感想:ドキュメンタリー『眠りに生きる子供たち』 切迫した状況をどう示すか

【製作:スウェーデン・アメリカ合衆国 2019年公開 Netflixオリジナル作品】

多くの難民・移民を受け入れているスウェーデン。近年この国にたどり着いた子どもが、身体機能には異常がないにもかかわらず昏睡状態に陥る場合があるという。
「あきらめ症候群(Resignation Syndrome)」と呼ばれるこの状態になり、数ヶ月〜数年にもわたって目覚めない子ども達と、その家族の姿を追うドキュメンタリー。

子どもの口数が徐々に減り、眠っている時間が増え、ついには昏睡状態となる「あきらめ症候群」。元いた国での過酷な経験や、亡命申請がなかなか通らず、強制送還される可能性もある不安定な現状、それに伴う家族の緊張した精神状態が影響し、現実に耐えきれなくなったことで起こるとされ、症例の多くはスウェーデンで報告されている。
本作はこの症状の患者とその家族の取材を通じて、スウェーデンにおける難民の現状を訴える。

「あきらめ症候群」についてWikipediaで確認したところ、最近この症状がいわゆる「詐病」であり、亡命申請通過の可能性を上げるために家族が子どもに命じているという証言があり、2020年3月にはこの症状の診断・治療に科学的根拠がないと示す論文も発表されたとのことだった。

これを踏まえると本作の内容(3人全員が入院せず自宅療養・訪問診療、症状についての医学的な説明の不足など)に説明がつく部分もある。
とはいえ、「詐病」が登場する背景となったのは亡命申請が通らず多くの難民が不安の中で暮らしている状況であり、本作はそれを知らしめるために作られている。
このドキュメンタリーがどのように難民の現状を見せているかについて考えていきたい。

本作はBGMがなく、映像も淡々としたつくりになっている。「あきらめ症候群」の子どもやその家族の様子はカメラを固定して長回しで撮られている場合が多く、感情移入を煽るような演出が避けられる。
また、ナレーションやテロップが入るシーンでは、森林や山路、川などが非常にゆっくりとしたパンショットで映し出される(これはおそらく難民がスウェーデンにたどり着くまでの道程を表している)
「あきらめ症候群」の子どもの両親のインタビューでは、彼らが難民となった背景が語られる。
国家の方針に従わなかったことによる拷問や、目の前で友人が殺され、自分も命の危機に晒されながら逃げ出してきたこと、母親が強姦されるなど、それらはいずれも凄惨で、子どもにとっても大きなショックを与える出来事であったことは明白である。
これらの経験を再現する映像などはなく、その経験は現在の彼らの生活とともに語られる。抑制された映像は、こうした出来事が露悪的に消費されることを回避する。また、現在の環境が静かなものだからこそ、彼らが置かれていた環境や、亡命申請が却下されればそこに戻る必要があることの過酷さが強調される。

また、「あきらめ症候群」は家族の精神状態が改善することで快方に向かう場合が多いと説明され、本作で取り上げられる3人の子どもの中でも、居住許可の降りたダリアは取材期間中に回復する。
許可後のインタビューでのダリアの両親の顔つきはそれ以前の映像とは一変しており、リラックスしていて笑顔も見える。ダリアを介護する際の語りかけ方も前向きなものとなる。淡々とした映像構成だからこそ、この変化は際立つ。
一方で、申請許可の降りない家族においては、回復がみられないばかりか元気だったきょうだいも「あきらめ症候群」の兆候を見せ始め、彼らの切迫した状況が示される。(「あきらめ症候群」が詐病であっても、送還されれば命が危ういことを踏まえれば、なりふり構わない行動に出ることを非難はできないと個人的には思う)

ナレーションとともに示されてきた風景については、最後は首都ストックホルムの遠景で締めくくられる。移民・難民の受け入れに寛容だったスウェーデンで徐々に排他的な風潮が強まり、制限が厳しくなっていること、それが本作で映し出された人々の窮状につながっていることがテロップで説明され、映像内容を視聴者自身に引きつけて本作は終わる。

病の当事者やそのきょうだいの子ども達にはインタビューを行わず、エンドロールで取材対象への謝辞が示されるなど、デリケートな難民のバックボーンを取り上げることに対しては誠実である印象だった。

また、子ども達の寝具や会話、仮装に『アナと雪の女王』のキャラクターや「ラプンツェル」が登場することにディズニー作品の普遍性を再認識した。また、親しみのあるモチーフが登場することで、視聴者に対し、彼らに起こっていることは自分自身と地続きのことだと考えさせる効果もあったと思う。

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