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【エッセイ】あっくんを競馬狂にしたのは僕です

競馬界の2020年は歴史に残る


競馬界において2020年は、きっと歴史に残るだろう。

コロナ禍における2月からの無観客競馬に加え。

2020年、秋。

なんと牡馬(ぼば)、牝馬(ひんば)ともに三冠馬が誕生した。

そして何より。

両者とも無敗での三冠達成なのだ。

これ。

競馬が分からん人の為に解説しておく。


三冠馬とは


まず、牡馬とは男の子のこと。牝馬は女の子。

そして三冠馬とは、皐月賞、東京優駿(日本ダービー)、菊花賞の3レースを全て勝利した馬のことを言う。

ちなみにこの3レースは牝馬も参加可能なので、ようは競馬界の三冠馬とは一般的にこの3つを勝った馬のことを指す。


それに対し、牝馬限定の3レースを全て勝利した馬を牝馬三冠と言うのである。

牝馬三冠は、桜花賞、優駿牝馬(オークス)、秋華賞の3レース。


じゃあ、なぜこの三冠馬の誕生がすごいのか。

それはまず、このそれぞれは全て3歳馬限定のレースだから。


つまり三冠馬への挑戦は、お馬さんの人生で1回こっきりなのだ。


三冠の達成は難しい


基本的に競争馬は、2歳から3歳の間にデビューする。

この2歳馬、3歳馬はよっぽど早熟じゃない限り、まだまだ成長過程にあります。

レース慣れしていなかったり、十分なポテンシャルが引き出せなかったり。

分かりやすく言うと、まだまだ幼稚園児ぐらいなのだ。


落ち着いている子、泣きじゃくってる子、身長の大きい子、まだまだ小さい子。

そんな幼稚園児が年間を通し、たった1人、お遊戯会、運動会、音楽会と全て主役にならないといけないぐらいの話。


いや……分かりにくかったわ、この例え(笑)。


まぁ、とりあえず言いますと、まだまだ成長過程にあるお馬さんが、3歳という人生でたった1回のチャンスに、3つもの大きなレースに勝たないといけないということなのです。


