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蜃気楼を泳ぐ

ノンアルコール、と書いてある飲み物にも実は微量のアルコールが含まれている。

日本の規定では1%まではノンアルコールで、0.00%と記載があっても、0.005%くらいは入っているのだそうだ。

また、アルコールテイストにされているわけだから、プラシーボ効果で酔ったような感じになる人も少なくないらしい。

昨日私の目の前で突然倒れた兄は、次の日そのような言い訳をした。

私が無類の酒好きであることは、家族の知るところだが、次の日が辛いのでせめて気分を、とノンアルコールの酎ハイやカクテル飲料などを冷蔵庫にストックしていた。
もちろん、本物のアルコールも瓶で流しの下にラインナップしている。

兄は全く酒が飲めない。

そのノンアルコールドリンクの存在を知って、私の備蓄に手を出し、挙げ句1%に満たないアルコールで酔って倒れたのだ。

部屋まで運んだのは誰だと思っている。
他人のものを飲んでおいて、しかも手をわずらわせるとは。

私と兄は年子だ。
しかし兄は浪人して互いにいま大学4年、就活の真っ最中である。

兄は、ノンアルコールでも酒を飲んでいないとやっていられないほど、就活がきびしいのだろうか。

多少心配はすれど、私だってこの就職難できびしい思いをしているのだ。
そう憤慨していたけれど、母には「名前を書いていないお前が悪い」と一蹴された。

翌週、兄は内定をもらったと夕食時に報告していた。
父は大層喜び、母も明日はごちそうだと騒いだ。

私の就職はまだ決まっていない。

キャンパスへ赴き、就職支援課に顔を出す。
大学の求人は非常に見づらいが、コネクションの強さを考えれば、求人サイトで見るより有利にことが運ぶと睨んでいた。
使えるものはみな活用してやろうと、相談窓口にも行き、面接練習もした。

それでもそもそも、書類が通らず、面接に漕ぎつけても一次も通らず、お祈り申し上げられる日々だけが続いていた。

45社に祈られたあたりから、もはや何がだめなのかすらわからなくなってきた。
就活を始めてから週に1度と決めていた本物のアルコールを解禁して、毎日ウィスキーをロックで呷った。

兄は、あの日祝杯をあげていたのだ。

60社を迎えんとしていた私に就職支援課の顔なじみが「いままでのところはみんな人気がある職種ばっかりだから、もっと受かりそうなところを受ければ」といった。
募集しているんだから、誰かしら受かっているんだろうよ。
「せっかく履歴書も受け答えもバッチリなのに、もったいないよ」という。
バッチリなら、人気なんて関係なく受かるべきじゃないか。

それって、励ましてるのかな。ぜったいちがうよね。
ばかにしてるよね。

わたしは求人サイトで仕事を探した。

ーーーーーー

ああ、絶対に落ちた。
終わった、あの会社に受からなかったら俺、どこにも入れない。

自棄になって勝手に妹の酒を飲んで倒れ、挙げ句妹に部屋まで運ばれ。
次の日怒鳴る妹の手にある空き缶を見たらノンアルコールだった。
苦し紛れの言い訳を並べると更に怒っていた。

すると、週明けに内定の電話が来て驚いた。

社長面接は緊張してまともに志望動機も言えず、しどろもどろで散々だった。
帰るときもドアが開かず、焦って無闇に力を入れたら凄まじい音を立ててしまった。

俺しか受けた人いなかったのかな。
そんなわけない、一次面接もグループディスカッションもたくさん人がいたし。

妹はお酒も強くて、人当たりもよくて、調子もいい。
なんでも器用にこなすあいつではなく、俺が先に内定をもらったことが不思議でならなかった。

妹を怒らせてばかりなのに、俺は、きっと上司のことも怒らせてしまうに違いない。

内定者向けの説明会の帰り、面接官のひとりを見つけて、俺は思わず聞いてしまった。「俺のどこが良かったんでしょうか」。
面接官は笑いながらも答えてくれた。

ーーーーーー

最終面接まできた。
はじめてだ。でも私ならできる。皮肉っぽくはあったが、就職支援課のいう通り私はきちんと受け答えができるのだから。
兄さんとはちがって。

ハキハキと通る声で「失礼します」といい、部屋に入った。

想定内の質問が続く。
時おり溜めをつくって、テンプレで喋っている感じを出さないように。
笑顔や砕けた言い回しを交えて、明るい性格をアピール。
質問は敢えて当たり前のことと、外した感じのものを。

手をあげた右から2番め、白髪交じりの面接官が、その日初めて声を発した。
「あなたを動物で表すと何だと思いますか」

「オタマジャクシです。オタマジャクシは、環境に適応する生物で、たとえば水槽の中だけで飼っていると陸地に上る必要がないからカエルにならないんだそうです。
カエルになることも、ならないこともできる、環境に合わせて自分がどう成長するべきかを…選択、できる。えー、自分をどう育てていくかを常に考えて行動している、と思っています。
だから、わたしはオタマジャクシです」

面接官は「その回答、お兄さんに教えたんですか」と言った。
なんで兄が?ここをあいつも受けたのか。

「いえ、教えてはいませんが、もしかすると、私が部屋で面接の練習をしているのを聞いていたのかもしれないですね。動物に例えると、というのはたびたび聞かれますので」

嘘は言っていない。部屋は隣同士だ。

「お兄さんもオタマジャクシと言っていましたが、あなたとはちがう理由を述べていましたよ」

「そうなんですね、兄妹で結論は同じでもプロセスは違ったというのは我ながら興味深いです」

「ええ。そして弊社はお兄さんには内定を出しました」

「そう、ですか。それは、選考に影響するんでしょうか」

兄妹を採用するなんてことあるだろうか。
そもそも、兄の内定が出た後に私は履歴書を送っている。

「ということは、お兄さんがここに内定をもらっていたというのは聞いていなかったんですね」

「ええ。内定をもらったという報告は受けましたが」

「なるほど。よく分かりました」

なんだろう、やはり兄のことは関係なかったのか。
このやり取りの意図がよくわからない。

「では最後に1点。あなたはお酒が飲めますか?」

創作お題スロット
「ノンアルコール」「オタマジャクシ」「蜃気楼」を使って創作してください。
というお題で書きました。

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