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【エッセイ】元・古着屋の僕が唯一捕まえた万引き犯

最近、男女問わず若い子のファッションを見ながら、「あぁ、こういうのが流行っとるんやな」とか思いつつも、だんだん顔の区別がつかんくなってきた。

いよいよ自分もオジサンになってきたなと思う。

もうアイドルグループなんかも、見てて誰が誰だか分からない。

困ったものである。

いや、そんなに困ってもないか。


若い子って素晴らしい!希望に満ちている!!


嘘くさく聞こえるがこれはホンマに思ってる。

ホンマに輝かしいと思う。


若者のそれってファッションにも現れる。

若い子のファッションってキラキラしとるよな。

雑誌見て、コーディネート考えて、服買って。

欲しい服を買う為にバイト頑張ったり、服が増えていくのが嬉しかったり。

「次はデートだから何を着て行こう?」

「いいだろ?こんなの買っちゃったぜ」

とか、そこには嬉しさも楽しさも、そういう何かこう、素敵な感情や背景がいっぱい詰まってる。


だからキラキラしとるんやろうな。


その反面、ぼんじりなんてもう、


「ジーパンとTシャツがあれば一生、生きていける」


なんて思っとるもん。


「シンプル イズ ベスト!」


なんか言うちゃって。

これでも一応は、元・古着屋なんですよ(笑)。


元・古着屋やのに、お洒落することがドンドン削ぎ落とされて、気付いたらこんなになっちゃった。


まぁ、それはそれで良いこともたくさんあるんやけど。

その辺の話はまた別の機会にしたい。

§

昔々のことである。

僕は古着屋を経営していた。

大学を卒業後、とあるリサイクルショップで働いていたが、古着屋になる夢を捨てきれず、26歳で独立をした。

古着屋を経営する中、ちょいちょい万引きされる事があったけど、個人的には「商売をする上での避けられないリスク」として消化していたので、あんまり気にしていなかった。

いや、まぁ、気分が悪いもんではあったけどね。

§

自分の店は、店内の整理から始まった。

朝、シャッターを開けて、お客さんがまだ来ないうちから店内の散らかったところを整理していく。

服の乱れはもちろん、ハンガーの向きや、カラーチャートの色分け整理。


これって実は意外に楽しい。


まぁ、性格かもしれんが、綺麗になっていく様子が心地よかったりする。

だから他の店に行けば、「あー、散らかっとるな」とか思ってしまうし、何やったら他の人がグチャグチャに置いた服を無意識に綺麗にしてたり。


一時期は「職業病やな」ってよく思ってた。

§

ある日のこと。

店内を整理していたら異変に気付いた。

……。

……。

……。

「あれ?」

……。

……。

……。

「空のハンガーがいっぱいある」


うちの店は一度、移転をしたんやけど、移転する前はそこそこ広い店やったから、広いゆえに目が届かへんというか、死角はたくさんあった。

もちろんそんなことは百も承知。

万引きのリスクだって先述のとおり。

そもそも基本的にはお客さんを信じてるというか、仲のいいお客さんばっかりで、アットホームというかフレンドリーというか、溜り場みたいな店やったから、何かこう万引きなんてものは脳内から排除されていた。

ぼんじりも万引きはせぇへんし。

無いのよ。そういう感覚が最初から。


それやのに、店の角。

レジから離れた店の奥の方のラックに、空のハンガーがいっぱいあった。

ハンガーは服と一緒にレジに返ってくるから、大体は空ハンガーなんて店内に残らない。

あったとしても少しだけ。

それやのにその日は店の奥の一定の場所に、空ハンガーをたくさん見つけた。

§

翌日。

その話をスタッフにしてみたら、その前にもどうも怪しい人がいたとの事。

証言はこうである。


「パッと見やからあんまり覚えてへんけど、色黒のオジサンが何も買わずに出て行った」

「帰った後にハンガーがいっぱいあった」

「カブに乗ってきてた」


これって。


情報量多いの(笑)? 少ないの(笑)?


