母から監督へ。その3

前回のリレーエッセイで、監督「とこちょ。」は、15歳から17歳になった空雅の変化に驚いていました。
しっかりと自分の言葉で思いを伝える姿に、びっくりされたようでした。
2年間どのように過ごしていたのか?という事を、お伝えしたいと思います。

とこちょ。と初めて会った時の空雅はとても、照れ臭そうでしたし。
人見知りがあり、いつもより大人しかったように感じます。
ロケの時も声も細かったかもしれませんね。
その後は学校にも慣れて友達もできて、アルバイトをしたり高校生活を楽しんでいました。

初めてとこちょ。に会った頃は、ホルモンの治療は18歳からというルールがあり、18歳の誕生日を待っていました。
とにかく18歳の誕生日を待ち焦がれるという感じですね。
ところが医療ガイドラインの改定がありホルモン注射が15歳から可能となったのです。偶然、その記事を見つけ、病院に詳しく話しを聞きに行き、早速手続きをしました。
空雅は2012年3月からホルモン注射を打つことができ、生理も止まり声も低くなりました。
その事も、最初の印象よりも明るく見えた原因かもしれませんね。

ホルモン注射による副作用には、さまざまなものがあると聞いていました。
食欲増進、頭痛、発熱、倦怠感など、人によっては日常生活に支障があったり、寝込む場合もあるそうです。
母親としては、体調の変化が気になっていたので注射の後は、空雅の体調の変化を観察していました。
けれど、ここも全く苦痛も具合の悪さもなく、いつも通り、あっけらかんとしていました。
私は注射後、ブログに観察日記を書いていたのですが、毎日が上機嫌だったと書いてあります。
我が家はとにかく明るい母子家庭だったので、毎日が大笑いでした。

高校1年の弁論大会で700人の前でカミングアウトし、優勝した空雅は、新聞や雑誌の取材を受けたりする事もありました。
市民講座の講師や他県の高校の人権の授業での講師に招かれる事もあり、人前に出ることが多くなりました。
もともと人前や舞台に立つことが好きだったので、とても楽しそうにしていました。そのような経験を積んで、弁論大会でのスピーチも磨かれていったのだと思います。
謎が解けましたでしょうか?

それでは、次号またよろしくお願いいたします。

『性同一性障害という名前は、聞いた事があるけれど、本当に身近に感じてもらうには、講演とかも必要なんだろうね。
同年代の人に、少しでも興味を持ってもらって、たくさんの人に知ってもらえれば、同じ悩みを持っている人にとっても、もっと生きやすい世の中になって行くだろうから。』
・・・・今から10年前の私のブログに書いていた文章ですが、今も変わらずこの思いを持ち続けています。
そして、当事者だけではなく教育関係や親御さんにも知ってもらいたいなと思います。

<by 主人公の母 くみちょ。>

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