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ジェンダーから見た物理オリンピック

物理オリンピックの恐るべきジェンダー比

物理の世界大会に当たる国際物理オリンピックに携わるにあたって、最初に驚いたのは、恐るべき男女比だった。(ここでは男女のジェンダーで分けて語るのを許してほしい。)およそ80カ国、通常5人の選手が参加するが、全員男子のチームは当たり前、いくつかの国のチームに一人か二人の女子がいて、全員女子のチームがわずか2チーム。そのくらいだ。

オール女子チームはどう感じてるのか

チームの男女比にお国柄や文化が関連しているのかはわからない。ジェンダーギャップ指数のランキング上位常連の北欧には女子が多いのかなと思ったら、意外とそうでもない。スウェーデンやデンマークも全員男子だった。

そしてオール女子チームは、コソボとUAEだった。

それぞれのチームのメンバーと話す機会があり、このことについて聞いてみた。コソボの選手は、ジェンダーステレオタイプは感じることがあるけど、それが抵抗になったことはないとか、科学の中でもエンジニア系よりも生物系の方が女子比率が高いと話していた。UAEの選手いわく、高校までは男子が物理オリンピックのようなコンテストには関心がないから女子が出ることが多いけど、大学になると男子が本気を出して、競争はより苛烈になるという。なるほど、コンテストに興味を持つタイミングの違いがあるのか、また分野の違いによってジェンダー比が違うのか、とか気づきがあった。

選手たちは試験期間中は電子機器を取り上げられるため、朝の起床の際に時計がない状態の人も多かった。そのため、同じ寮に泊まって勤務する学生サポーターたちの中には、選手たちを起こす業務をする者もいた。その際、UAEの女性選手たちは女性のサポーターに起こしにきてもらうことを要望した。なるほど、部屋の中ではヒジャブを外すだろうから、それを家族以外の男性に見られることを避けたいのだろう。

謎の賞、爆誕

閉会式にて、メダル受賞者の発表前に、ステージ上の担当者が少しソワソワしながら発表したのは、今年から新たなサプライズ賞があるということだった。それも、「チーム内で理想的な男女比を達成し、さらに成績が良かったチームを表彰する」というものだった。

受賞したのは、フランスやウクライナ、キプロス。それぞれのジェンダーは、男子3人・女子2人、もしくは男子2人・女子3人のチームだった。突然ステージに呼ばれた選手たちは、やや困惑した顔でその賞を受け取った。

発表者は、物理の世界で男性優位が続いていることの反省と、それを改善するためのものだと誇らしげに言っていたけど、正直首を傾げてしまった。

それは、本部でおそらくこの賞について話していたのを偶然耳にしたからだ。実際に決定されたときにどうだったのかはわからない。しかし、そのときこの賞について議論していたメンバーは、男性ばかりだった。女性が少ないことを解決しようとして、女性(自身)が出ることをただ奨励するのは、ややナイーブな策だと思う。その背景にあるステレオタイプや教育格差、意図的な機会格差(まさに日本であった医学部入試の不正など)、ジェンダー役割に踏み込まない限り、「私たちは奨励してますからね〜(あとは自分で頑張ってなんとかしてね)」というポーズに過ぎない。

そして、やや厳しいことを言えば、参加者の男女比を変える前に、本部の男女比を変えるべきだろう。この賞を作ることで、参加者のジェンダー比を改善することを目標にしているのだろうが、それは本部のジェンダー比を変えなくていい言い訳にはならない。東大をはじめとする大学の物理研の(ほぼ)男性たちによって作られた、女性を増やすための賞。なんだこれ。

大会本部の男女比

配られたハンドブックによると、今回の物理オリンピックの組織委員会の役員は36人。うち、男性31人、女性は5人。多くが中年以上の男性で、女性比率は約14%だ。事務局においては、2人とも男性。