内心、「そんなんで分かるかいっ!」とか思いながら、対策をせねばと考えていた────まさにその時。



来た。


来たよ、カブがっ!!



店の前を通過して、駐輪場スペースにバイクが入って行った。

そして色黒のオジサンが入ってくる。


色黒の。



オジサン。



ちゃうやん! おじいちゃんやん!!



どう見てもオジサンじゃなくて、おじいちゃんだった。

色黒の。

§

万引きは店内で捕まえてはならない。

捕まえるのは店を出てからだ。


みたいなことを何かで聞いたことがあった。

聞いたってか。

たぶん密着24時とかで見たんやろうけど(笑)。

そもそも。

そのおじいちゃんが本当に万引きしているかどうかは分からない。


おじいちゃんを疑っちゃ可哀想だよ。

高齢者は守ってあげるべきだ。


僕はシルバーファーストの精神で見守ることにした。

もとい。

万引きの確信を得る為に泳がすことにした。

すると、どうだろう。


おじいちゃんはしばらくして、何も買わずに出て行った。


僕は店内のおじいちゃんがいた場所に向かった。

そしてそこには。


またもや数本の空ハンガーがあった……。

§

「じぃちゃん! やってくれるじゃないかっ!」

僕は、愛する我が子たちが誘拐された事に憤りを感じた。


「あろう事か。この、ぼんじり様の店に手を出すとはナメやがって!」


「絶対に捕まえてやる!」


シルバーファーストの精神など微塵もなく。

僕は。


「悪には正義の鉄槌を!」


などと。

一歩間違えれば、おぞましい感情でおじいちゃんを捕まえることに決めた。


でも本当は。


全然、怒ってなかった。



「オラ、ワクワクすっぞ!」



なぜかワクワクしていた。

未知なる新しい敵と対峙した、あの某有名マンガの主人公のように。

僕はワクワクしていた。


そして僕はこういう展開に弱い。

弱いってか、垂涎する。

自分が圧倒的、絶対的に有利な立場で相手を追い詰める展開。


フルボッコ、確定フラグ。


ドSの極みだ。


いや、おじいちゃんフルボッコにしたらアカンで。

ってか、悟空ってドSなんかな?

いや、あれに出てくるの、みんなドMやろ。

修行ばっかりして。

ケンシロウはドSやけどな。


いや、こんな話はいい。

さぁ、バトルの始まりだ。

§

3日目。

ってか、次はおじいちゃんいつ来るの?

そもそも、また来るの?

そんなリスク犯す?

来たとして、捕まえられる?

もし来んかったら、この上がりきったテンションどうする?


大量のクエスチョンマークが僕の頭の中に浮かぶ。

マリオなら大喜びなくらいハテナブロックがいっぱいだ。


そんな僕の疑念とは裏腹に。

おじいちゃんは。


来た!


って。


あなた。


3日連続やないかっ!!


何という事だ。

2度あることは3度あるって、こんなに早いもんやったっけ?


前と一緒である。

カブが店の前を通過し、駐輪場に入っていった。

そしておじいちゃんにしては色黒なだけで。

髪型も服装も何もかもが至って普通な。

THE・おじいちゃんが店の中に入ってきた。

ただひとつ普通じゃないのは。


万引き容疑のかかったおじいちゃんなのだ。

§

おじいちゃんの朝は早い。

店が10時にオープンしてまだ1時間ぐらい。

正午にもなっていない。


「ワシにかかれば万引きなんて昼飯前」


とでも言う気だろうか?


