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短編小説 椅子の目線

この短編小説は、2023.4.15,16 本と珈琲と〇〇
第八編「本と珈琲と椅子」のイベントに合わせて
書き下ろしたものになります。
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椅子の目線

「よいしょっと、ただいまぁ〜」
「姉ちゃんおかえり。
 そろそろ帰ってくる頃だと思ってコーヒー入れたから飲みな
 ・・・って何それ」
「見たらわかるでしょ」
「いやわかるよ、そうじゃなくて」
「そうじゃなかったら何?」
「なんで急に椅子なんて買ってきたの?」
「椅子を買うのに予定がいるの?
 椅子買ってきますっていう事前の報告が必要だった?」
「いやそういうことでもないんだけど・・・」
「じゃあ何よ」

昨年の春から私の暮らすマンションにて、
大学への入学を機に弟が越してきて、もう直ぐ一年が経つ。
私も大学入学を機に上京し、そのまま就職、
社会人になって五年目になる。
弟と歳は八つ離れているが、小さい頃から仲は良い。
歳が離れている分、ちょうど良い距離感を保って
お互い成長したのであろう、可愛げのある弟が私は好きだ。
姉補正がしっかりと入っていることを
認識した上で言うけれど、
そこそこ良い男になりそうな気配はしている。
無邪気なくせして気が回る、
きっとそのまま良い父になれるであろう素質は漂っている。
大学生活は順調なようで、最近気になる女の子もいるらしい。
少し照れながらも弟がそんな話をしてくると、
はて、私はどうだ、
最後の元彼と別れてそれなりの時間が
経ってしまったような気がする、と若干焦りながらも、
歳よりも生きている時代が近くなっていく
弟により親しみが湧いてくる今日この頃である。

そんな我々二人が住むマンションは、
都心部から適度に離れた場所にあり、
都会というわけでもなく、
決して田舎というわけでもなく、
住宅街といえば間違いではないが、
適度に間の抜けた土地といった雰囲気。
間取りは2LDK、居間は共有で、
それぞれ一室ずつ自室がある。
弟が住む部屋はもとは私の書斎であった。
書斎といっても、本棚と卓袱台と座布団と、
その周辺に幾つか積読が聳え立つ程度のものであった。
弟が越してくると、そこに布団が敷かれ、
所謂男子大学生の部屋へ様変わりした。
私の部屋もベッドと化粧台兼作業用のデスク、
キャスター付きのデスクチェアという簡素なもので、
世間の女子たちはもっと洒落た部屋に
住んでいるのだろうと想像することも多いが、
このマンションに引っ越してきたのも
弟がくるちょっと前で、
それまでは会社の社宅に住んでいたため、
あまり家具を持ち合わせていなかったこともあった。
居間も、ローテーブルと座椅子があるくらいで、
非常に簡素な暮らしをしているような気がする。

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