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色素性乾皮症の子どもたちを描くバンド・デシネ『Journal d’un enfant de lune(月の子の日記)』

『Journal d’un enfant de lune』(月の子の日記)
作:Joris Chamblain(ジョリス・シャンブラン)(フランス)
画:Anne-Lise Nalin(アンヌ=リズ・ナリン)(フランス)
2017年、Kennes(ベルギー)

色素性乾皮症という病気を初めて知ったのは吉野朔美のいたいけな瞳だった。ぶーけコミックスワイド版の5巻に収録された「夢喰い」と7巻に収録された「ピクニック」という作品だ。
太陽の陽射しでひどい日焼けになり皮膚がんになりやすい難病。昼間に外に出歩くことは難しく、夜に行動するしかない。
だから、この病気を患う子どもたちは「Un Enfant de Lune(月の子)」と呼ばれる。
むかし吉野朔美の漫画を読んだときは、太陽に焦がれる切なさも夜に生きるしかないという枷もファンタジックで美しいものに感じた。
今回『Journal d’un enfant de lune』を読んでから、改めて『いたいけな瞳』を再読するととても複雑な気持ちに襲われる。

『Journal d’un enfant de lune』の主人公は16歳の少女モルガーヌ。
思春期真っ盛りの彼女は難しいお年頃。家族の引っ越しで親友とも離れ離れになってしまって、両親との関係もぎくしゃくしている。年の離れた弟アルチュールの存在がさらに彼女をかたくなにさせる。

そんなモルガーヌが引っ越し先の部屋で、ラジエーターの裏にある一冊の日記を見つけるところから物語は始まる。どうやら前の住人が隠しておいていったものらしい。その日記の主こそ、色素性乾皮症を患う17歳の少年マキシムだった。

『Journal d’un enfant de lune』P9

マキシムは日記の中で自分の境遇を告白する。昼間に活動できない彼が夜にこっそりと時間を過ごす秘密の場所である屋根へモルガーヌを誘導する。夜空に瞬く星々のしたで果たして彼は何を考えていたのか……モルガーヌはすっかりこの日記とマキシムに夢中になってしまう。そんな彼女に、遠方から遊びに来てくれた大親友のリュシーは囁く「マキシムを探してみない…?」

アンヌ=リズ・ナリンさんの作画はとても可愛い。
直接会って話したことないマキシムに恋焦がれるモルガーヌの揺れる思いをとても美しく鮮やかに描き出す。

一方、マキシムの日記の世界はセピアに染まっている。
もちろん日記の中の、過去の出来事であることを明らかにする意味もあるのだろう。
加えてそれは、紫外線を防ぐ効果のあるゴーグルを装着したり、遮光フィルターを張った窓ガラス越しに外の世界を眺める、マキシム=「月の子」たちの視界なのかもしれない。

『Journal d’un enfant de lune』P19

モルガーヌはマキシムを探す旅で、たくさんの「月の子」たちに出会う。
なかでも真夜中に「月の子」たちと繰り出すナイト・トレイルのシーンはこの作品の中でもとても印象的なシーンだ。
一方、マキシムの日々が描かれる日記には「月の子」とその家族が直面する過酷な現実や葛藤も浮かび上がらせる。

加えて印象的だったのはモルガーヌと「月の子」たちとの対比だ。
モルガーヌは太陽がさんさんと降り注ぐ中で遊びまわったり、友だちとプールに行ったり、明るい日差しの中で生き生きと生活するシーンが随所に散りばめられている。

『Journal d’un enfant de lune』P5

物語の冒頭、モルガーヌは自分の肩に残る日焼けのあとをみて「SUPER…(ヤバッ…)」とつぶやく。少し時間で肌に日焼けのあとを残す太陽の日差し。モルガーヌにとっては些細なシーンではあるが、決してそうではない「月の子」たちの実情がそのあとに描かれることを思うと、なんとも印象的なシーンだなと読み終わった後につくづく思った。

★★★

フランスのバンド・デシネ(マンガ)はどうしても子ども向けと大人向けの作品が多い一方、10代くらいの読者を対象としたジュブナイルものはまだまだ少ないように思う。その中でも本作はとても素晴らしい作品のひとつではないだろうか。

シナリオを担当したJoris Chamblain(ジョリス・シャンブラン)は、こうしたバンド・デシネ界においてジュブナイルものを得意とする作家であり、フランスのアングレーム国際漫画祭で公式セレクションにも選ばれた『Les carnets de Cerise(セリーズのノート)』などのシリーズも手掛けている。『Les carnets de Cerise』『Cici’s Journal』というタイトルで英語版も刊行された。(なぜか英語版のローカライズで主人公の名前が”セリーズ”から”シシ”に変わっているのが面白い)

さらに『Journal d’un enfant de lune』のJoris Chamblain(ジョリス・シャンブラン)とAnne-Lise Nalin(アンヌ=リズ・ナリン)のコンビが再度タッグを組んで新作を制作中らしい。『Le Cœur en Braille』というタイトルで2023年3月にDargaud(ダルゴー)から刊行されるようでこちらもとても楽しみだ。

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