僕はおじいちゃんを観察した。

おじいちゃんはしれっとしている。

犯行現場を押さえなくてはならない。

さもなければ話にならない。

その為にも、まずはこちら側の気配を悟られてはならない。

僕は高鳴る鼓動を抑えた。

緊張と期待。

それでも胸は高鳴る。

平然を装う為にも。

そして何より犯行を誘導する為にも。

店内の空気はいつも通りでなくてはならない。


「いらっしゃいませー」 ※訳(待っていたぞコノヤロー)


とか言いながら。

僕はレジのところで売り上げノートを見るフリをしていた。

売り上げノートを見ているようで、その上端を見ながらおじいちゃんを見ていた。

そして、ついにおじいちゃんが怪しい行動に出始めた。

§

次々と獲物を物色するおじいちゃん。

選んで戻して。

選んで戻して。

選んで着て。

そして。

その上から自分の服を着て。


って、あっ。


今、服、着た。


ってもう、それ着替えやん!!


ついに、おじいちゃんがうちの店の服の上から、自分の服を着た。

カバンに入れるとかではなく、ダイレクトに服を着た。

なんやったら売り物のベルトをズボンの中に巻いてはる。


確定です。


万引きが確定しました。

いや、まだ分からない。

勝負は店を出てからだ。

店を出るまで万引きは成立しない。

しかし、そこからは早かった。

§

おじいちゃんは何食わぬ顔で店を出て行く。

何食わぬ顔って、まだ昼飯前やしな。

その後に昼飯食うんか知らんけど、とりあえず何食わぬ顔で出て行った。

そして僕はおじいちゃんが店を出た瞬間にダッシュして。


捕まえた!


後ろから抱きつくように。

そこにあるであろう、うちのベルトを後ろから両手でガッツリと掴んだ。

事情を知らない人から見たら気持ち悪い光景である。

しかし、捕まえた瞬間。


「かんにんや…」


おじいちゃんは言った。

顔を振り向かせ、後ろにいる僕を見上げながら言った。

これが可愛い女の子ならどれだけ良かっただろうか。

でも僕の目の前にいるのは、しわくちゃのおじいちゃんだ。

色黒の。


ってか認めるの早くね?


もっとこう、「ワシャやってない!」「いや、わかってるんだぞ?」みたいなやりとりが無かったのか?

あっさり認めたおじいちゃんに、

「とりあえず店に戻ろうか?」

と、僕は言った。

おじいちゃんは何の抵抗もなく、僕に店のバックヤードまで連れて行かれた。

§

おじいちゃんを椅子に座らせ僕は言う。

「とりあえず何々、盗ったか見せて?」

おじいちゃんは自分の服の中から、うちの服を脱いでみせ、ゴムのズボンの中からベルトを出した。

古着のポロシャツ1枚と新品のベルト1本。

金額にして1,480円と2,900円の合計4,380円。

ベルトの価格帯は1,900円と2,900円のふたつで、よりによって高い方のベルトを盗ろうとしていた。

おじいちゃんは「買うから、買うから」と言っている。

「うん、まぁええから、何で盗ったんか教えて?」

と、僕が聞くとおじいちゃんは意外にもこう答えた。


「前に服を売りに来たんや。そしたら買取金額が二束三文やったから、買うのがアホらしいなって」


ん? それうちの店ちゃうやん。うち買い取りなんかしてへんし。

要するに、うちの前の店がリサイクルショップだったので、おじいちゃんはその時の店の買取金額に不満があったようだ。

「おじいちゃん、そやけどな。その店はうちの店ちゃうねん。実はもう店は変わってんねん」

「え? 知らんかった。そら、兄さん、かんにんや」

僕はおじいちゃんに店が変わってる事を伝え、こう続けた。

「おじいちゃん、家族おるん?」

「うん、嫁がおる」

「お子さんとかお孫さんは?」

「娘は結婚して、もう家出てる。中学生と小学生の孫がおる」

「そやろ? ほな、これ警察呼んだら、お孫さんら可哀想やん。格好悪いで」

「うん、そやから警察に言わんとって? お金ちゃんと払うから」

正直、最初におじいちゃんがあっさりと万引きを認めた時点で、僕は警察に言う気なんかなかった。

もしこれが、万引きを認めない人であったり、中高生は許すとして、20歳前後の学生や、それ以上の大人とかなら警察に言うてたかもしれない。


「いや、警察もお金も別にええねんけどな。お店から物を盗ったらアカンよ? 何でや言うたら、おじいちゃんに家族がおるように、俺にも家族おるねん。この店は俺が借金して作った店やで? そやから商品盗られたら、俺困るし、家族も困るねん」