ちなみに歴史で言うた方が分かりやすいのだが。

三冠馬は、日本中央競馬会の歴史上、この65年間の中で、2020年現在、牡馬でたった8頭、牝馬でたった6頭しかいない


とにかく三冠の達成は難しいのだ。


2020年の三冠馬


そして2020年。

ただでさえ難しい三冠馬の誕生。

それがなんと。

今年は牡馬、牝馬ともに誕生した。

しかも、しかも。

2頭ともデビュー以来、一度も負けなし。

無敗の三冠馬なのである。

この無敗での三冠馬の誕生は、三冠牡馬8頭の内たった3頭、三冠牝馬においては6頭の中で史上初の快挙。


2020年、三冠馬のコントレイルは史上8頭目の三冠馬。

父親をあのディープインパクトに持ち、史上初、父子そろっての無敗の三冠を達成した。


三冠牝馬のデアリングタクトは、先述通りの史上初、無敗の三冠牝馬を達成。


どちらも史上初。


要は何が言いたいかというと。

導入部だけでこのエッセイの1000文字を使ってしまうほど。

競馬界において2020年は、間違いなく歴史に残る年なのだ。


とは言うものの。

実は、ぼんじり。

この2レース買ってません。

そもそも、毎週のように競馬するような競馬狂というわけではなく。

まぁ、ギャンブルは嫌いじゃないが、単に競馬が好きなのです。


だってそこには、数分数秒じゃ分からない、お馬さん、馬主、牧場、騎手、調教師、厩舎の全てのドラマが詰まってるんだぜ。


競馬との出会い


あれは中学校3年生の頃。

競馬ゲームといえばこれ、と言っても過言ではない「ダービースタリオン」、通称「ダビスタ」というゲームの3作目が流行った。

これは牧場オーナーになって、お馬さんを鍛え、育て、レースに勝つ育成ゲーム。

何がすごいかって、お馬さんの調教が細かいことさながら、引退した自分の競走馬を、次はお母ちゃんとして血を繋いでいくことができる。

つまりは血統、配合と、より強い馬を作っていくことに面白さがあるのだ。

そう、まるで北島サブちゃんのように、馬主オーナーとしての体験ができるのがこのゲーム醍醐味である。

当時の僕たちは、受験勉強そっちのけでこれをやっていた。


いや、受験勉強してへんかったんはオレだけかもしれん(笑)。

知らんけど(笑)。


そしてそのダビスタ3をきっかけに、僕たちは中学3年生ながらも競馬と出会うのである。

あの頃の競馬界も、三冠馬ナリタブライアンをはじめ、ヒシアマゾン、ビワハヤヒデなど、後々に名馬と呼ばれる馬の活躍で盛り上がっていた。

僕たちが競馬に熱狂していくには十分な材料だったのである。


馬券を買ってみよう


そんな僕たちはついに。

「実際に馬券を買ってみたい」という欲求にかられた。


しかし。

日本の法律では、馬券を買えるのは20歳以上から。

中学3年生の僕たちには馬券を買うことはできない。


当たり前やん、違法や違法。

それでもどうしても買いたい。

僕たちはある行動に出る。

§

競馬の馬券は、実際にレースが行われる各地の競馬場で買えます。

それ以外にも場外馬券会場といって、馬券だけを売っている建物がある。

それが俗に言う「WINS」。


ちなみに、現在は電話やインターネットでも投票できるのだが。

当時はインターネットなんて環境はなく、馬券を買うには競馬場かWINSに行くしかなかった。


僕たちの住む神戸でいうWINSは、神戸市中央区の元町という場所にあり、JR元町駅を出てすぐにある。

今でも週末になると競馬狂のおっちゃん、お兄ちゃんで賑わっている。


昔に比べると女性ファンも増えたと言いますが、ほとんどがおっちゃんとお兄ちゃんの気がするな。


中学3年生の僕たちは、とりあえずこの元町のWINSに向かった。

§

現場に着くと、人、人、人の人だかり。

でもそのほとんどが、新聞とにらめっこするかのように、我が世界に入り込んでおり、他人に興味を示していない。


馬 and 金。

DEAD or ALIVE。


なのだろう。

それはそれは異様な光景だった。


元町のWINSは7階建てのビルになっており、そのいくつかのフロアが馬券売り場となっている。


さて、どうしたものか?


馬券売り場に行くには、入り口横の階段、エスカレーターで行かなければならない。

そして。

その入り口には、緑の制服を着たガードマンらしき人が仁王立ち。

行けない。


ワシら馬券売り場に行けんのじゃ。


しかし、ものは試しだと。

僕たちは何食わぬ顔でしれっと入ってみようとた。

その瞬間。

緑の袖がニュッと伸びてきた。


「何歳や?」


緑の袖の持ち主は、兵隊かのような無表情で僕たちを止めました。

当たり前。

それが仕事やもん。

§

仕方なく僕たちはその場を引き返した。

チラッと振り返ると、緑の兵隊がこっちを見ている。

まるで目からビームでも出す勢いだ。

僕たちはそのビームに当たらない所に身を隠すことにした。


さて、困ったぞ。

違う所に遊びに行くか、諦めて家に帰るか。

……。

……。

……。

んなわけない。

中学パワーは止まることを知らない。


「よし、しゃあないっ! あのおっちゃんに頼もうや!!」


僕たちは花壇に腰をかけ、新聞に頭を突っ込んでいるおじさんに声をかけた。


おじさんは「んあっ?」という表情で顔を上げる。

それはまるで、みどりのマキバオーのような、見事な「んあっ?」だった。


「おっちゃん、このメモの通りに馬券買ってきてくれんかな?」

「ほな、ここで待っときや」


おじさんは、困惑することなく、なぜか嬉しそうに馬券を買って来てくれると言った。

普通は、まさに法律を違反する中学生を前に、緑の兵隊の対応が正解です。

でも、競馬好きのおじさんなんて、基本はアウトロー。

「中学生がオモロいことしとるなぁ」と、言わんばかりだった。


ていうか、基本的にこういうおじさんは優しい。

§

数分後、おじさんが帰ってきた。

おじさんが姿を消してから、僕たちはソワソワ。

なぜなら、そのままお金を持ち逃げされたら、それでお終いだ。


にも関わらず。

おじさんはちゃんと帰ってきて、ちゃんと馬券をくれました。


よくよく考えると、馬券買うのって。

人ごみの中をかきわけ、馬券購入の為のマークシートをチェックし、機械か窓口に並び、それと引き換えにお金を払う。

まぁ、ちょっとめんどくさい。


にも関わらず。

おじさんはちゃんと帰ってきて、ちゃんと馬券をくれました。

嬉しそうな笑顔で。


ちなみに僕たちの初めての馬券購入の結果は、みんなハズレだった。


あっくん投入


翌週の学校にて。

僕たちは、馬券を買いに行った日のことを振り返る。

話しに話し合い。


やっぱり見知らぬおじさんに頼むのはリスクがある。

他の方法はないものかと模索。


そして新しい方法を思いついたのです。


「あっくん」の投入を。

§

あっくんは、僕の幼稚園からの幼なじみだった。

学年で1番背が高く、大人顔負けの身長は、中学3年生で180センチぐらいあったんじゃないだろうか?

