見出し画像

とりとめのないこと2022/08/26-29

僕は物を大事にする。
特に仕事道具と文房具、それから本。

物へのこだわり方は人それぞれあるだろう。

万年筆へのこだわりを以前書いた。

実はノートにもかなりのこだわりがある。
今度書いてみようと思う。

物を大事にする。
手入れをしっかりして、いつでも使える、取り出せるようにしておく。
頭も心もスッキリする。
他の人の大事な物、大事にしている物にも──共感できずとも──尊重せねば。
簡単に真新しい物が手に入る今の世の中では、共感できないものは同化を強制するか排除しようとする。今に始まったことではないが、顕著でもある。
極端な例は戦争や民族弾圧などだろうけれど。

さて、仕事道具は── 当たり前の話でもあるが──値段によらず手入れする。
あまり普段は使わないかんなのみも必ずぐ。
鉋台も自分で調整し、玄翁げんのう(かなづち)の柄もそうする。

鉋(かんな)土台に刃をおさめたところ

むしろ壊れかける頻度でいうなら、電動工具の調整と手入れ、修理の方が多い。
大抵、自分でなんとかする。

思い入れある道具の一部

1番磨耗するのは雨の日施工をするときで泥と水で傷む。修理してもダメになることもある。最悪、数万円が飛ぶ。

さしがね(くの字の金属製物差し)、鉛筆すら多分躊躇ちゅうちょする。
刃物は絶対貸さない。
見習いの悠太仮称君には少しずつ自分の物を揃えていかせている。悠太に貸す時も、扱いにはかなり念を押す。

あるとき、2週間ほど先輩に頼まれて応援に行った現場で、他業種の職人さんから、「大工さんちょっとインパクトとタッカーかして」と電動工具を貸して欲しいと頼まれた。

最近購入した40V makitaのインパクトTD001G

ケチだと思われるかもしれないけれど、僕はインパクト(電動ドライバー)もタッカー(電動ホッチキスのようなもの)も、仕事で使う道具を貸すことは絶対に嫌だ。
それで、僕は渋っていた。
すると、「ケチだなー笑」と笑いながら言われ、僕は愛想笑いしながら
断った。

愛想笑いしながら、というのは一応先輩の面子もあるだろうから、と考えてしまうから。
僕はなんだかんだで物腰柔らかくしておきたい、というのが働いてしまう。
親父だったら、多分無言で貸さなかっただろうな。

古いものは特に大事にするし、本やノート類、作業場、施工現場も整理整頓して床に何か置きっ放しという状態が我慢できない。

つまり、かなり細かい。

本は合わない内容や文体であれど売ったりしないし、滅多に人に貸さない。
ただし、子ども向けの本は子どもたちに貸し出す。
それでも貸すとき、決まりごとを守るように言う。
丁寧に扱うこと、ページを折ったりしないこと、表紙を汚さないこと、物を食べながら読まないこと、などなど。

帯もとても大事にする。
帯は印刷された年の風潮を表していることもあるし、ガルシアマルケスの全集のように帯自体が素敵な本もある。

僕の好きな作家、ガルシアマルケスの全集の一部

コーヒーくらいなら良いけれど、何か口に入れながら読むのも好きではない。
ウイスキーとつまみを用意して、読書することもある。(お酒は禁酒中)
けれど、つまみを食べながらは絶対読まない。

菓子類を食べながらは正直言って論外だったりする。
そもそも僕はお菓子を滅多に食べないのだけれど。
カフェでコーヒーとケーキと読書は絵的に素敵だなと思う。
けれど、ケーキが万が一にも本に付いたらと思うと心配になる。
なので、ケーキを食べ終わったら読む。
これを妻は理解できないらしい。

床に本を出しっぱなしにしておくのも厳禁だ。
一歳八カ月のリサ仮称少尉にズタボロにされるのは目に見えている。
目を離した隙にクレヨンで落書きされ、ズタボロになった大型絵本が既に一冊あり、絶対に床に置いたままにはしないことを誓った。
少尉に見つかれば、僕のこうした細かいルールは全て意味を成さない。

少尉はちょっとした箱や小さな椅子だと、それを台にして取ろうとする。
なので、ありとあらゆるものは扉付きの何かに入れるか、椅子に上がっても届かないところに置いている。
扉は簡単に開かないようにもしている。

とにかく大人の想定外のことをする少尉。
玄関で僕のサンダルを履いて出ようとするのでチェーンロック必須だったりもする。

話がだいぶ逸れてしまった。
本にしろ何にしろ物は手入れしながら長く大事に使い保管しておきたいというのが趣旨である。

先日、「合わない作家の本を読んでいて、本がバラバラになるまで壁に何度も投げつけた」というひとの言動を見かけた。

教育、哲学に興味がある人でもあるらしいけれど、物を大事にしない人に教育や哲学を語る資格がまずない。

本だって、合わなければ、本棚にそっと戻すか、譲るなどいくらでもそのあとできる。

物を大事にしないどころか破壊する衝動そのものに僕は何処となく危機感を覚えた。

今の消耗的資本主義のひとつの象徴的な行動に見えたからだ。先に述べたタッカーを貸してくれと簡単に言ってきた他業種の職人さんと変わらない何かがある。

物を大事にしない。他人が大事にしていることに対して無頓着。

大事にするのは物だけではなく、文化や歴史もそう。
他者の大事にしている物事も尊重しあえれば良いのだけれど。

なんだろうな。やれやれ。
今日は火曜日。もう八月も終わる。

いつか腰袋をレザーで自作したい

この記事が参加している募集

#私は私のここがすき

15,680件

いただいたサポート費用は散文を書く活動費用(本の購入)やビール代にさせていただきます。