」
「エル……」
私は繰り返した。その響きに、確信に近い予感を抱く。
「まさか、あなた…… 繧ィ繝ォ繧「繧コ繝ォ讒� なの?」
「しぃー……」エルは唇に人差し指をあて、半月状に笑った。「そう呼ばれることもあるけどね。あなたの世界では大切な名前だから、あんまり口にしない方がいいわ。色々なことが歪んでしまうから」
私は戸惑いに眉をしかめる。煙に巻くのはなし、なんていいながら、エルの言葉はよくわからなかった。ただ、とにかく頷いた。
「ねえ、里帰りって、どういう意味?」私はきいた。
「そのままの意味」エルはゆっくりと私の周りを歩きはじめる。「ここはイラの民たちの……そしてあなた自身の、魂の記憶。遥か遠い東の地の、古い姿を留めた神域よ。自分でも気付いているんでしょう?」
「神域? ここが……」
「入り口は閉ざされていたはずなんだけれど。きっと誰かの祈りが届いたのね。それを受け取ったまた別の誰かさんが、こうして願いを叶えた」
エルは立ち止まり、私に振り向いた。
「さあ。あなたはどうするの?」
「どうする……って……」
「あなたはこのまま、懐かしい故郷に還ることもできる」エルの顔から笑みが消えた。「冬のつらい寒さから逃れ、春のぬくもりに抱かれて眠る。この森はそういう物語も許してくれるわ。あなたが望むならね」
「……」
やっぱり煙に巻こうとしてる気しかしない言い方だ。それでも何となく、彼女が何をいいたいのかは伝わってくる。
私は彼女から視線を外し、境内を見回した。
静かな森に囲まれた神の領域。この常春の園にずっといられたなら、きっと心穏やかでいられるのだろう。凍えるような苦しみを知らずにいられるのだろう。でも。
「あなたのいうこと、よくわかんないけどさ」
私はエルに視線を戻した。
「私の故郷はイラの村だよ。私を拾って育ててくれたみんながいる場所。帰るんだったらあそこって、私は決めてる」
「……」
エルはじっと私を見つめた。やがて目を閉じて、諦めたように微笑んだ。
「そうよね。きっとそういうと思ってたわ」
ふたたび目を開く。
ぽっかりと空いた闇のような瞳。私はそこに哀しみの色を見た。
さわさわと、くすぐるような風が吹く。少女の長い黒髪が、私の方へ流れてくる。
「ならせめて、祈らせてちょうだいね。あなたの決断が、他の誰でもない、あなた自身を救うものであることを。わたしには、それしか出来ないから――」
問い返すことはできなかった。ひときわ強い風が吹いて、どこかから無数の花びらを運んできた。エルの姿はそのなかに埋もれていった。
私は腕をひさしに、それでも耐えられずに目をつむる。
風がやんだ。
目を開けたとき……そこは元の白き森だった。黒尽くめの少女の姿もなかった。
「……夢、だったのかな」
いつの間にか夜になっていた。木々の隙間から月光が降り注いで、積雪を煌めかせている。暖かい春の気配なんて、鼻の奥に残った仄かな花の香りしかなかった。
それさえも、儚く消えてしまった。
私の鼻は、もっと別のにおいを捉えていた。春のものでも、冬のものですらない。ひりつくような厭な気配のするにおい。
それは村のほうから流れていた。
「……なに。これ」
私は衝き動かされるように走り出す。
何度も雪に足をとられた。少しでも油断したら転びそうだったけれど、速度を緩めることはしなかった。
村に近付くにつれ、臭いも濃くなる。
それは煙の臭いだった。
こんなに寒い夜だ。火を焚いたって不思議なことは何もない。でもこんな森の奥にまで届くくらいに? そして煙のなかに混じった、薪や油とは異なる生々しい臭いは?
私は自分の問いを置き去りにするように、全力で走った。心臓が暴れ、寒さを忘れた。運動のせいばかりではない。
森を抜けた。
イラの村が焼けていた。
私は立ち尽くした。
村中の家が、真っ黒に崩れ落ちていた。私の住む教会も焼けていた。火は燻る程度で、月の明かり以上に夜を照らせるものではない。でもそれは時間が経って弱まったからだということは、建物の崩れ具合から見て取れた。
あちこちで雪がとけ、ぬかるんだ地面が露わになっている。
そして私の目は……、
辺り一面に横たわる死体の群れに気付いてしまった。
焼けた死体。血を流す死体。
魔物の死体。人間の死体。
見知った人たちの死体。
村長。スミスお爺さん。アンおばさん。ケイトちゃん。黒焦げの死体。ロジャー兄さん。フランクおじさん。ジェマ姉さん。シドニーくん。黒焦げの死体。ケリーお婆さん。グリアおばさんとチャーリーくん。黒焦げの死体。ぐちゃぐちゃの死体。スティーブ兄さんにエドワード兄さん。ヒューくんとアルマちゃん。黒焦げの大人の死体と黒焦げの赤ん坊の死体。ぐちゃぐちゃの死体。黒焦げの死体。死体。死体。死体、死体、死体、死体死体死体死体死体死体死体死体死体――!
