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アメリカロードトリップ#0/ 15日間、5000マイルの旅のはじまり
ここではないどこかへ
誰しも、思春期のやり過ごし方はそれぞれに持っていたと思う。恋愛したり、アニメにハマったり、ちょっとグレたり、ゲームに没頭したり、バンドしたり、友達と遊んだり。私のやり過ごし方は、映画を見まくることだった。日本の中高と家の往復で息が詰まりそうになるたびに、そして友達関係がこじれたり、集団からハブられる対象がローテーションのように変わってゆくたびに、私は映画の世界に没頭した。テレビの録画欄に積み上げられた深夜シネマは、私にとって「ここではないどこか」への入り口だった。平日でもお構いなしに、毎日深夜3時まで見続けた。
私を魅了したロードトリップ映画
軽く100を超える映画たちの中で私が特に魅了されたのは、いわゆるロードトリップものだった。ジャック・ケルアックの小説を映画化した「オン・ザ・ロード」や、1970年台の名作「ペーパームーン」、そして特に思い入れのある作品「パリ・テキサス」は私の心を掴んで離さなかった。
「オン・ザ・ロード」は、小説家の主人公サルが、気まぐれでカリスマな友達ディーンとその妻メリールゥと一緒に南米からカナダまでを旅する物語。作家としての旅の追想の描写が、その道中の記憶を美しくひきたたせる。危険と快楽は隣り合わせ。ディーンがドラッグでハイになって痙攣するシーンは、一種の恐怖と憧れと共に脳裏にこびりついている。
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「ペーパームーン」は、有名俳優のライアン・オニールと彼の実の娘テイタム・オニールの共演作だ。テイタム演じる9歳の少女アディが、大人に媚びることなく、眉毛をいつもひそめながらムスッとしているのがたまらなく好きだった。本当は血が繋がっていない(かもしれない)けど、ロードトリップをしていくうちに、本当の親子みたいに絆を深めてゆく。紙でできた月だとしても、それを月だと信じれば、その人にとって本当の月になってゆくように。
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「パリ・テキサス」は、記憶喪失になって彷徨っているところをテキサスで見つけられた主人公トラビスが、別れた妻アンを探して、息子ハンターとカリフォルニアからテキサスまでロードトリップする物語。この物語でも、トラビスとハンターの親子の絆が、ゆっくりと再び築かれてゆく様が描かれている。そして、私は記憶がないくらいに幼い頃に、パリとテキサスに住んでいたらしい。この映画はテキサスにあるパリという名前の場所についてなんだけど、自分が住んでいた二つの地名が、一つの映画に入っていることになんだかロマンを感じていた。
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砂漠や荒野の茶色い世界の中で、誰かとどこかうんと遠くへ旅をする。今は想像もつかないくらい、全てが全く違うどこかへ。その道中で、ちょっと自暴自棄な楽しみをして、刹那な快楽を貪り食ったり、体に毒だとわかっていながらも、ちょっとした楽しみを共有する。そして、小さい車内で長い時間を過ごすからこその、登場人物同士の剥き出しのやりとり。いつか、こんな旅ができたら、と思い続けて早10年が経った。
ロードトリップ実現の経緯
だから、留学で仲良くなった子に時々「ロードトリップがしてみたいんだ」とこぼしていた。そうなんだ、って返す友達がほとんどだった中で、一人、仕事が休めたら行こうか、と口約束をしてくれた人がいた。その友達を、ここではDとしよう。
Dは車の運転が好きで、何より、優しさの力を心から信じている人だった。だから、わたしが目をキラキラさせながらロードトリップをしたいと話しているのを見て、その夢を叶えたいと思ったのだという。それは恋愛的な下心からではなく、彼の生き方とか信念が表れたものだった。
目的地は、私が20年前に住んでいたテキサス州・ヒューストン。人生の最高点だと思っていた2-4歳のテキサス時代。「失われた自分の輝きを取り戻す」なんて言いながら、記憶さえ残っていないながら一種アイデンティティになっていた当時の面影を、追いかけようとしていた。そして、もう一人の友達の知り合いが住んでいるニューメキシコ州。核兵器によるさまざまな代償を人類学のアプローチで研究しているその友達は、先住民の人たち何人かと連絡を取っていた。彼らに会いにいく友達に、ついて行かせてもらうことにしたのだ。
こうして、北東部の先っちょに住んでいる私たちは、アメリカを4分の3横断する旅に出た。
総走行距離は、5091マイル(8193km)。時間にして、93時間46分。数字では表しきれないくらいの、耐え、喜び、疲れ、驚き、なにより自分や相手を深く知ることのできた、とても濃い時間だった。
次の記事からは、1日ごとにつけていた日記を、写真と共にゆっくり振り返ってゆく。
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