こみあげてきたものは幸福感か、惨めさか。
こんにちは,ぼんじーです.
#小説
#お金について考える
です.
________________________
雨。
新品の服をしっとり濡らす雨の中、雨粒をはじく芝生の上を歩いた。
小高い山に設けられた、地方の公園。
広場の隅、木製のベンチからは湿った木の匂いが伝わってくる。
僕の白い靴下に、泥が跳ねた。
父は車が汚れると嫌がったが、髪の毛が湿り、また足元から汚れていくのが僕は好きだった。
今、僕は高級住宅街を歩いている。
視界を覆い隠す土砂降りの雨。
居酒屋やコンビニで何度も取り違え、それでも捨てるのがもったいなくて使い続けている安物のビニール傘は役に立っていない。
後ろから不意にクラクションを鳴らされて、僕は慌てて道をあけた。
通い慣れたスポーツセンターまでは、僕の足で15分ほど。
タクシー代が惜しかった。
世田谷ナンバーの高級車が傍を通り過ぎると、足元の水面が波打つ。
泥水が跳ねたらどうするんだ。と思ったが、僕が履いているスニーカーの値段よりも、車の所有者の毎日の夕食代の方が高いかもしれない。
この地域でよく見かける高級スーパーの前を通りすぎたとき、何か食べ物を買おうかと迷ったが、思いとどまった。
レッスン帰りに、この高級スーパーで弁当を買って帰ったことがある。
閉店直前で割引もされていたが、それでも大して安くはなかった。
弁当の箱も無駄に大きくて、安物のレンジに詰め込んで温めた。
お金の余裕は、心の余裕だ。
真実だと思う。今、身に染みて感じる。
お金の豊かさは、人生の豊かさだ。
これもまた、真実だったのかもしれない。
けれども、もしかしたらそれは、間違っているかもしれないと信じて、僕は今日もなけなしの金を握りしめてレッスンに通う。
寒い。
「春が来た」とニュースキャスターたちは言っていたが、雨に濡れた足元から、体温が奪われていた。
かどを曲がると、自動販売機の無機質な光が目に入った。
缶コーヒー。120円。
僕は土砂降りの中立ち止まる。
一瞬、買うべきか迷ったが鞄から使い込まれた財布を取り出す。
硬貨を入れ、ボタンを押す。
こうしている間にも、僕の身体を雨粒が容赦なく打ち付けている。
『微糖』と書かれたスチール缶のプルタブを開け、一口飲む。
自販機で買った缶コーヒーが、体に染み渡った。
こみあげてきたものは幸福感か、惨めさか。
僕はその正体について考えるのをやめ、缶に残っている液体を一気にあおった。
___________________________
最後までお読みいただき,ありがとうございました.
画像は『フリー写真素材ぱくたそ』より,”雨道を歩く(女性の足元)”.
この記事が参加している募集
noteを最後までお読みいただき,ありがとうございます. 博士後期課程で学生をしています. 頂いたスキやコメントを励みに,研究,稽古に打ち込んでいきたいと思います. よろしくお願いします.