風の響き5
回転する基礎
くるっと、つま先立ちで一回転するまでに、七年かかった。
回り終えて、スケッチブックに、鉛筆で円を描いてみる。ダンススニーカーから、作業用スニーカーに履き替える。アトリエで、昨日のレッスンの復習をしていたからだ。絵の方はまだ一向に進んでいない。
「上にまっすぐ伸び上がりながら回転するには、つま先の指をすべて床に押し付けて。」「足の裏を床にぴったりつけてしゃがむ時、身長はどんどん伸びることを想像して。」毎回、同じ指示と動作が、レッスンの基礎では繰りかえされる。ダンスのレッスンの基礎には、従順にならざるを得ない。まったくの初心者なので当然だが、一体何をもって、必死で繰り返して回転しているのか、自分でも不思議だ。
そもそも私が作ってきたのは、「基礎」なしの美術。階段を登り、長く狭い通路を歩き、窓を覗く、など日常の動作を強調させる装置を作っていた。体の外側の環境から、動きを決めるものだった。
ダンスのレッスンを続けるうちに、私は、体自体を動かすことで外側の環境を変え、階段にも、通路にも、窓にもなれることに気づいた。
それは、内側と外側の境目で体は変容することが可能だということ。重力と体の関係について、まったく未体験のイメージがあったということ。目も動かしていなかった部分があるということ。それらは知らぬ間に、絵を描いている時や、作品の構成を考えている時の基礎として、今では私の感覚に入り込んでしまっている。
何時も持ち歩いている、小さなスケッチブックと一緒に回転しながら今日も練習。
(美術作家)
©️松井智惠
2004年8月20日金曜日夕刊 『風の響き』5掲載
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