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おばあちゃんが死神と戦うバトルマンガ!『塩とコインと元カノと』 【マンガクロスボーダーvol.4】

8月も半ばを過ぎましたが毎日暑いですね~~!!
お盆の夜は、大阪は台風直撃でえらいこっちゃ。
祖先の霊が帰ってくる、あの世とこの世の境界がぼんやりと曖昧になる、しかも我が家の照明は漏電で点かなくなる(…!)。

そんなときに読むのにぴったりの作品でした……!
アガサジューンさんのオススメ作品、衿沢世衣子さんの『光の箱』……!!

あの世とこの世の狭間で営業するコンビニエンスストア。
訪れるのは自覚もなしに死の淵に片足突っ込んだ人々。

コンビニを「光の箱」にたとえる表現力……スゴイ……。

街灯(「光の箱」)に惹き寄せられてその灯に焼かれる羽虫のように。
コンビニ(「光の箱」)に惹き寄せられてしまう、生死の狭間を漂う魂。

ちょっぴりブラックだった会社員時代。ほとんどの店は閉まっている深夜、へとへとふらふらになりながら帰宅する途中で煌々と照明を輝かせているコンビニ。帰ってから自炊なんて無理とか、今日は頑張ったから自分にご褒美スイーツとか、幽鬼のごとく吸い寄せられてしまった思い出がよみがえりました……!

1巻の表紙の明滅して消えそうな「光の箱」の書体もめちゃくちゃイイ!

ファンタジックだけど、コンビニというとても俗物的で身近な存在とを掛け合わせたシュールさもジワジワ来ます……!

さて私はどの作品をオススメしよう…。
「生と死の狭間」、おどろカワイイ「ヤミネコ」……。

うん、この作品しかない……!

ということで『塩とコインと元カノと』をご紹介します!!

こちらの作品、バンド・デシネ(フランス語圏マンガ)翻訳者の原正人さんとやっているポッドキャスト「海外マンガの本棚」でも紹介しています。
良かったらこちらもお聞きください!

76歳のおばあちゃんに忍び寄る「死の影」

『塩とコインと元カノと』の主人公は76歳の日系カナダ人でバイセクシャルのおばあちゃん、クミコさん。

夫はすでに亡くなり、娘3人も独立。
娘たちにケア付きホームに入居させられたものの、なにかしっくりとこない。
自分の好きなように生きたいクミコさんは、夜逃げさながらにホームを抜け出し、自由気ままな独り暮らしを始める。

しかし、そんなクミコさんの背後にひたひたと忍び寄るものがあった……。
そう、それは「死の影」。死神の化身。
鳥や、ネコや、巨大松ぼっくり(!?)……と、さまざまな姿にその身を変えながら、虎視眈々とクミコさんの命を狙う……!

「あんたが来るのはわかってた」
「仕事で来てるだけなのはわかってる」
「でも来るのが早すぎたね」

「あたしゃーーまだーーまだだっーーてば!」

『塩とコインと元カノと』(ヒロミ・ゴトー作、アン・ズー画、ニキ リンコ訳)91-92ページ

クミコさんはお迎えはまだ早いと死神を迎え撃つ。
表紙でクミコさんがしっかと握りしめているのは掃除機。
掃除機は死神との死闘に欠かせない武器であり、クミコさんのファイティング・ポーズもキマッてる…!

『塩とコインと元カノと』(ヒロミ・ゴトー作、アン・ズー画、ニキ リンコ訳)表紙

『塩とコインと元カノと』。
このタイトルに含まれる「塩」も「コイン」も「元カノ」も、おばあちゃんのバトルに必須のキーアイテム!

原題は『Shadow Life(シャドウ・ライフ)』。

そう、この物語は、さまざまな創意工夫で「死の影」に立ち向かうおばあちゃんクミコさんの奮闘ぶりを描いた作品なのです!