僕はおじいちゃんに、なぜ万引きをしてはいけないのかを諭すように言った。

フルボッコならぬ、ヤワボッコである。


そもそも「悪には正義の鉄槌を!」だなんて。

そんな必要はない。

正義とは、悪を裁くことでもなく、悪を倒すことでもない。

正義とは、人を守るものであり、人を救うものである。


『あぁ、心に愛が無ければスーパーヒーローじゃないのさ』


と、あの某有名キン肉ヒーローマンガのアニメ主題歌にもあった通りだ。

§

「兄さんの店とは知らず、ましてや一生懸命やってる店で迷惑かけた。申し訳ない」


おじいちゃんは僕の話を分かってくれたのか、心から謝罪してきた。


「兄さん、すまんかった。ワシちゃんとお金払うから」

「いや、そこそこ金額なるし、商品、返してくれたらそれでええから」

「いやいや、ワシは兄さんの男気に惚れた。またこの店に来たいんや。ここでお金払わんと帰ったら、ワシもうこの店に来れんくなる」

「いやいやいや、いつでもまた来てくれたらええから。買い物せんでも遊びに来たらええやん。うちはそういう店やし」

「いやいやいやいや、頼むからお金払わせてくれ」


みたいなやりとりが続き、僕は仕方なくお金を受け取る事にした。

いや、ホンマに昭和の義理人情ドラマみたいな話し方と、やりとりやったな。

そしておじいちゃんは、定期入れだか何だか、パスケースからお金を出した。


ケースには2万円入ってた。


……。


……。


……。


お前、めっちゃ持っとるやんけ! 俺より持っとるやんけ!!


僕はおじいちゃんからお金を受け取ると同時に。

高齢化社会について考えた。

§

というわけで。

話も済んだし、お金も貰った事やし、僕はおじいちゃんを解放する事にした。

ホンマにおじいちゃんがまた来づらくなるのは嫌やったので、

「おじいちゃん、また遊びにおいでや?」

と、見送った。

もちろん、おじいちゃんは嬉しそうに、

「ありがとう。また来るわ」

と言って、店を出て行った。

そして3時間ぐらいが経った、夕方16時頃。



「兄さん、来たで!」



って、早っ。今日また来るんかいっ!?



おじいちゃんがまた来た。

色黒の。


どうやらおじいちゃんの奥さんは入院中だったらしく、店を出た後、病院へ行って、正直に奥さんに一部始終を話したらしい。

奥さんからは怒られたそうやけど、嬉しくて嬉しくてたまらんかったそうだ。

兄さんにシャツを選んで欲しいと言われ、僕は年輩の方でも着れるようなシャツを1枚選んだ。

おじいちゃんは、

「これもう着て帰るから」

と言って会計を済ませたら、今度はホンマに着替えて帰った。


僕はちょっと嬉しかった。

出会いは最悪かもしれんけど、人と人の心が通い合った瞬間だ。

きっと、おじいちゃんはもう万引きなんかしないだろう。


これが古着屋時代、後にも先にも、僕が唯一捕まえた万引き犯の話である。

§

最後に言いたい。

うちの店で1番高い金額の万引きであっただろう、ダブルのライダースの革ジャンをパクって行った、どこかの誰かの君に告ぐ。

君がどれだけその革ジャンを着て、華麗なステップを踏んだところで。

そんなものは。

キラキラなんかしねーぞ?

そんなものは。

お洒落でも。

ましてやロックンロールでも何でもない。


お洒落とは。

ロックとは。

魂そのものだからだ。


おわり

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