これはおそらく、物理の世界のジェンダー比が大きく影響しているのだろう。大学や大学院の物理研究所の教授たちや研究者たち、また大学の学長たちが集まってこの大会は運営されていた。それらのハイポジションや研究職にたどり着ける、そして在籍し続けられる層が偏っていることが浮き彫りになっている。優秀かどうかの問題ではなく、機会が偏っていたり働きやすい環境が整っていないことが問題なのだ。

学生サポーターの業務においても、このジェンダー比は直に関わってきた。勤務は1週間ほぼ毎日にわたり、暑さとハードなスケジュールで体力を消耗するものだったため、体調不良者は学生サポーターの中でもやや顕著だった。私はその中で生理と低気圧が被り、かなりしんどい時があったが、勤務を総括する担当者は男性一人だったため、体調不良の理由をそのまま伝えることに抵抗を感じてしまった。これは私自身の問題でもあり、社会の問題でもある。前者に関しては、物理の世界の男性優位でマッチョな雰囲気を敏感に感じ取り、生理の辛さをどうせわかってもらえないだろうという勝手な諦めがあった(もしかしたら伝えて理解してもらえたかもしれないけど、その辛さを矮小化されたり貶されるリスクを賭すつもりもない)。後者においては、経験則のようなものだ。今までバイトなどで、生理が理由で遅れたりしんどい中働いた時に、生理を経験したことがない人に辛さを理解してもらえた経験はほとんどなかった。

今回の学生サポーターは女性が多かったのだが、この生理問題は共有されていた。不思議なことに、大会中同じ寮に泊まっていた生理が来る身体(多くが女性)のサポーターズたちの中で、生理が来るタイミングが見事に被ったらしく、一番勤務が過酷なとき、そのサポーターたちは薬を飲んだりしんどさを我慢したりして勤務に挑んでいた。そして、勤務総括者に言いづらいことも、共感を呼んでいた。

※女性に生理がきて、男性に整理が来ないわけではない。女性として生きる人の中にも生理が来ない人はいるし、トランスジェンダーなど、男性として生きる人の中にも生理が来る人がいる。このポイントは前提として、しかし本部のジェンダー比が偏っていることは、アルバイトのスタッフの働きにくさにつながってしまうことも事実なのである。

来年のイラン大会はどうなる

来年の開催国はイランだという。閉会式で紹介ビデオが流れたが、女性の研究者が国のカルチャーや建築物、大会内容をナビゲートするというものだ。報道で見ている今イランで起こっていることを想起し、すごく不自然に感じた。ヒジャブの被り方が不適切だとされた女性が警察に逮捕されて殺害され、それに抗議するデモで参加者の530人以上が殺害されたり、女子校への毒ガスの散布事件などが起きているという。こうしたバックラッシュの中で、女性の学校教育の機会は妨げられ、女性たちの自由を求める声は沈黙させられている。

女性が自分のことについて自分で決める権利が抑圧されていることが覆い隠された、巧妙で欺瞞に満ちたコマーシャルだと思った。そして、こうした大会は国のアピールのための道具になるのだろうと、容易に想像できた。

ちなみにイランと関係の悪い国は来年大会に参加できない(自国が選手を送り出さない)かもしれないと、選手が寂しそうに教えてくれた。大会に参加する選手たちは、あくまで物理を勉強する高校生だ。国際大会に持ち込まれる政治的な思惑や、ロシアのウクライナ侵攻のような国際情勢。開会式や閉会式でウクライナの選手が呼ばれると、会場内の歓声は高まる。ロシアの選手は"Oly team of indivisuals"としての個人参加だったため、チーム全員が金メダルを取りステージに上がった時も、周りの高校生が国旗を掲げる中、彼らは厳かな面持ちで前を向き、ただただ立っていた。

物理におけるジェンダー比の偏りを、どう解決するべきか、そもそも解決するべきなのか。少なくとも、この日本大会で壇上に立ちスピーチをする層を見ると、(司会を除いた)自分の言葉で話す機会を得た教授たちは全員男性で、この分野での女性のロールモデルを見せることには失敗していたように感じる。自分は全く触れてこなかった理系分野でのジェンダー問題に、改めて触れた機会だった。

頭を抱えながら、2023年7月19日

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