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仏のような年下夫が小動物に憑かれ悪者に変貌した話 (実話)第3話

【私が大切に想っていた人と時間】

私には特別で大切な人がいた。

私は50も歳の離れたそのおじいさんの話が大好きだった。
昔の暮らしや食事の話はとても新鮮で、私の心を虜にした。
教科書やネットでは知りえないような戦争のことも、とても興味深かった。

厳格だった祖父とは、幼少期からまともな交流が出来ないままだったので、その方との穏やかな時間が、より特別で、より貴重に感じていたのかもしれない。


そんな風に数ヵ月に1度は必ず会ってお喋りを楽しんでいたのだけれど、ある日突然、おじいさんは入院してしまった。

私はすぐにお手紙を書いてお見舞いに行った。
病室のベッド脇にあるカーテンを開けるとき、ほんの少し戸惑ったけれど、笑顔いっぱいで私を迎えてくれたので、心から安心した。
疲れさせてはいけないと思い、柔らかい時間を15分ほど過ごしたら、またすぐ来るねと言っていつもの別れ際の握手をして、病室を後にした。
私の心は温かかった。


その後、1ヵ月経っても退院の兆しは見えなかった。
私は幾度となく手紙を書いた。
何通も何通も。
お誕生日に初めて手紙を渡したときに、こちらが「そんなに?」と思う程喜んでくれたから。その後も繰り返し繰り返し読んでいると教えてくれたから。
高齢になり、耳は遠く記憶力も低下していたおじいさんにとって、手紙は何よりも特別なものだったようだ。

元旦も、私はお手紙を握りしめておじいさんの病室に向かっていた。
「今日は誰も来ないと思っていた」とポツリと言うから、「だからこその私!」と笑い合った。

穏やかで、ほんの少しだけ賑やかな元旦の朝だった。


その後、おじいさんは離れた病院に転院することとなり、会えなくなった。
私はご家族の方に、どうか渡してほしいと手紙を届け続けた。

時はコロナ禍の真っ最中で、ご家族の方も施設の職員に荷物を預けることしかできないと言っていた。
以前、病室の窓から空を見て、
「雨の日はさみしい気持ちになる。」
と言っていたおじいさんを想うと、雨の日は手紙に明るい気持ちを込めずにはいられなかった。
外から聞こえる雨音が、辛かった。


梅雨が明けて夏が過ぎ、秋を感じ始めた頃、ご家族から「おじいさんが私に会いたいと言っている」と連絡があった。
何度も施設の方に懇願してくれたそうだ。
「窓越しで10分ほどなら」という条件があったけれど、こんな幸せはないと心を躍らせながら向かった。

施設の玄関口で待っている間は、現実か夢かわからないような感覚でふわふわしていた。
しばらくすると、車椅子を押されながらおじいさんがゆっくりとこちらに向かってきた。

良かった、会えた…!
と思ったと同時に、おじいさんの胸ポケットに、私からの手紙がぎゅうぎゅうに詰められているのが見えた。
それが全てを伝えてくれているようで、胸がこれでもかと熱くなった。


その時の担当の施設職員は、少しやんちゃそうな若い方で、
「本当はダメなんスけどね」
と言って、おじいさんと私を遮断していた自動扉を開けてくれた。
思いがけない出来事に戸惑ったけれど、静かで暗めのロビーの雰囲気をなんだか明るくしたくて、細くなった肩をさすりながら、
「元気そうでよかった!」
と少し大きめの声で言った。
本当は、元気そうにしているふりだとわかっていた。
ずっと見てきたから、わかる。

制限時間だけは厳守のようで、お別れはあっという間に訪れた。
いつもの別れ際の握手は、その日はやけに寂しくて、切なくて、口元を笑顔にするのが精一杯だった。
手はいつも私の方が冷たくて、それを笑い合うのがお約束だった。
私は、「またね!ありがとう!」と、さっきよりまた少し大きめの声で言って、おじいさんが見えなくなるまで笑顔で手を振った。


その2週間後、私の大切なおじいさんは、もう二度と会えない人になってしまった。


第4話に続く
【結婚記念日にふさわしい盛大なBOMB】

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