私は口元を手で覆った。
これ以上、この場の空気を吸ってはいけない。吸えば私のなかのすべてを吐き出してしまう。だから私は私を停めた。永遠にそうしていたいくらいだった。
でも現実は、そんな私に頓着してくれない。
声が聞こえてきた。意識とは裏腹に、私は耳を澄ませていた。
「何たることだ。二百からなる我が下僕どもが、たった十匹ばかりしか残っていないとはな」
広場のほうからだ。おそるおそる視線をむける。
大きな焚火が熾されていた。その逆光に照らされ、ローブを纏った人間の影が夜に浮かび上がる。そいつが声の主だ。顔は影になっていてわからないけど、声からすると若い男のようだった。男の周囲では、いくつかの小さな影が蠢いている。たぶんゴブリンだ。奴らが何をしているのかはよく見えなかった。
「よもや十体のアビスオークが全滅するなど……猊下の仰るとおりだったな。敵ながら畏怖すべき狼たちだった。貴様ら、心を込めて喰らうのだぞ」
ギィ、と醜い声が返った。
焚火の光に目が慣れてきた。ゴブリンが何をしているのか、私は否応もなく知ることとなった。
彼らはてんでに武器を振り下ろし、死体を切り刻んでいたのだった。猟師がするのとは全然ちがう、辱めることが目当てとしか思えない粗雑なやり方だ。そうして細かく刻んだ死肉を、嬉々として口に運んでいく。
そして私は……、
私は、
気付いてしまった。
彼らが食べているのが誰の肉なのかを。
小鬼にのしかかられて。体を腹から削り取られて。
虚ろな瞳を閉じもせず横たわっていたのは、
母さんと。ブラッドおじさんだった。
「ぁ……あ。あぁ。ぁぁぁああ」
私の喉が勝手に震えた。
なんの言葉にもならない、なんの意味もなさない、けれど魂の底からの呻き声。
体全体を裏返そうとするような嘔吐きすらも抑え込んで、私はそれだけを吐き出した。
理性なんて吹き飛んでいた。
その声を彼らが聞き逃してくれるはずもなく、
ローブの男とゴブリンたちが、一斉にこっちを見た。
「ふん。生き残りか」
男はそういって、体を私のほうに向ける。
「絶望に震えているようだな。生娘ならば極上の贄となりそうだ。《モアブの娘》に召し上げるのも良い。お前たち、程々に痛めつけてこい」
男が腕を伸ばした。ゴブリンたちが立ち上がった。
私は後ずさることすらできなかった。
ゴブリンたちが走り出す。目の前まで迫ってくる。私はようやく逃げ出すが、遅かった。
背中と肩に衝撃。うつ伏せに倒れる。痛みが遅れてやってくる。殴られ、蹴られ、斬られ、突かれ、地面を転がされて、土に汚れた雪にまみれた。自分の顔を濡らしているのが何なのか、私には全然わからなかった。
「やめよゴブリンども。その塩梅がちょうどいい」
暴虐が止んだ。
私は身も心もぐちゃぐちゃになっていた。
「うぐっ、えっ……かは、がへっ」
血と吐瀉物を吐き出し、空気とともに土を噛んだ。その感触が、僅かなりとも考える余裕を与えてくれた。
「こ、きゅう……戦うための……しなきゃ……」
おじさんの教えを思い出す。思考。動作。決断。それらを合わせるリズムの刻み方。
歯を噛み合わせ、その隙間から呼吸する。喉をこするように。獣みたいに。
戦え。戦うんだ。獣は戦う事しか考えない。おじさんの死に顔のことなんか思い浮かべない。全身に血を巡らせなくちゃ。一秒でも早く……。
だめだ。傷口から血が流れてしまっている。まずこれを塞がなくちゃいけない。大丈夫、傷を癒すための祈りは母さんに教えてもらった。眼を閉じて、両手を組んで、光の粒を拾い集める様を思い描けばいい。母さんがそういってた。母さんが。
「おじさん……かあさん……!」
大切な人たちの想い出に、虚ろな瞳が重なる。
私はその幻影を振り払おうと、自分で心を振りまわし、意志をかき混ぜる。
戦わなきゃ。
呼吸しなきゃ。
治さなきゃ。
祈らなきゃ。
意志のすべてを、体がこなそうとする。
私は祈りながら、獣の呼吸をした。
光の霊力が血脈をめぐり、癒しの力が全身を満たす。溢れんばかりの霊力は超過治癒を引き起こし、私の骨や筋肉の密度を尋常ならざるものへ変質させる。
