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みんな読んでおくほうが良いと思うなぁ 『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』

日本のノンフィクションはたとえ面白いと感じても、ちょっと物足りなさがあることが多いのだが、本書は充実していてとても良かった。

心理操作においても「特定のナラティブに弱い集団がいると考える」(ワイリーさん)。彼らが感染しやすいナラティブを提供すれば、意のままに操ることができる。さまざまなデ ータから、SNSでは怒りや不安をあおるナラティブが特に強い感染力を持ち、猛スピー ドで拡散されていくことが分かっている。そうした感染の核となるノードを集団感染のクラスターの起点とすることで、より効率的に広めることができるという。ケンブリッジ・アナリティカ内部ではこうしたナラティブを「パースペクティサイド」と呼んだ。視点を意味するパースペクティブ (perspective) と、殺虫剤を意味するペスティサイド (pesticide)を合体させた造語だ。「情報兵器」で人々に毒を回すという意味だ。では怒りや不安のナラティブに集団感染しやすいのはどのような人々なのか。ワイリーさんがその詳細を述べる。
「神経症的、あるいは被害者意識が強いとか自己陶酔的な傾向があり、なおかつSNSでの活動が活発な人々だ。神経症的な人々は不安をあおるナラティブに接すると、ストレスを感じてSNSなどで強い反応を示しやすい。不安定で衝動的で妄想的だ。自己陶酔的な傾向のある人も他者をねたみやすく、支配層への反感が強く、やはり怒りをSNSにぶつけやすい。被害者意識は伝染しやすい。彼らは心理的レジリエンスが弱い『ローハンギングフルーツ』であり、SNSでパンデミックを起こすための発火点に使える。ケンブリッジ・アナリティカとしては人口のほんの一部を感染させ、後はナラティブがウイルスのように拡散していくのを見ていればよかった」
「ローハンギングフルーツ」とは、直訳すると「木の下の方に実り、もぎ取りやすい果実=簡単に手に入る獲物」。ここでは心理的に操作されやすい人々という意味だ。ケンブリッジ・アナリティカは、こうした集団を「潜在的なクラスター」として「使える」と見なしたのだ。

Twitterを活発にしていたころ、当初は自分自身がこの「ローハンギングフルーツ」だったと思う。徐々にそういう自分を改めるようになったが、そうすると「ローハンギングフルーツ」な人たちの言動に嫌気がさしはじめた。少しずつTwitterから距離をとっていた時期に、期せずして大量のローハンギングフルーツを収穫することになってしまい、それを機にアカウントを閉鎖した。

SNSにはデマも多く、それを熱心に修正しようとする人たちとのイタチごっこが続いている。だが、こういう話もある。

被験者は事前にウソだと聞かされても、繰り返し同じ情報に触れていると信じてしまう傾向が見られた。またファクトチェックなどで偽情報を修正したり否定したりしても、修正情報を通じて元の偽情報に触れてしまい、さらなる感化を促してしまうこともあった。自分が信じている情報が「間違っている」と指摘されると、素直に聞き入れる人もいるが、かえってムキになり、偽情報に固執してしまう傾向を示す人もいたという。「ウソも100回聞くとホントになる」(認知心理学では「真理の錯誤効果」と呼ばれる)といわれるが、結局は「できるだけ早く、なおかつ繰り返し同じ情報を流し続ける者」が人心を制す、ということになりそうだ。

SNSについて少しでも危機感を抱いている人なら、読んでおいて絶対に損がない本だと思う。

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