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沈丁花の季節

この物語はフィクションです

僕は激流のような数年、あるいはなるようになっている流れ、に身を委ね真正面から水飛沫を浴び続けている。そのことで僕は今どのあたりに自分自身がいるのか完全に見失ったかのような錯覚に陥る。特にあまりにも穏やかな休日の夕暮れに差し掛かる時刻に限りなく近いとき、僕は世界の座標を、ほんの一瞬、見失う。
こんな調子のことを誰かに言うでもなしに抱えていると、僕の三次元座標系のランダムに存在する特異点の幾つかが異様に目につく。
その特異点は極限まで重力がかかっていてあらゆるもののエントロピーは限りなくゼロに近づいている為時間も止まる寸前だ。

沈丁花の花の香りが僕をその特異点から注意を逸らしてくれる。ふいに、買いだめしてある水や非常食の賞味期限が少し気になりながらも、季節の移ろいを認知することは確実に僕をここに存在させていることを立証してくれるかのようで、愛おしくなり、目を細めた。

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前日、金曜日、横須賀のオフィスで数人顔を付き合わせた。耐震改修プロポーザル(主に業務の委託先や建築物の設計者を選定する際に、複数の者に目的物に対する企画を提案してもらい、その中から優れた提案を行った者を選定すること)で提示までの作業分担を確認しあった。建築士にはいくつか種類があり、意匠担当と構造担当と設備担当とに分かれている。大抵表舞台にたったり、チームリーダーをするのは意匠設計担当者だ。意匠と構造の担当者間での、ルソー的に言うなら、《一般意志》の確認。
ルソーの『社会契約論』どおりなら世の中は全き民主制のもとですべてがうまくゆっくりと回るはずだった。もっと言うなら『エミール』に則った教育で子どもたちが育てられていれば、世界でいまも続く惨状はもっと数が少なかったかもしれない。
子育て中の僕は一年近くかけて家族とエミールを読んだばかりだ。

人は子どもというものを知らない。子どもについてまちがった観念をもっているので、議論を進めれば進めるほど迷路にはいりこむ。このうえなく賢明な人々でさえ、大人が知らなければならないことに熱中して、子どもにはなにが学べるかを考えない。かれらは子どものうちに大人をもとめ、大人になるまえに子どもがどういうものであるかを考えない。
エミール (岩波文庫) ルソー 今野 一雄訳

このエミールには、ルソーが自分の子どもたちにしてあげたかったけれどできなかったことが延々と書いてある。
特に、自然環境の中での子育ての重要性については目を見張るものがある。

自然を観察するがいい。そして自然が示してくれる道を行くがいい。自然はたえず子どもに試練をあたえる。
エミール (岩波文庫) ルソー 今野 一雄訳

自然への畏怖と敬意を忘れがちな現代と未完の宗教《民主主義》───そのようなことをとりとめもなく考えながら、上司のハナオカさんに議事録と決定事項をメールした。

会社のスマートフォンが鳴り、表示を見るとハナオカハナコと出て少し憂鬱になりながら、笑顔で出ると、昼食の誘いだった。

「西村とうまくいってないのよ」

ハナオカハナコの開口いちばんがそれだった。西村とは、断熱材のエキスパートの西村さんのことだ。ハナオカハナコと西村さんはある日を契機に付き合っていた。その物語はまた別の場所にある。

「メールは見たわ。確認しました。まとめてくれてどうもありがとう。あなたがいて助かった」
「大したことしてませんけど、僕も意匠設計の斉藤さんが柔軟に対応してくれていて助かってます」
「ああ、斉藤さんね。あのひと、そんな丸かったかしら。あなたが現場上がりだから言うことを聞いてくれてるのかもしれない。説得力が違うもの」
「そんなことないですよ」
「西村とは最近会った?」
「いや、最近ずっと設計にかかりっきりで、西村さんのところには行ってないですね」
「ふうん」
「だいたい、僕、少し前まで中国行かされてましたし」
「そうだったわね。どうだったの?」
「皆さんレベルが高くて、ついていくのに必死でしたよ。向上心というか、向学心がかなり高いですね。なんとも言えないバイタリティの差を感じずにいられませんでした」
「そっか、S木くんはそれでもバイタリティあるように見えるけど、あなたが言うなら、相当なのね」
「そうです?」
僕最近ずっと病んでますけどね、と言いかけてやめた。実際、本当のところ僕は精神的に迷走中だ。現場監督や設計部門のとりまとめなどハナオカハナコはこの会社で歴戦練磨してきたはずなのに、カツラの西村さんのことで僕を呼び出すなんて相当参っているのだろう。

「ハナオカさんと西村さんはお似合いだと思います。西村さんはあまり自分自分ってやらないし。なんかあったんです?」
「何もないかな」

何もないのだろう───もうすぐ37歳になるハナオカハナコの「何もない」は重い意味なのだろうなと察した。さっさと結婚して家庭を持って自分だけの世界とオサラバすべき歳だろうとも思う。ひとりで生きていくひとはやっぱり自分の作り上げていく家族を持たないことにより、どこか負担も大きい気がする。

