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エンジェル

フランソワ・オゾン監督『エンジェル』。
貧しい家庭に生まれ、上流階級に憧れる少女、エンジェル。文才が認められ、16歳で念願の作家デビューを果たし、瞬く間に人気作家に上り詰めた彼女は、ついに夢にまで見た華やかな暮らしを手に入れるのですが…。
この主人公のエンジェル(ロモーラ・ガライ)がなかなか強烈なキャラクターで。自己顕示欲と自己愛に凝り固まった傲岸不遜な美しい少女、エンジェル。彼女は苦言の類は聞かないし、自分の欠点など見ようともしません。彼女にとって世界は彼女自身の作ったフィルターを通してしか存在しない夢の世界。幸か不幸か、彼女は夢の世界に人より長く遊び続けていられるだけの才能と名声を手にしてしまった。母親の死すら彼女を傷つけ現実の世界に戻すものではなく、ただ不満だった母親の存在を自分の理想どおりの母親にすり替えて、甘い感傷に浸らせてくれるものでしかありません。
最愛の人、エスメもまた。生きている時には自分の世界にそぐわない部分に目をつぶらなくてはいけなかったけれど、死んでしまえば彼女の幻想の世界でパーフェクトな人間として存在できるから。
はっきり言って私は彼女に共感できませんでした。成功した者へのやっかみとかそんなことではなく、甘い甘いお菓子のような夢見る少女のままであり続けるエンジェルに辟易するというか…。どんな時も見たいものしか見ない、聞きたい言葉しか聞かない頑なさ。それは一方で彼女の無邪気さや奔放さといった魅力を形作ってはいるのですが、それゆえの底の浅さというか薄っぺらい人生が透けて見えてどうにもいたたまれない気持ちにさせられます。
もし彼女が若くも美しくもなかったとしたら。もし彼女に才能がなかったとしたら。それでも彼女は現実を見ずに生きられたでしょうか。
結局は夢は終わりを迎え、彼女の作品は飽きられ最愛のエスメに愛人と隠し子がいたことを知ります。残酷な現実を突き付けられた彼女は正気を保っていることが難しくなり、失意のままひっそりと死んでいくのですが…。もしも彼女がどこかで現実と向き合うことができていたら、彼女の人生はもっともっと本当の意味で豊かだったに違いないのにと思わされ、やり切れない気持ちになります。
美しいもので埋め尽くしただけの人生。その裏にある醜いものや悲しみや苦しみを見つめることができていたなら、彼女はもっと魅力的で美しく輝いたに違いないのに。
けれどそれはもう不思議な魅力で人を魅了した“エンジェル”という女性ではなくなってしまうんでしょう。
一歩間違えば昼ドラ並のどうしようもないベタなメロドラマになってしまう所を、オゾン監督の独特の女性を冷徹に見つめる皮肉な目を感じさせることで、美しくも虚しい独特の世界を作り上げています。
エンジェルに共感できないのに見終わった後不思議とまた見たい気分にさせてくれる映画でした。


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