傷は治った。
あとは、戦うだけだ。
私は立ち上がる。驚きに目を丸くしたゴブリンの顔。殴り砕いてやろう、そう決めたときには殴り、砕いていた。肉片と眼球と骨片と血飛沫と脳漿が夜に飛び散るのがよく見えた。思ったとおりに体が動く。これなら殺せる。そう思った。
拳で殴る。脚で蹴る。爪で裂く。頭で砕く。そうやって目についた端から殺していく。魔物たちから恐怖と怯えの臭いが漂ってくる。
そうか。お前たちも死ぬのは怖いのか。殺されるのに怯えているのか。
ふざけるなよ。魂の底から、冷たい怒りが湧いてくる。
赤肌のゴブリンが剣で突いてきた。私は腹で受けた。痛いけど、治るから別にいい。そいつの首を掴み、頭を三発殴って砕いた。
私は刺さった剣を抜き、振りまわした。剣の扱いを習ったことはないけれど、全力で、思うとおりに動かせる体はそれだけで強みだ。残ったゴブリンたちの首を、斬るというより叩き砕いた。剣は半ばから折れた。
離れた場所で、ローブの男がなにかを唱えている。私にとっては意味のない言葉だから聞こえなかった。私は折れた剣をまっすぐに投げた。喉元に刺さった。私はそれを追うようにして男に跳びかかった。血泡を噴く男を押し倒し、振り上げた拳を顔面に叩きつけた。また振り上げ、叩きつけた。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
気がつくと、息をしているのは私だけだった。
肩を上下させ、息を整える。男の顔面は形を失い、血肉の染みみたいになっていた。私は自分の両手を見た。
真っ赤だった。
――私がやったのか。この男を。
私が、殺したんだ。
「うあ、あ……っ!?」
思わず飛びのいた。冷えきった体に厭な熱が満ちた。
ついさっきまで暴れていた自分。その記憶が追いついてきて、私の頭をかき乱した。魔物も、人も、殺すのなんて初めてだったのに、その実感は全然ない。
あれは本当に私だったのだろうか。
わからない。恐怖、興奮、罪悪感、いろいろな感情がいっぺんに押し寄せてきて、なにも考えが纏まらなかった。
確かなことは、あのままでは私が殺されていたかもしれないこと。
そしてこいつらが、みんなを殺したということだけだ。
「みん……な……」
私はへたりこんだまま、救いを求めるように周りを見回した。
村中に散らばるみんなの死体。
そして焚火の近くの、母さんとおじさんの死体。
息をしているのは、私だけ。
「うう……う……ううぅぅぅ……!」
嗚咽が漏れた。あるべき感情が、ようやく追いついてきた。
いま、私をぐらつかせているすべてのものは、きっと細波に過ぎない。やがてきっと大波がくる。私の魂を粉微塵に打ち砕くために。
私はすがりつくものを無意識に求めた。
目を閉じて、思い出す。みんなとの想い出。大切な人たちの言葉。どうとも思っていなかった、他愛もない生活の一部。
『だってレイチェルったら、起きてるうちに抱こうとしても、ぜったい逃げるじゃないですか』
『あったかいんですもの、あなた。あなたこそ、ひとりで寝るよりあったかかったでしょう? 最近寒いですし』
『まあ。口のわるい子ですね。言葉遣いはちゃんとしないと、神様に叱られますよ』
『スミス爺さんが傷を痛がってる。朝からすまんが、診てやってくれるか』
『もちろんですけど、スミスさん、お酒呑もうとしてませんか?』
『してるな。痛み止めだとか』
『いけませんよ、私を差し置いて朝呑みなんて。薬の効きも悪くなります。呑むなら私と一緒にねって 險縺」縺ヲ縺上□縺輔>』
「え?」
思わず目を開けた。
なんだろう。あのとき母さんがいった言葉を、思い出せない。
忘れてしまった……っていうのは、何かちがう。それはわかる。いま、目の前で言葉がほどけていくのを見たかのような、そんな感覚。
ざわざわと焦燥感が湧いてくる。
もう一度、目を閉じる。思い出す。母さんに抱かれて目覚めた朝。そう、確か……。
『スミス爺さんが傷を痛がってる。朝からすまんが、診てやってくれるか』
『もちろんですけど、 繧ケ繝溘せ縺輔s縲√♀驟貞荘繧ゅ≧ としてませんか?』