ひとは生まれるときも死ぬときもひとり───よく耳にしたり目にする言葉だ。

本当にそうだろうか。
ひとが生まれてくるとき少なくともふたりだろう。ある日、無から突然有が出現するわけではない。何らかの事情によって、両親が生まれたあと不在になることもある。また事情によって、紛争や戦争、疫病、貧困のせいで生き延びれないことだってあるだろう。
ある程度、安定した社会の中で、ある程度の保障の中で育って大人になったとしたら、それまでに関わってきたひとたちのおかげで、いまがあるのは自明でもある。

年老いてひとりで死んでいくことほど精神的に過酷な現実はないようにも思える。
家族に見守られて生を全うできるのが理想であり、幸せだろう。

もちろん、死ぬのはひとりだが、見守られる限り死の直前までは精神的にひとりではないはずだろう。信仰の有無でもここは変わるけれど。

だから「ある程度歳を重ねてひとりで生きている、ひとりで死んでいく」というのは、孤独であることの後づけの言い訳のひとつにもなりかねない気がする。そう言い訳して自分で自分を納得させなければ立ってられないから。

ひとは自立していなければ生きていけないというのも事実だが、自立して、かつ、他者と相互協力しながらでないと本当は生きていけない気がする。孤独というか孤絶してはいけない理由がそこにある。

「わたしも西村も、多分だけど、ひとりで生きてることに慣れてしまったのよね」

唐突にそう言うハナオカハナコは今日もオカメメイクだった。
それでも彼女の幸せをどこかで祈らずにいられないお人好しの僕。

「そう言えば、もう十二年ですね」
「ん?」
「東日本大震災から、十二年です」
「あ、そうか……。そんなに経つのね。あの日のことはよく覚えているな、確かわたし、府中に研修でいたのよ。それで帰宅難民になってて」
「僕は17歳で神戸にいましたが、実家が心配になりました。鎌倉は沿岸部だし」
「そうね、みんな記憶にまだ新しいんじゃないかなぁ、それなのに新しいニュースが次々にやってきて、遠いことに思える瞬間あるかも」

十七歳の頃、色々とあった。
自分の問題にあまりに必死でもあった。
それでも、僕はあの日のことを覚えている。
叔父と先輩とTVに釘付けになりながら、実家に日用品やらを宅急便で送った。

南三陸町の女性市役所職員が最後まで避難勧告を放送していた声が耳にこびりついている。

2011年3月11日14時46分頃に発生。三陸沖の宮城県牡鹿半島の東南東130km付近で、深さ約24kmを震源とする地震。
マグニチュード(M)は、1952年のカムチャッカ地震と同じ9.0。
これは、日本国内観測史上最大規模、アメリカ地質調査所(USGS)の情報によれば1900年以降、世界でも4番目の規模の地震。
死者15,467人
行方不明7,482人
負傷者5,388人
避難者124,594人
内閣府防災情報のページより

文明が自然界の暴力に対していかに無力であるか、大事なひとたちや場所を一瞬にして無にされたひとたちのまなざし、それでも、人びとが助け合って復興を目指したいと願っている姿。極限での原発事故処理で残ったひとたち。

それを多くの国々が支援しにきてくれたこと。

復興の中、日本の建築技術の水準の高さを目の当たりにもした。
方や、町民の多くが戻れないでいる場所もある。
故郷に戻れないつらさ。
戦争であれ、自然災害であれつきまとう。

「ハナオカさん、ひとってひとりでも何とかやっていけます。でも、家族ってやっぱ良いですよ」
「わたしもそう思うんだけどさ、まあ、相手は色々と思うところあるんだろうね」
「西村さん、男らしくないっすね」
「そういうわけでもないわよ」

僕が西村さんを少し非難するとハナオカハナコは彼を庇った。
西村さん自体はずっと独身だけれど、それがなぜなのか僕には謎だ。
西村さんは顔立ちも端正だし、何しろ精悍だ。
禿げてること以外では、非の打ち所がない。
それに、禿げてることを彼自身のアイデンティティとしている。

「ふたりのことは僕にどうこう言えませんけどね。僕は子どもができて結婚した口だから。でも家族ってやっぱいいですよ」

午後一時半を過ぎ、僕は別のプロジェクトで抱えている耐震改修監理に行かねばならず、ハナオカハナコと別れた。

⭐︎

あの日もこんな日だったと思う。
春めいていて、晴れていた。
僕が僕の世界だけで精一杯だった頃、別の世界の座標のある特異点では大きく空間を曲げていた日。

少し沈丁花の香りにまどろんで、僕は黙祷した。
世界中がいまこの一瞬でも平穏でありますように。不条理の中で彷徨うことになった魂たちが安らかでありますように。

この物語はフィクションです

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