ちょっとめんどくさい、人間くさい、そこが魅力のクミコさん

『塩とコインと元カノと』、もちろんおばあちゃんが死神と悪戦苦闘する様子がコミカルに描かれていてとても楽しいのですが、一番の魅力はなんといってもクミコさんのキャラクターにあります。

円形の窓がオシャレな部屋を借りて、独り暮らしを始めたクミコさん。

大好きな和食を晩酌付き(もちろん日本酒)で楽しんだり。
市民プールでぷかぷか浮いたり泳いだり。
ネコでも飼おうか、それともサボテンでも育てようか。

悠々自適な暮らしを満喫しているのも見ていて楽しい。

けれど、それだけじゃない。
クミコさんは実際に傍にいたらちょっとめんどくさいだろうなぁ、と思ってしまうような、ちょっと困ったところもある人なんですよね。

道端に落ちているゴミみたいなものをついつい拾ってきたり。
掃除機屋さんでは値切った挙句に試し運転をしまくって店員さんを困らせたり。
突然、笑いだして周りの人間をびっくりさせたり。
笑うと下がちょっとゆるくっておもらししちゃったり。

老人のキレイなだけじゃない部分、厄介な部分、ネガティブな部分までも、とてもユーモラスに描かれています。それがクミコさんの人間くささや魅力につながっているんですよね。

クミコさんの一番の被害者(?)ともいえる長女のミツコさんとのやり取りも楽しい。
この母娘がほんっとーにそっくりなんです!(見た目も!性格も!)

お母さんのことが心配だからこそついつい口を出してしまうミツコさん。
心配しているのはわかるけど好きにさせてと突っぱねるクミコさん。

ミツコさんのことを「ブーたれ子ちゃん」と愛称で呼ぶクミコさん。

口を開けば喧嘩をしてしまうけど、お互いへの愛情があふれ出してる。
なんだか胸がほっこりとしてしまうんです。

娘の目線で読むと、さらに違った景色が広がる……

『塩とコインと元カノと』の主人公はあくまでクミコおばあちゃんで、クミコさんの一人称で物語は進んでいきます。

けれど私は、もし私がクミコさんの娘だったらと思いながらこの物語を読んでしまいました。

年齢的にもクミコさんより娘のミツコさんに近いせいかもしれない。
もちろんクミコさん視点で読んでもとても面白い作品なんだけれど。

オーソドックスな読み方とはいえないかもしれない。
深読みしすぎなのかもしれない。
だけど。

娘の視点で読むと、ぜんぜん違う物語になる。

独り暮らしを始めたクミコさん。
自分の意思もはっきりしてるし、とてもしっかり者。

だけどちょっと物忘れをしたり、飲まなきゃいけない薬がちゃんと飲めていなかったり。
もしかしたら認知症ぎみなのかも、と心配になるシーンも出てきます。

ミツコさんがしっかりしたケア付きの、3年以上待ってようやく入れるような人気の老人ホームにクミコさんを入居させたのも、もしかしたらそういった事情があったのかも。

「ママの意思を尊重して」と行方知れずになってしまったクミコさん。
ほっておいてほしいとは言われても、ひとりで怪我はするわ、部屋は散らかってるわ(死神との格闘のせいとはいえ)、汚れた下着はそのままだわ、物置にはよくわからない呪いをしたかのような掃除機が転がってるわ(ぜひどんなことになっているかは作品を読んでほしい)。

挙句に死の淵に片足を突っ込んでしまう。

死神やら幽霊やらが見えてしまうのも……。
認知症の症状には被害妄想や幻覚が含まれる。
死神も幽霊も、クミコさんにとってはリアルな世界。
だけど、他の人間にとっては目に見えない、クミコさんの幻覚でしかない。

もし自分の母親がそうなったら。
しっかり者のお母さんが、一体全体どうしてしまったんだろう、と単なる心配では済まない気持ちにさいなまれるだろう。

そんななかでお母さんがどういう世界を見ているのか、知りたいと思う。

ポッドキャスト「海外マンガの本棚」で原正人さんは「クミコさんは死に抗う。自分は死や老いをそのまま受け入れることのほうが好み」という話をされていました。
自分も、もしクミコさんの立場になったなら、じたばた抗って大変な目にあうよりも、もしかしたら死神に「苦しませずに逝かせてくれ」と願っていたかもしれない。

でももし娘の立場だったら……。

たとえ大変な目にあっても、少しでも、できる限り長生きしてほしい。
元気な笑顔を見せてほしい。

クミコさんに襲い掛かる死神。
鳥だったり、ネコだったり、巨大な松ぼっくり(!?)だったり、さまざまに姿を変えて現れる。
「死神」という大鎌を振るう恐ろしい存在といった世間一般のイメージとはかけ離れた、おどろおどろしくはあるけれど、愛嬌があってユーモラスで可愛らしい。
それは『光の箱』のヤミネコにも相通じるような……。

『塩とコインと元カノと』(ヒロミ・ゴトー作、アン・ズー画、ニキ リンコ訳)32ページ

せめてお母さんが相対する死神が、ものすごく怖くておっかない存在でないと良い。
そんな娘の切なる願いが、込められているように思うのです。

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