『してるな。 逞帙∩豁「繧� だとか』
『いけませんよ、私を差し 鄂ョ縺�※譛晏荘縺ソ縺ェ繧薙※縲り脈縺ョ蜉ケ縺阪b 悪くなります。呑むなら 遘√→荳邱偵↓縺ュ縺」縺ヲ險縺」縺ヲ縺上□縺輔>』
おかしい。どんどん言葉が欠けていく。ほんの一瞬前には思い出せた言葉まで。
初めて感じるほどの寒々しさに、私は肩を抱いた。
強く目を閉じて、思考の闇を駆けまわる。想い出の言葉を見つけるために。
『要するに、素早く的確な 蛻、譁ュ縺後〒縺阪k鬆ュ閼ウ縺ィ縲∫エ�譌ゥ縺冗噪遒コ縺ェ 動作ができる肉体。このふたつを持っている奴ほど強いということだ。防御だけでなく、攻撃でも同じだ。だから 菫コ縺ッ驥崎ヲ悶☆繧�』
『無駄じゃないし、下らない悩みなんか 縺薙�荳悶↓縺ェ縺� よ。たしかに生産的な悩みじゃないけどね。でもそうやって悩むのは、 縺ゅs縺溘′謌宣聞縺励◆險シ縺�縺九i』
どうして。どうしてなの。見つけた想い出が、言葉が、どんどん私の前でほどけていく。忘却の闇のなかへ消えていく。みんなの顔さえ思い出せなくなっていく!
私は震え、涙を流した。大切なものがなくなっていくのに何もできない。不甲斐なくて、辛くて、悲しかった。
そんな私を、誰かが哀れんでくれたのだろうか。
この身に起きていることは何なのか。その答えが、自然と浮かび上がってきた。
それは祝福であり、呪い。
記憶のみなもとである霊魂を強く揺さぶり起こすことで得た、神力という名の祝福。
人間の身には大きすぎる神の光を脳髄に巡らせたことによる、代償という名の呪い。
私は死した人の想い出を覚えていられなくなっていた。
母さんがいた。おじさんがいた。イラという村に住むみんながいた。そういう「事実」は思い出せる。でもみんなの顔や、言葉や、一緒に過ごして抱いた気持ち……そういうものが、思い出せない。
母さんが抱き締めてくれたときの、あの温かさも。
おじさんが褒めてくれたときの、あの嬉しさも。
なにもかも、私のすぐ目の前で失われていく。そして失われてしまったという感覚だけは残り、冷酷に突き付けてくる。大切な人たちとの、大切な想い出を忘れてしまったのだという、その事実を。
けだものになってしまった私の罪を。
「いやだ……いやだ! そんなの、やだあ!」
私は叫んだ。失くしたくない想い出を掴もうとした。けれども私が手をのばすと、それらは触れた瞬間に消えてしまうのだ。まるで溶けゆく雪のように。
『むむ、バレてましたか。そういうとこばっかり目聡いんだから』母さんは 閧ゥ繧堤ォヲ繧√∝峅繧企。斐〒隨代▲縺溘�
『俺の 謌ヲ縺�婿縺ァ もっとも重要なのは 縲朱�ュ縺ィ菴薙�騾溘&縲� だ。まずそれを頭に叩き込め』
『それでね、思ったんだ。縺薙�縺ャ縺上b繧翫′閻輔�荳ュ縺ォ縺ゅk のは、『善く生きなさい』って 謨吶∴繧貞ョ医l縺溘°繧峨らァ√′縺昴≧蝨ィ繧後k縺九←縺�° 、逾樊ァ倥′隕九※縺上l縺ヲ縺溘s縺�縲� 神様は死んだりしないんだ 縺」縺ヲ縲ら樟螳溘�菴輔′縺ゥ縺�〒縺ゅl縲√◎縺�ソ。縺倥k縺薙→縺ォ縺励◆縺ョ』
「神様は、死んだりしない」
その言葉は、不思議にしんと心に沁みこんだ。
あのときは何となく聞き流していた言葉。それがいま、私の手のなかで確かな光を放っていた。
私はそれを信じることにした。詭弁でもいいから従ってみようと、そう思った。
立ち上がり、走り出す。あちこちでつんのめりながら、村人たちの骸の隙間を縫って、半ばまで焼け落ちた建物へ向かった。
礼拝堂。私と母さんが住んでいた場所。神様に祈るための場所。
崩れかけた両開きの扉を引き倒し、なかに駆け込む。崩落した屋根や梁があちこちに散らばっていた。
私はそのひとつに足を取られ、倒れた。
両手で体を引きずり、前へ進む。
真ん中から折れた祭壇。その向こう側に、白狼様と天狼の勇者を描いたステンドグラス。無残に割れて、白狼様の首から上はなくなっていた。月光を透したその姿は、それでもなお、美しかった。
私は跪き、血塗れの両手を祈りの形に組んだ。
