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書評講座 Vol. 1

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課題書: 1)『エルサレム』- ポルトガル、ゴンサロ・M・タヴァレス著、木下真穂訳、河出書房新社、2)『キャビネット』- 韓国、キム・オンス著、加来順子訳、論創社、3)『クィーン… もっと読む
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#ゴンサロ

妄想の中の『エルサレム』

 ポルトガルの小説家ゴンサロ・M・ダヴァレスが描いた小説『エルサレム』(木下真穂訳)はこんな話だ。  自称「統合失調症」を患うミリアは、患者として精神科医のテオドールと知り合い、結婚する。その後、病状が悪化して精神病院に長期入院するのだが、そこで患者のひとり、エルンストと知り合い、恋仲になる。病院では、何が重要で重要でないのかは精神科医によって決められ、患者たちは常に監視され、厳しく統制され、治療の一環として、自分の思考や行動、習慣を棄てなければならない。患者たちはいつか本

私たちの生きる社会はエルサレムに似ている──【書評】ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』

 タイトルは、「エルサレムよ、もしも、わたしがあなたを忘れるなら、わたしの右手はなえるがよい」という旧約聖書の言葉からの引用である。この文脈で、エルサレムは神と同義であり、エルサレム=神を忘れてしまうならば自分はもう何もできないという、その「エルサレム」がタイトルになっている。  物語の舞台は、一昔前の、ドイツ語圏を思わせる都市である。五月二十九日の夜明け前、病に犯されたミリアは体の痛みを感じながら、教会を目指す。しかし、教会は開いていない。病の痛み、つまり自分を殺す「悪い

加害者と被害者の境界 ―― ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』書評

 去年くらいから、アジア系住民が道端やバスの車内でいきなり突き飛ばされたり殴られたりする事件をしばしば目にするようになったせいで、カナダで生活している私は、自分が外国にいて異質な存在であり、脆くて危うい弱者になり得るのだということを意識するようになった。レイシズムは不正義だ、けしからんと怒っていられるうちは、まだ他人事だったけれども、いま被害に遭っているのは私と似たような人。被害者と自分を隔てるものが何もないところで起きる暴力には、もう恐怖しかない。  ゴンサロ・M・タヴァ

ゴンサロ・M・タヴァレス『エルサレム』の訳者解説を書く

書評家の豊崎由美さんを講師にお迎えして「翻訳者向け書評講座」が行われました。当日の様子を発起人の新田享子さんがブログに書いてくださいました(ううう、楽しかった……)。 指摘のあった箇所と「どこまでネタバレするか」で分かれた意見を参考に修正してみました。 -------------------------------------------------------------------------------------- 訳者あとがき 「タヴァレスが創造したこの世界