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星新一風ショートショート「有能」


人々は苦しんでいた。客観的な判断基準を欲しがった。平和な世の中が続いても、人々は競争を忘れることが出来なかったのである。彼らはいかに平穏な生活を送っていても、非常に狭い範囲で小競り合いを繰り返すことを辞めなかった。

エヌ氏も内心では苦しんでいた。上司に「君は非常に優秀な部下だ。僕は誇りに思うよ。」と言われるかと思えば、同僚には「君は上の人間に媚びるのが上手いだけだ。うらやましいよ。」と言われたりする。自分がどれほどの力を持っているのか全く分からず、いろんな人にいろんなことを言われ続け、それにいちいち翻弄されては心の中の「自己像」に疑問を持つような生活を送っていた。

彼の苦しみはまっとうなものだったが、その心の奥底には「無駄な努力をしたくはない」という怠惰が見え隠れしていた。自分の才能の限界が知りたい。努力さえすれば成功できるのか、はじめから分かっていれば、無駄な苦労を背負わずに済む。なにしろ、報われない苦労はすべて無駄なのだから。

心の中には「こうすればうまくいくんじゃないか」とか、「ああすればうまくいくんじゃないか」とかいう行動のプランがたくさん積もっていた。だが、それが上手くいくかどうかなんて全く分からない時点で動き始めるのは嫌だし、お金を投資するのはもっと億劫だった。なにしろ、うまくいかなければ全て無駄になってしまうのだ。エヌ氏の煩悶はしごく真っ当なものと言えよう。

さて、ある日、悩めるエヌ氏はインターネットで「有能 無能 判断」と検索してみた。

いつも通り、検索でヒットした上の方には「性格診断!スピーディー!!」だの、広告の類が連なっていた。そんなものあてにならない。だいぶ下までスクロールしてみた。すると、とあるブログのホームページが目に留まった。

「A大学教育学部エフ教授による、客観的能力診断テストKTを受けてみた」

ブログを開いてみると、どうやらエフ博士という人は優秀な教育学の博士で、人間の能力を客観的に、かつ正確に推し量ることができる試験方法を開発したらしい。それは大学入試センター試験のような「どれだけもっともらしい答えが選べるか」とか、「どれだけ早く計算ができるか」とか、いわゆる社会生活ではクソの役にも立ちはしない能力をはかるものでは無いようである。

それは「円滑なコミュニケーション能力」や、「情報を自分でサーチし、自分で判断する力」、「先見の明」など、うたかたのごとく流れていく現代社会で生き残るために必要なスキルを持っているかどうかを調べてくれるものらしい。

これはよさそうだ。

エヌ氏はさっそくエフ博士を訪ねてみた。

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「どうぞどうぞ、おかけになって。」

A大学の応接室は清潔で明るい雰囲気に包まれていた。

「私の開発した能力診断テストKTを受けたい、ということですね?」

エフ博士は知的な雰囲気に包まれた、育ちの良さそうな紳士であった。

「はい。ぜひおねがいします。いろんな人が勝手気ままに僕のことを評価するのですが、肝心の僕が自分のことを全く把握できないので困っているのです。自分はどこまでできるのかが分かっていれば、すぐにでも効率的な努力を始めるのですが。無駄な苦労は背負いたくないもんで・・・」

「お気持ち大変よく分かります。このテストを受けた後には、あなたの悩みはすべてサッパリ解決しますよ。お約束します。」

エフ博士は「KT」と大きく書かれた冊子を手渡した。筆記用具は豊富にそろえてあった。

「それでは、試験を始めます。制限時間はありません。心ゆくまで解答を考えてください。」

エフ博士は応接室から出ていった。

エヌ氏はおおいなる期待を胸に、冊子を手に取って開いてみた。

だが、なんとそれは真っ白であった。まさしく真っ白である!!何一つ書かれていない!

どういうことなんだこれは?印刷ミスに違いない。

エヌ氏は憤懣抑えきれぬ様子で応接室のドアを開けた。

だが、廊下には誰もいない。大声でエフ博士を呼んでみても、返事が全くない。どうしたものか。

もう一度冊子をめくってみた。真っ白である!気持ちがいいくらい真っ白である。それにしても紙を無駄にしたものだ。こんなに良質なワラバン紙を使えるなんて、大学教授っていい身分だな。

「どうしたものかな?どうすりゃいいんだろう、この状況は?」

聞こうにも部屋に電話はない。エフ博士との連絡手段はなかった。

しばらく彼は配られた冊子をぱらぱらとめくっていた。すると、次第に自分が馬鹿にされているような、無駄な時間を使っているような気がしていた。

「なんだい!一杯食わせやがって。さんざん期待させたあげく、このざまとくれば、こりゃインチキものに違いない。もともと大学の教授なんて、大した成果を残さなくても椅子にかじりついてさえいれば給料をもらえる職業さ。まったく、無駄な時間を使わせやがって。もう帰っちまおう!!」

エヌ氏はぷりぷりと怒りながら、キャンパスを楽しそうに歩く大学生カップルを尻目に最寄り駅へと向かっていった。

あーあ、時間を無駄にした。無駄足を踏ませやがって。

家に帰り、ゴロンと横になりながらスマホをかまっていると、新着メールの通知があった。

「A大学教育学部教授 エフより」

おっ!奴さん、俺に謝罪のメールを送ってきやがったな。まあ許してやろう。長きにわたる教授生活がたたって、もうボケちまっているのさ。その代わり、二度とあんな所へは行くもんか!

人が人を見下す時の嫌な笑いを唇に浮かべながら、エヌ氏は新着メールを開いた。

こんなことが書かれてあった。


「診断結果:あなたは無能です。

この紙は人生そのものでした。もともと人生には与えられている問題もなく、答えるべき問題も存在しません。そもそも、試験というものが、与えられた問題に対して正しい答えを導くものであるという考えそのものを改めるべきだと私は思います。

あなたには問題は与えていませんでしたが、『書く』ための道具は豊富に与えていました。机の上に、シャープペンシルから色鉛筆、墨汁や毛筆、万年筆、プロの漫画家が使うような丸ペンやつけペンまで、ありとあらゆる筆記用具が置いてあったでしょう?

なんでもいい。あなたはあの良質なワラバン紙の上にあなた自身が作った問題の解答をあなた自身で答えればよかったのです。それは何でもよいのです。しかし、エヌさん、それが人生というものなんです。自分で色をつけなければならない。自分で問いを見つけ、答えを探さなきゃいけない。そのためには、真っ白な紙の上に好きなように描くことが出来るようになるために、豊富な筆記用具をそろえる必要がある。それがね、お金だったり、財産だったりするわけなんです。

もうお気づきでしょうか?あなたが賢い考え方だと勘違いしている、その『無駄なことをしたくない』という損得勘定こそが、あなたの無能の原因です。人生では、なにが役に立つか、なにが効いてくるかなんて分からないものなんです。だって、真っ白な紙なんですから。私の試験の判断基準は、『とりあえず書いてみる』ことができるかどうか、これだけでした。あなたは何かで飾られるのを待っているかのようなあの良質な白紙の上に、自由なものを書きつけてやろうなんて気を起こさず、これをすべて『無駄だ』と判断して帰ってしまった。あなたは無能です。ぜひ、この機会に改めてください。」


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