見様見真似だ。母さんが祈るとき、よくこうしていたはずだった。その姿も、光の影のようになってしまって朧だけれど。
生まれて初めて、神様に心からの祈りを捧げようと思った。
「神様。私の神様。どうか私をお導きください」
『より正しい道、より誤りの少ない選択肢を求めるのは当然だ。だがどんな決断も、然るべき時に下せなければただの幻に過ぎん。実行できない完全な正しさよりも、実行できる不完全な正しさの方が役に立つ。そんな時もある』
聞こえる。ちゃんと聞こえる。神様の声が。
礼拝堂が崩れても、ステンドグラスが割れてしまっても。神様の言葉はほどけていない。当たり前だ。神様は死んだりしないんだから。
私は、そう信じることにしたのだから。
『でもまあ、いいでしょう。最近あなた頑張ってるものね。頑張った後は、好きなことしてぐっすり休みなさい』
「はい、そのように致します」
神様の言葉にそう応えた。これも見様見真似だ。誰かの光の影がそういっていた。
『まあ。口のわるい子ですね。言葉遣いはちゃんとしないと、神様に叱られますよ』
「はい、そのように致します」
『お前のなりたいものになれ、と言ってるだろうが、本音では教会の仕事を継いでほしいと思ってるはずだ。あいつの両親から継いだ仕事をな』
「はい、そのように致します」
『本気で冒険者になりたいんなら、躊躇せず目指せばいい。ただ、俺やリアがどんなことを思っているのかってことくらいは、想像してみてくれ』
「はい、そのように致します……!」
私は祈る。神様に祈りつづける。
決して死んだりしない存在に、失くしたくない大切な言葉と、想い出をあずけて。
この世界で私しか信じていない、私の神様をつくりあげる。
その小さな背中を、私……私は……大人になった修道女は、礼拝堂の入り口に立ち、ただ見つめていた。
この酔夢の微睡みのなかで、私にできることはそれしかなかった。
肉体と魂の境界が曖昧になる世界。ここにいる間だけ、私は私の神様の本当の姿を知る。私の信仰の正体を思い知る。
教会の壁が、床が、光の粒となって昇り始めた。
朝が近い。酔いが醒め、夢が覚めようとしているのだろう。
目覚めるまでに、私は決めなければならない。
クリスをどうするのか。無辜の人々を殺戮しようと決めてしまった魔霊術師をどうするのか。イラのみんなを覚えてくれているただひとりの人間をどうするのか。
私の大事な友達を、どうするのか。
私はゆっくりと歩き進んだ。
ほどけてゆく教会の壁際に、たくさんの光の影が並んだ。
イラのみんな。先生。クリスの両親。牝鹿のようなあのひと。
冒険者となってから関わった人たち。私が守れなかった人たち。私が殺してしまった人たち。
みんな私のなかにいる。
祈りつづける少女の後ろに、修道女は立つ。
目の前には、大きさの違うふたつの光の影。
懐かしくて、愛おしい、私の神様。
もはや教会の景色は消えて、そこは夜の静けき森だった。
私の魂の故郷。
そこに帰れば、やわらかな光の影が言葉を伝えてくれる。
私の魂に刻まれた言葉を。
決して忘れてはならない、大切な言葉を。
『大いに迷いなさい。迷い、考え続けなさい。あなたが善く生きたいと思うなら、考えることを止めてはなりません』
『人は愚かだ。人が人で在る限り、完全なる理に則った行動など生み出せはしない。しかし一つの理もなき行動も、また生まれはしない。少なくとも、善く生きようとするお前の中からは決して生まれん』
『善く迷い、善く考え、善く生きようとするあなたが決めたことならば、たとえそれが何かを傷つけるとしても、必ず何かを救えるはずです。人が生きることはそれの繰り返しなのです。だから』
『だから、決断を躊躇するな』
『そして一度決めたならば、もう迷うな。決断の実行を躊躇するな。お前が信じると決めた道ならば』
『まっすぐ、まっすぐ、まっすぐに歩いていきなさい』
『『気高く愛しい、【白狼の子】よ』』
「うん。そうする」
夢は覚めた。
レイチェルは目をあけた。
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