ただヒョロッとしていて、スポーツ刈りにメガネ。

同じバスケ部に所属していたが、あっくんのジャンプ力の無さたるや。

いつも試合で当たり負けをするその体格に似合い、気が優しくて控えめな性格だった。


僕たちは、そんなあっくんに1つお願いをした。


「あっくんさ、馬券買ってきてくれん?」

「え?」

「あっくんデカイから、行けるんちゃう?」

「じゃあ、やってみよか?」


あっくんは、目を細めてあごを上げ、上を向きながらそう言った。

僕はあっくんのこの表情を知ってる。

控えめな性格とは言え、あっくんも関西人なので面白いことには弱い。

何より、あっくんのこの表情は得意気な時、自慢気な時の顔である。

きっと「頼られて嬉しい。みんながオレを見ている」という心境だったのだろう。

§

当日。

僕たちは駅の改札に集合した。

思春期の中学生はファッションにも目覚める。

僕たちはそれぞれに繁華街へ行く用の、1番のオシャレ服、1番の勝負服を着てきた。


若干、1名を除いて。


前日に、こんなやりとりがあったからである。


「あっくんさ、明日、おっちゃんの服着て来てや」

「え?」

「おっちゃんの服着てこなさ、中学生ってバレるやん」

「う……うん、わかった」


僕たちはそれぞれにオシャレしているのに。

あっくんだけ、おっちゃんの服を着て改札に立っていた


茶色の綿パン、袖の変なとこにチェックが入ったよく分からん灰色のジャンパー。

それだけでも十分なのに、灰色のハンチング帽までかぶって来た。


今でこそハンチング帽はファッションアイテムとして成立しているけど、当時はただのおっちゃんの帽子だった。

§

電車が揺れる。

反対側、目の前の座席には、同級生に挟まれたあっくんがいる。

同級生より頭をひとつ飛び抜けて、あっくんが笑っている。


それでも、いつものそれとは違う。


電車が揺れる。

反対側、目の前の座席には、同級生に挟まれた仮想おっちゃんがいる。

同級生より頭をひとつ飛び抜けて、仮想おっちゃんが笑っている。


もちろん、ひとつ飛び抜けた頭にはハンチング帽。

なんと面白い光景だったか。

僕は一生、その光景を忘れないだろう。

§

さてWINSについた。

相変わらずの人だかりである。

それでもみんなの視線は新聞の中。

それも若干1名を除いては。


そう緑の兵隊である。


さぁ、いよいよ勝負だ。

緊張感が漂う。


もし緑の兵隊にあっくんが捕まったらどうしよう?

芋づる式に僕たちも捕まるのだろうか?

それともあっくんだけ怒られるのだろうか?

あっくん捕まったらダッシュして逃げようか?


僕たちはそんなことを考えながら、話しながら。

緑の兵隊と一定の距離を保った。

§

「さぁ、あっくん行ってこい」


僕たちはあっくんにメモとお金、そして希望を託し、彼を送り出した。


「行ってくるわ」


あっくんは、目を細めてあごを上げ、上を向きながらそう言った。

そして、ずんずんとあっくんは入り口に向かって行った。

あっくんの背中がみるみる遠くなる。

僕たちは遠巻きにその背中を目で追う。


そして。


いよいよ。


緑の兵隊の横。


……。


……。


……。


あっくんが。


……。


……。


……。


普通に。


……。


……。


……。


階段を昇って行った


歓喜!

歓喜した!!

僕たちはその瞬間に大きな雄叫びをあげ歓喜した!!!

それでも誰もこっちを見ない、気にしない!!!!

なぜなら雄叫びをあげるような、変なおっちゃんやお兄ちゃんは、WINS周辺にはゴロゴロといる!!!!!


数分後。

「買ってきたで」

と、得意気なあっくんが帰ってきた。


英雄の凱旋だった。


エピローグあっくん


つい先日。

ぼんじりの息子、ぼんじゅにの保育園の運動会があった。

あっくんのお姉ちゃんのお子さんが同じ保育園なので。

あっくん、おばちゃん、お姉ちゃんと久しぶりに再会した。

ってか、相変わらず3人とも背が高い。

あっくん家は、亡くなったおっちゃんも含め、みんな背が高かった。

顔もよく似ている。

これが血統というものだろうか?

§

久しぶりに挨拶をし、立ち話をした。

話の流れから、おばちゃんは、


「唯一の孫やからねぇ~。ひとり孫」


と、遠回しに息子の独身を嘆くように、あっくんに嫌味を言った。

あっくんが苦笑いをしていたので、僕はすかさず、


「ええやん! まだまだ! 若い女の子、捕まえたらええねん」


と、あっくんをフォローした。

§

あっくんは、今、高収入。

専門の技術職についている為、収入はかなりある方らしい。

しかしながら独身。

独身貴族。

そして、貴族のたしなみとして。

毎週、競馬をしてらっしゃる。

何やったらWINSだけに収まらず。

全国の競馬場に行ってらっしゃる。

新幹線、飛行機に乗り。

全国津々浦々の競馬場に、足をお運びになってらっしゃる。

まさに独身貴族。


いや。


それって。


もう。


競馬狂!!

§

僕はあっくんに小声で、


「もうすぐ秋の競馬が始まるな?」


と言った。

さっきまで苦笑いしていたあっくんが。

ニヤリと笑った。


おばちゃん、ゴメン。

あっくんを競馬狂にしたのは僕です。

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